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ライセンス! ~裏世界で生きる少年は、今日も許可証をもって生きていく~  作者: ともはっと
第四章:A級許可証所持者『シグマ』

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第90話:形無疾<かたなし やまい>


 姫が天井にガトリングの銃口を向けると、奇妙な音をたてて銃弾がリボルディングされていく。


「ラムダ。ここから逃げるのはとても簡単です」


 辺りに絶え間なく響く銃声。

 秒間百発とも言われる銃弾が、姫のガトリングから産声のような銃声とともに放たれる。


 放たれた銃弾は、透明なガラス張りの屋根を突き破り、辺りにガラスの破片を撒き散らす。

 真下にいる姫の周りに落ちるその破片は、きらきらと光を反射し彼女の妖艶な美を更に際立たせ、周りの所持者達もその美しさに足を止めてしまっていた。


「それこそ、空でも飛べば幾らでも」


 そんな周りの心情など気にせずに。

 当たり前のように姫は突拍子もないことを言った。


 人は、空を飛べないものなんですよ、水原さん……。


 ラムダは心の中でツッコミを入れた。


 ましてや、周りの許可証所持者は、今は姫の美しさに目を奪われて足を止めているが、数も多く、逃がしてくれそうにもない。


 とは言え、姫が傍にいることはラムダにとって心強く。

 今のこの劣勢な状況にさほど悲観する様子もなかった。

 上位所持者と思われる相手が目の前の包囲網の中に少なかったから、ということもあるが、何より最近見た、圧倒的強さを持つ二人の所持者を見て、その二人より強いと思えなかったこともあったのだろう。


「早く逃亡しないと、この場に許可証所持者が溢れてきそうですね」


 そう言うと、姫は『鎖姫』の名に怯えだした許可証所持者達に背を向けて、形無と向き合った。


「貴方は戦わず、そこで自分の身を護っていなさい。私が貴方の代わりに、私に暴言を吐いた雑魚とそこの――」

「――美しい……」


 形無は、自分を見た姫に、すぐさまそう言った。

 姫はその自身を誉める言葉に、嫌悪感を表情に乗せた。


「君があの『鎖姫』……なんて美しいんだ」

「御主人様に言われるならまだしも、貴方ごときに言われても何もありませんね」

「御主人様というのは、そこの犯罪者かい?」

「掠りもしませんが」


 そんな形無の勘違いに、姫が心底嫌そうな顔をしてラムダを睨む。


「どこをどうみたら、あの崇高なる御主人様と勘違いできるのか、理解に苦しみます」


 そうは言うが、この場で姫の御主人様を知らない誰もが、ラムダを姫の御主人様と勘違いできる状況なのではないかと、冬は第三者的に判断しながら糸を撒き散らした。


「違う……? ならどこにいるのかな? それがいなければ、君は僕のことを御主人様と崇めてくれるかな?」


 ふるふると姫を見ながら病弱そうな頬を赤く染め、恍惚な表情を浮かべて姫を見続ける形無に、流石にラムダも嫌悪感を露にした。


「ラムダ。……これはなんなのですか」

「……一目惚れ、というやつですかね?」

「それは、御主人様にしてもらいたいものですが」

「御主人様と仲良いのでは?」

「御主人様に一目惚れされたら、と考えただけですよ。過去に戻って愛くるしい御主人様に一目惚れしてもらって御主人様を一人占めしたいですね」


 そんな会話をしている間も、高名な『鎖姫』を相手にしなくて済むと感じたためか、周りの所持者達は抜け目なくラムダを警戒しながら包囲網を狭めていく。


「私は日頃から情報を集めているんだ」

「<情報組合>の管理者なら当たり前ですね。くだらない」


 形無は二人の会話が聞こえていないのか、陶酔しきった様子で姫に自分をアピールしだす。時には喋りながら姫に触れようと近づき、それを姫はラムダの体を掴みながら離れて常に形無から一定の距離を置く。


 姫の御主人様愛を知るラムダは、それを見て形無が少し可哀想になってきた。

 一目惚れだとしても、絶対に実ることはないからだ。


「……網羅された情報のなかに、唯一分からないことがあったんだ。世界中の全てと言える情報を手に入れる、閲覧できる僕が。鎖姫という存在だけがどうしても分からないんだ」


「……貴方みたいな愚鈍に、私が分かられては堪りませんね。私を知ることができるのは御主人様だけです」


「いつどこで生まれ、どうやって裏世界を震撼させるほどの力を得たのか。いきなり現れた女性。あらゆる情報が謎の存在。情報屋として鎖姫を暴き、手に入れることが永遠のテーマとさえ思えるよ」


「……ラムダ。とっとと自分の身を護りなさい」

「護る……ですか? 戦うのではなく?」

「貴方は身を護ることだけを考えなさい」


 姫は、言葉に耳を傾けず自分に陶酔しきったように話し続ける形無に興味を失ったのか――元からないが――見ることさえやめた。

 相手の異様な、じろじろと纏わりつくような気配に、見ることさえもおぞましいと思った。が本当の理由であるだろう。


「いつか会えたら手中に収めたい。常にそう思い続けていた。気づけば私は、その存在に夢中になった。……必死に見たこともない存在を想像したのさっ! どんな人物なのか、どのような顔をしているのか、声は? 口調は? なんてねっ! だってそうだろう!? 裏世界で圧倒的な武を持って殺戮の限りを尽くし、なのに殺されていく奴らやその現場を見た者誰もが『女神』とさえ言って陶酔しているのだからっ!」


「ラムダ。頭が痛くなってきました」

「は、はい。気持ちはなんとなく」


「それなのに、君は、君という存在はっ! 誰もがその存在に口を噤み、誰もがその美を脳内だけでも占有し続けようと公表せず。ただただ、そんな存在がいるということだけが世界に広がっている! そんな存在、興味がないというほうがおかしいじゃないかっ!」



 形無の熱弁は次第に大きく。

 辺りを囲む所持者達も、急にアピールしだした『疾の主』に困惑しながら気を抜かずラムダの隙を伺う。


 ラムダは、針を取り出すと、『疾』の型を発動し、イメージする。


「『舞踊し――』」

「ぶようじん」

「……ぶ……『舞踊針ぶようじん』」

「漢字としては『無用心』が似合いますね」

「……勘弁してください……」


 姫に新たな名を付けられた針が、寂しげにふよふよとラムダの周りに浮き出した。


「心許ない技ですね。貴方は決して手を出してはいけませんよ」

「どうしてそこまで――」

「いいですね?」

「……はい」


 ラムダには、姫がなぜそこまでして戦ってはいけないというのか理由はわからなかったが、ラムダが死ぬことを案じてくれているのかと解釈した。


「あぁ……それが、こんなにも。その声を聞くだけで心が満たされ、美しい天女とさえ思える美貌を持った女性だったとはっ!」


 そんな二人のやり取りの間にも、くどくどと鎖姫の尊さを訴え続けていた形無の話がやっと終わったようで、所持者達もそれぞれの武器を構えてラムダを狙いだす。


「君の御主人様とやらも、君を占有する為には不必要なものだっ! さあ、私が君の御主人様になるために。居場所を教えてくれないかっ? 君を自由にするために、その自由を奪うやつを殺すためにっ!」


 姫が、形無のその言葉に、ぴくっと反応した。


「御主人様を……殺す……?」

「ああっ! さあ教えてくれっ! まずは君を縛る御主人様を殺す! 君を手に入れるなら幾らでも罪を犯そうっ!」


 形無は気づいていない。

 御主人様を『殺す』と言った瞬間に、辺りに溢れた殺気を。


「……御主人様を、殺す、と、今、言いました……か……」


 ゆらりと。

 姫の殺気が、身体と共に揺れる。


 だが、その殺気は。

 次に形無が言った言葉で掻き消えた。


「そこの犯罪者が君と話していることさえ極刑に値するからこそ殺す以外に選択肢はないが、もし君を手に入れることができるというなら、そこの犯罪者の剥奪された許可証を戻すことだってしようじゃないかっ!」

「っ!?」


 ラムダはその言葉に。

 一気に周りが真っ暗になった。


「……許可証を……剥……奪……?」

「……なるほど。貴方が行ったのですね」

「水原、さん?……知って――?」


 姫は、形無に背を向け、震えて泣き出しそうな声を出すラムダを見た。


「貴方が自宅から出た後。許可証所持者全体に通知が飛びました。だから貴方にここで戦わせるわけにはいかなかったのです」

「そん……な……。どうし、て……?」

「その状況を知るためにここに私もついてきたのですが。私もまた厄介な者に目を付けられてしまいましたね」


 からんっと、複数の音が鳴る。

 その音は、ラムダが先程周りに浮かせていた、針が一斉に地面に落ちた音だ。


「僕は……もう、殺人許可証所持者じゃ……ない?」


 それは、『ラムダ』が――殺人許可証所持者から、一般人の『冬』へと。

 戻った瞬間でもあった。



「……逃げたほうがよさそうですね」

「僕は、裏世界の情報すべての管理者だ。逃げることは出来ないよ」



 裏世界最高機密組織『高天原』

 最高評議会『四院』

 主の一つ。『疾の主』


「手に入れたいと思ったものは必ず手に入れるからね」


 <情報組合>最高管理者。

 形無疾かたなし やまい


 彼は、情報収集家(コレクター)であり――


「鎖姫……君は、僕の中でも一番のコレクションだ。僕はあらゆる情報をかけて君を手に入れる」


 ――人蒐集家(コレクター)でもある。

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