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宵の頃も日陰はさす

 相棒のいない夜。それはひどく寂しいものだ。手のひらを眺めても、そこには何もない。喪失感を誤魔化すように、CDをパソコンに取りこんで音楽を聴く。これは、朝日さんが歌手を目指していた時に出した唯一のCDだ。ヘッドフォンから耳に入ってくる彼女の歌声は澄み切っていて、聞き心地が良かった。彼女が歌っている歌は、好きな男との別れを悲しむ少女の悲しみを歌ったもので、それがまるで今の彼女の心の叫びのように聞こえた。作曲者は彼女ではないし、これが出た時は出会ってもいないので、ただの偶然だというのは分かりきっているのだが、どうにも気になって仕方がなかった。


 深くため息をついて、ヘッドフォンを外して机の上に置く。ふらりと立ち上がってベッドの上に転がり、今日あったことを思い返す。秋月さんが言ったように、今日の演奏は酷いものだったと自分でも思う。まるで自分が自分でないような音だった。一昨日、雪さんの目の前で弾いた時はこんな事にはならなかったのに。この感情はどういう感情だ。


「おーい、いるかー」


 玄関からうるさい声が聞こえた。夏川の声だ。重い腰を上げて鍵を開けると、コンビニ袋を持った彼が立っていた。


「遊びに来たぞ」

「連絡くらいよこしてよ」


 呆れてため息をつく。だが、この寒い中返すわけにもいかないので中に入れた。夏川は遠慮なく入っていき、床に座ってコンビニ袋からビール缶を取り出した。


「散らかさないでよ。掃除するの大変なんだから」

「ゴミはちゃんともって帰るよ。それより、俺が来たのは酒盛りのためじゃない。お前に聞きたいことがあって来た」


 彼はさっきまでのおちゃらけた表情とは打って変わって真剣な顔つきになった。


「結局お前はどうしたいんだ」


 僕は耳を塞ぎたくなった。自分とって都合の悪いこと、目を背けたかったこと、自分のやらなければならい選択。雪さんか夢か、僕にとって大切なものをどちらか選び、どちらかを切り捨てなければならい。


「そんなの僕の勝手だろ」

「おい、本気で言ってるのか」


 夏川は険しい顔になった。その顔から、呆れか怒りか、そのどちらかか両方が感じ取れた。僕は何故彼がそんな感情を抱くのか分からなかった。


「僕の人生の選択だ。たとえ友達の君だとしても、こればかりは譲れない」

「その人生は、お前だけのものなのか」


 僕はその問いかけに腹が立った。僕の苦しみと迷いを知らずに、ぬけぬけとそんなことを言うことが許せなかった。


「夢にしたってそうだ。お前が一生懸命追いかけてる夢は、誰のため、何のためなんだよ」

「うるさい!」


 ドンと壁を叩く。何も知らないくせして勝手なことばかり言う彼を黙らせようと威圧する。それでも、彼は僕を険しい表情で見つめていた。


「僕の人生は僕のもので、僕の夢も僕のためだ!それの何が悪いんだよ!」


 僕の叫びを聞いた彼は、険しい表情を呆れかえったような表情に変えた。


「自分勝手だなお前。自分勝手すぎて、何にも見えなくなってる」


 彼はゆっくりと立ち上がると、こんなことを言った。


「お前の音楽は、お前の心をそのまま映し出したような音を奏でるんだ。でも、あの時の音からは何も感じ取れなかった。それがなんでか分かってるのか」

「それは……」


 僕は答えることができなかった。自分の心を見つけようとしても、それが影に隠れてしまって見ることができない。そして、その影を使っているのが何なのかも分からなかった。さっきの言葉は僕の本音なのだろうか。夢も人生も自分だけの物だと、そんな当たり前のようで、今の自分には身勝手な言い分だと聞こえてしまうような言葉が。


「もうお前には答えがある筈だ。だから、周りを見てよく考えろ。俺が言えるのはこれくらいだ」


 そう言って彼は出て行ってしまった。一人取り残された僕は、ベッドに寝転んでひたすら考え込んだ。彼の言葉を思い出す。僕の音楽は心をそのまま映し出す。ならば、純粋な思い、本音が出せる方がいい。僕の夢と音楽は一体何のためなのか。そんなの決まっている。大切な人のためだ。そうか、やっと分かった。僕はどちらを選ぶかばかり考えていた。でも、その前に僕にとって何が一番かを考える必要があったのだ。僕は大きくため息をついて立ち上がり、パチリと電気を消した。心にさしていた影は、もうどこにも無い。

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