地震とトイレと手紙 題:2011年の手紙
思えばこれが初めての手紙になる。
そして、最後の手紙になるかもしれない。
これは私、佐伯修の遺書である。
19##年、千葉県○○市生まれ、現在は神奈川の◇◇市のアパートに一人で生活をしており、建設会社で現場監督を任されていた。
何一つ不自由なく生活していたわけではなかったが、それでも人並みほどの生活をしていたはずだった。
だが、今思い返してみれば人生においてそれほど楽しかった記憶はない。私の人生は真っ青だった。学生時代のことも取るに足らなくて、死ぬ間際になってようやく自分の人生の空虚さを痛感している。
もっと手を伸ばしていればよかったと、後悔している。
これは遺書だ。遺す相手もいない遺書だ。今こうやって書いていないと恐怖で頭が捩れてしまいそうだからこうやって必死にペンを振るってる。あぁ、くそインクが出にくい。
私は今会社の三階にあるトイレに避難して、便座の上でこの手紙を書いている。懐中電灯の機能を持ち合わせた腕時計を使って、手元を光らせて、それで書いている。
煙臭くなってきた。今日は2011年3月11日。かつてないほどの大地震が起こったんだ。信じられないほどに大きくて、地の底から何かが現れるような恐怖。神や妖怪なんて信じてなかったが、アレはそういう類のもんだ。あの地震はそういう抗い難いものだったんだ。
デスクの上の書類がいっぺんに飛び落ちて、スチール製の棚がまるで意志を持ったようにあの老齢の部長を襲っていた。俺は気が動転してて、男便所の個室に飛び入った。人が襲ってるわけでもないのに鍵をかけた。とてつもなく怖かったんだ。これを読んでるやつもきっとあの地震の恐ろしさを身に染みてわかってるだろう。恐怖に打ち勝って生き残ったんだろう、或いは運が良かったか。
ちくしょう、俺は運が悪かった悪すぎた。
閉めた鍵が歪んだのか知らないが、この個室から出られない。戸を叩いても、タックルしても、まるでこの扉の先にはなんの空間もなくてただ壁だけあるような。そんなふうに感じるほど、出口は固く閉ざされてしまった。
誰かが叫んでた。火事だ、と。
火事だ。火事だ!
どうすることもできない。じわじわと煙と熱がこの三階まで登ってくるのをひたすら気が狂いそうな恐怖と共に待つしかねーんだ。
ちくしょう!ちくしょう!
俺は焼け死ぬんだ。こんなトイレの中で。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
あぁ、せっかくの紙が無駄になっちまう。
これは書類の裏に書いている。だから、廃棄されちまうかもしれねーな……お願いだ。誰か、誰かよんでくれ。
死ぬのは怖い。けど、このまま誰にも俺のこの思いが知られずに消えてくのもとても怖い。弔いだとおもってくれ……
俺はこの手紙を便器の中にスーツと一緒に丸めて沈めておくことにする。そうすればもしここまで火が回って、俺が焼け死んじまったとしても、水に浸かったスーツと遺書は燃えない。こんがりここで焼肉になった俺が誰なのかわかるだろうさ。
もう一度、扉が破れないか試してみる。だが、もう火は3階まできてるだろう。4階に上がってそこから飛び降りてみる。もし、出られたらそうする。今の恐怖に比べれば、骨折の痛みもそこまで怖くないんじゃないか。分からねー、とても興奮してるよ。死にそうなんだからな!
死ぬ、死ぬぜ、死んじまう!
死にたくない!だが、蹴ってもあかねえしよぉ!
頑丈に作りすぎだろ……!
火はどうだ?さっきより暑い気がするぞ?
現在はあぁ、地震が過ぎてもう30分だと?早すぎる!
三十分間俺は無駄に手紙を書き続けてるってのか?
もうやめて、次の行動に出る。本当だ、本当だ……
開かない……!
あれから五分間扉を蹴破ることに奮闘した。開かなかったこんちくしょう!焼ける音が近づいてるぜ……パチパチってよ。煙だって濃さを増してきた。換気扇は作動してるのか?
焼け死ぬのが先か、一酸化炭素中毒になって死ぬのが先か。
今汗が手紙に落ちた。これは暑いからか?それとも冷や汗か?
あぁ、あぁ!
誰か。