第88話:B級許可証所持者『ラムダ』は――
本話で第三章終わりです。
「ラムダが今から協会に向かうと伝えた後に発令とは……協会内部で何か起きていると考えていいのでしょうね」
『ラムダが危険です。こんなことなら報告しなければ……』
「あいつ、こんなことせぇへんやろ……」
「するわけもないね。それに、ここに書いてある時期は僕達と一緒に仕事していた時期だからあり得ないね」
「少し前までこんな情報はなかったしな。枢機卿が言うように虚偽だ」
「だとしたらこんなの酷いよ……。悪質すぎっ!」
その内容に危険を感じ取った所持者達が思い思いの言葉を発し、祝いムードが一気に消沈し、目の前に提示されている情報に困惑する。
「……冬は、こんなことしないっ!」
「私を助けてくれたように、先輩なら逆のことをするはずですっ!」
「私もそう思う。……でも、こんな情報が出回ったら……あ、店長の力も借りたらどうかな」
三人娘もまた、それぞれの電子掲示板に表示される情報を見てしまっていた。
その中で、状況を理解し誰よりも冷静に頭を働かせた和美が、今の深刻な状況に自分が考えられる打開策を提案する。
「……そうだな。看板娘が言ったようにとりあえずは三人でファミレスに状況を伝えてもらって……いや、そのままどこかに身を隠せ。ガンマとそばかす。お前達は譲ちゃん達を護って、その後は冬を追いかけろ」
「了解」「わかったで」
瑠璃と松は、シグマが言いたいことをすぐに把握し頷いた。
「俺とピュアは、協会のこの情報の出所の確認と、黒幕を探す」
「急ぐっ! 弟が危ないから本気だすよっ!」
ピュアが言った暴露は、ピュアの正体を知らない瑠璃と松は反応しなかった。それ程までに今の状況が逼迫しており、余計な情報を聞いていられなかったのだ。
「ピュアの言う通り、各自で状況によってやるべきことをやれ」
不穏な空気が漂う中、シグマの号令にそれぞれが動き出す。
『シグマ、私は……』
各々が動き出す中。
その中で、一人その場を動けず、見ているだけの存在がいた。
枢機卿である。
「お前はここで情報を手に入れろ。この際だ。テストも兼ねて簡易枢機卿の力を存分に使って情報のホストを担え。……重要だぞ」
『ですが……。こういう時、動けないのが辛いですね……』
枢機卿もまた、今起きた状況を事前に察知し防げなかったことを悔やんでいた。
「枢機卿。動けたほうがいいですか?」
姫が、その枢機卿の心を読んだのか、『御主人様、事件です』とエプロンドレスに自分の心を反映しながら聞く。
『……必要性は感じておりませんでしたが、今回のような不測の事態では必要だと感じます。それに……今回のテスト段階であった簡易枢機卿が出来上がれば、私のような存在は必要なくなります』
簡易枢機卿があれば、必要な情報を、どこででも所持者は吸い出すことができる。
それは技術の発展でもあるが、そうなれば、固定化されて情報を渡すだけの古い技術は淘汰されることはすぐに理解できた。
自分という存在も、技術の流れに消えてなくなるのは悲しいことではあるが、それよりも、今、こうやってよく会話してくれていた許可証所持者の一人が危険に晒されている時に、情報提示、伝達しか出来ない自分の歯痒さも、簡易枢機卿の登場によって一層枢機卿の必要性のなさを感じさせていた。
「……ああ、そういえば。お祝いの品、外の玄関におきっぱなしだったことを思い出しました」
『……はい?』
「御主人様の第二夫人が、私のために作った傑作の一品です。私個人の諸事情により必要なくなったので嫌がらせに持参してきたのですが……今の貴方には必要でしょう。存分に堪能なさい」
姫は全員の視線を浴びる中立ち上がり、姿勢正しくエプロンドレスの裾を摘んで綺麗なカーテシーをした。
「では、私はお先に。ラムダを追うついでに、ラムダが協会で事を起こされる所を見てきますよ」
「出来ればその前に止めたいところだが、無理だろうな」
「こういう時は、相手の出方を見てから、と言うのも打開策の一つですよ」
姫はそういうと、一人、冬の自宅から出て行った。
玄関傍に置きっぱなしの祝いの品を、家の中に放り込んで。
『これは……』
《《それ》》は、動けず悲しみ途方にくれる枢機卿にとって、今の状況を打開するモノであった。
冬はいつもの駄菓子屋の前に立ち、店主と顔を合わせた。
その店主は冬をみるとぎょっと驚く顔を見せるが、一瞬にして表情を戻し冬を奥へと通す。
「僕の顔に何かついてましたかね……?」
自分の顔に何かついているか、手鏡で確認していると、背後で先ほどの店主が枢機卿を起動し何かを報告している様子が見えた。
「……?」
裏世界で何かが起きている。
冬はその行動に不信感を感じつつ、その先にある裏世界へと通じるエレベータへと乗り込んだ。
「ご一緒させて頂きますよ」
「――え?」
そんな声が聞こえたのは左右から迫るエレベータの扉が閉まりきる直前だ。
するりとその細い隙間の間を縫うように、メイド姿の絶世の美女が入り込んでくる。
「水原さん……?」
「いえ、裏世界へ戻る用事がありましたので、ついでにラムダの昇格承認を見届けようと思いまして」
「それにしては早くありません?」
冬は、承認を早く得るために急ぎこの場へと向かっていた。
その時にはまだ姫は自宅にいたはずなのに、冬が出てすぐに追いかけてきたのかと思うほどに早かった。
「貴方ごときのスピードに追いつけないわけがないでしょう」
「……型式ですか」
『疾』の型であれば短時間で移動が可能となる。
型式とはこうも便利なのかと驚いた。
「いえ? 私は滅多に型式は使いませんが?」
「型式を、使わずに?」
「使ったところでさほど変わりないですからね。それ以上の他の力を使ったほうが早いですから」
つい先日覚えたばかりなんですけど……それ以上の力って……
その力には触れないほうがいいのだろうと思いつつ、冬は姫と一緒にゆっくりと降下し始めたエレベータの外を見る。
透明な壁の先に映るのは、遥か遠くまで見える裏世界。
「……そういえば、裏世界の天井の壁とかは、どうやって出来たんでしょうね?」
相変わらずの、天井の壁から注いで裏世界を不夜城とする光も気になるが、明らかに地面をくり貫いて作り上げたように見える裏世界の成り立ちがふと気になった。
「さあ? 色々と逸話もある様子ですが」
「逸話ですか?」
「興味があるようであれば調べてみるといいですよ。今度、私の知人の屋敷にそのような書物があったと思いますので」
地表の下に広がる世界。明らかに人工物である。
冬が見ているこの地下世界は、まだほんの一部であり、まだまだ未開拓地域も多々あるというのだから、その謎を明かそうとする裏世界の住人も多いと聞く。
「――ラムダ、着きましたよ」
そんなやり取りをしている間にもエレベータは進み、地下へと到着。
二人で、許可証所持者のホームである許可証協会の入り口へと歩いていく。
「おい……あいつ……」
「ああ、普通に来たな……正気かよ……」
協会の受付嬢のいるカウンターまで歩く間、体育館程の広さのエントランスにいつも以上に集まる許可証所持者達。
どれも、下位の殺人許可証所持者と思われるが、中には上位の許可証所持者もいるようで、静かにベンチで座って歩く冬の様子を伺っている。
「……何か、様子が変ですね」
そんな様子に、自分のことを言っているのだとすぐに分かった。
敵意を向けられるようなことは記憶になく、なぜそのような目を向けられているのかは分からなかった。
強いて言うなら、横に絶世の美女のメイドがいることが要因かと思ったが、それで殺意を向けられては命が幾らあっても足りないとも思う。
「ええ。変ですよ。なぜかは知っておりますが」
「知っている……?」
「すぐに分かりますよ」
姫が一歩後ろへと下がり、冬の背後に立った。
疑問を持ちながらも、冬は受付のカウンターに自身のB級昇格への申請を受理してもらうように話しかけた。
「――ラムダ君、だったかな」
なぜか冬を見て怯える受付嬢の後ろの扉から、一人の男性が現れた。
長髪の上品ですらっとした見た目をした優男風な男性は、若干顔色が悪く。病気をしているような印象を受けたが、その見た目とは違って、しっかりとした眼光に、冬は射竦められた。
「会えて嬉しいよ。初めまして。私は形無疾だ」
言葉とは裏腹に、明らかに歓迎していない睨み付けをしてくる男性から聞かされた名前に、冬は驚く。
裏世界最高機密組織『高天原』
その最高評議会『四院』
<情報組合>の膨大な情報を管理する『疾の主』その人であったからだ。
まさかこんな大物とこの場で出会うとは思わなかった冬は、律儀に深くお辞儀をして挨拶を交わす。
「B級昇格おめでとう」
「ありがとうございます。まさか、四院からお祝い頂けるとは――」
「――では、お祝いを兼ねて。日頃の行いを恥じて、死んでもらおうか」
「……え?」
第三章『B級への道』
完
三章お疲れ様でした!
次回から鎖姫ことメイドさんが主人公の物語、『御主人様はご褒美です!』が始まります!
こうごき―― =͟͟͞͞๑و•̀ω•́)‾͟͟͞ว)Д´);、;'.・
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