第80話:二度あることは三度ある 2
「枢機卿? いい加減起動してきてくれませ――」
いまだ反応のない枢機卿に、冬は自身の家に当たり前のように常時起動している枢機卿に声をかけようとした。
かちゃりと。
帰ってきた音は、枢機卿の機械音声ではなく。
不意に、寝室の扉が開いた音だった。
「ふあぁ……あれ? 遥ちゃんとそばかすちゃんだ。おっはよー」
和美が、寝室から現れた。
「杯波さん、朝から騒がしくしてすいません」
「気にしないでー。喉渇いただけだし。飲み物取ったらまた寝るからー」
眠そうに欠伸をしながら我が家のようにキッチンへと向かい、コップにお茶を注いでまた宣言どおりに寝室へ。
「……」
「……」
瑠璃と松は、ぽかんと口を開けたまま固まっている。
「枢機卿はまだ起動していないみたいなので。瑠璃君、何か他にも祝い事があるんですか? あ、松君のほうでも何かあるとか?」
冬は、和美の当たり前かのような行動に、この家で不安を感じながら過ごしていなくてよかったと、寝室に消えていった和美に安心しながら二人に声をかける。
「いや……え?」
「……なんや、目の錯覚か……?」
瑠璃と松は閉まった寝室の扉を凝視しながら、いつもならこんなことが起きれば慌てふためく冬が慌てないことから、本当に錯覚だったのではないかと思った。
だが、それは錯覚ではない。
なぜならば――
――また。
寝室の扉がかちゃっと。
「ふぁ……あ、先輩おはようございますっ」
「あれ? 遥さんと立花さん、おはよう……って!? 来るなら先にいってよぅ!」
パジャマ姿のスズと美保が姿を現す。
スズは二人がいることに、慌てながらも慣れた動きでキッチンへ向かい、美保はすすっと、冬の隣に座ってにこにこと冬を見ている。
その光景に――
「……冬君?」
「冬? なんやこれ」
二人がそれぞれ。
松が美保を指差し、瑠璃が寝室を指差す。
流石の瑠璃も、紫の瞳を見開いて驚きを隠せていないようだ。
「なにとはまた……あ、二人ともおはようございます。杯波さんならまた戻りましたがお二人はどうします?」
特に気にせず二人に声をかけていたが、しばらくして、はっと我にかえった。
言われてみれば、これはまずい。とやっと気づく。
「い、いえっ! そう言うやつではないですっ!」
「そう言うやつってなんやねん!」
「寝室から代わる代わる出てくるって時点で、もう……ね。そばかす君。僕達は来てはいけない場所へ来てしまったみたいだよ……」
「違いますよっ! 杯波さんは保護してるだけですっ! 暁さんは――暁さんは?」
「私は先輩の家に初のおとまりです」
そう言うと、ぐいっと冬の腕を掴んで抱きつく美保に、何の理由もなかったんですね。と冬は苦笑いを浮かべてしまった。
「もう、うるさくてねむれなーい」
『うるさいのはあなたですよ、和美様』
「すーちゃん、意外と辛辣……」
寝室からいまだ眠そうな和美が現れ、心の清涼剤が起きてきたことに枢機卿が嬉しさのあまり発言する。
「和美先輩はずっと寝ててください」
「和美さんは寝ててもいいですよ。なんだったら美保ちゃんも寝ちゃいなよ」
「ちょっと。なんで私だけ寝てなきゃだめなのよー」
「だったら私は先輩の横で寝ますね」
「「それはだめ」」
絶句する瑠璃と松に、冬が慌てて違うことを説明している間。
リビングで美保が冬に抱きついている光景に、スズと和美がもう片方の腕を取り合いながら騒ぐ。
「そんなことより、三人とも、着替えなくていいんですか?」
「「「……あ」」」
自分達がパジャマ姿だったことに気づき、慌てて三人が寝室へと去っていく。
「……手馴れてるね」
「手馴れてるやん」
「勘弁してください……」
『ハーレム野郎』
舌打ち混じり――悪意がある――の枢機卿のトドメの一言。
瑠璃と松の中で、一つのことが確定した。
こいつは、ハーレム野郎だ、と。
着替えたスズ達女性陣が寝室から戻ってきて、皆の朝食を作るといってキッチンへと消えていくと、リビングで殺人許可証所持者三人の話が再開された。
キッチンへと消えていくといっても、すぐ傍である。
それ程込み入った話は一般人もいる為話せるわけでもないが、冬にとっては束の間の休息のようにも思えて、朝早くから自分を祝う為に来てくれた二人に感謝した。
……まだ、祝われてませんけど。
なんて、思っていたときだった。
――ぴんぽーん。
冬にとって、不吉な音が、リビングに響いた。
「……先輩? 誰か、来たみたいですよ?」
「「えぇ……またぁ?」」
その音に、和美とスズは、冬としばらくゆっくりできると思っていた期待を裏切られ、がくりと項垂れる。
なぜそうなったのか分からない美保は「え? え?」と、戸惑い、枢機卿は『ふっ』となぜか鼻で笑った。
……鼻など、機械にはないのだが。
「何か、知ってますか?」
冬が松と瑠璃をちらっと見ると、二人はぶんぶんと首を横に振る。
「……二度あることは三度あるといいますけど……枢機卿、何か知ってます?」
『ええ。知ってますよ』
……その、知っていることを教えて欲しいのですが……
等と思ったが、口にしても、妙に冷たい――いつものことだが――枢機卿は教えてくれないのだろうと思い、今度は何が起きるのかと重い腰をあげた。
「お邪魔するぞ」
リビングから動き出した時。
勝手に入ってきて勝手にリビングへと現れたのは――
「シグマさん……と?」
――現れたのはほぼ一年ぶりの、冬の許可証取得試験の時にお世話になった、常立春こと、A級殺人許可証所持者『シグマ』であった。
『まさか……連れてきたのですか……?』
「……え?」
「連れてきたというか、勝手に着いてきた、が正しいぞ」
枢機卿の驚きに、そのシグマの後ろにもう一人いることに気づく。
全身黒い服。
パーカーフードを被った小柄な人だ。
「ああ、そうか。実質会うのは初か。ほれ」
シグマは思い出したかのように、その背後にいる人の背中を叩き、前へと進ませる。
「先日籍をいれた、俺の嫁だ」
婚期を逃すことなく。
シグマは結婚していた。
シグマが言うからには女性であろうその人物は、ぶかぶかの黒いパーカーフードを深々と被り、俯いていて顔は見えず。
フードからさらりと零れ流れるように現れた、真っ白な髪の毛の束が印象的だった。
「どなた、でしょ――」
冬が聞く前に、枢機卿が驚くような機械音声で、
『ピュア』
と、彼女の名を紡いだ。
許可証協会最強と言われる『ピュア』の登場です。




