第76話:五つめの型
型式はイメージだ。
自分が強くなると考えるだけでは不足し、発動には至らない。
具体的にどう強くなるのかをイメージし、それを内部、または外部に作用させ、人が持つ可能性を現出させる能力。
その能力は、自分だけに留まらず。極めていくと、外部に対してもそのイメージを与えられるのだと目の当たりにした。
人のイメージに力が伴うと、こうも残酷なことまで出来るのかと、冬は自身が得た力に恐怖を覚えた。
相手を死に至らしめることは、冬も許可証試験を受けた時点で覚悟を決めている。
それこそ、自分も殺人を数えきれないほどに犯しているのだから今更ではある。
だが、殺し方についてはまた別だった。
自分には、まだそのような甘い考えもあり、裏世界ではこういう凄惨な死もあるのだと再認識してしまった。
「さて、最後に。大事なことだから復習しておこうか」
目の前の光景に吐き続けた冬に、笑顔で弓が声をかけると、振り返り死体の群れに向かって腕を振るった。
「『焔』は全てを焼き尽くす」
その腕に纏われた焔は、目の前の光景を焼き付くし。
「『疾』は穏やかに消し去り」
風が吹く。
風は、焼けて辺りに充満した焼ける臭気とともに、人であった黒い灰を遥か空へと返し。
「『縛』は包み込むように全てを隠し」
地面が揺れる。
局地的なその揺れは、今は消えてなくなった死体のあった地面を整地し、戦いの跡をなかったことに。
「『流』は人を癒し慈しむ」
弓が座り込んでいた冬の頭に手を乗せると、冬の体は温かさに包まれた。
それは、まるで慈愛の心を持った母のように冬を包み、冬の傷を癒していく。
「破壊だけじゃない。それが、型式だよ」
気づけば。
辺りは、冬と弓だけがいる、廃墟が佇むだけの何もない場所へと戻っていた。
超常現象とも言える現象を、事も無げに起こす弓。
それが弓のイメージが具現し、発現された結果だと。
型式の。弓の。
突拍子のないそのイメージの力と、それを起こす型式という力に。
紅蓮浄土以上の極みを、冬は見た。
「こんなことさえ可能にする力だよ」
イメージだからこそ、一度使うことも出来ればイメージしやすくなる。
目の前でこの光景を作り出した弓も、それだけの修羅場を越えてきて今に至っているのだ。
弓はまだ若い。
この広い裏世界で、弓以上に型式に習熟している猛者もいるだろう。
これ以上のこともあるのだろうと考えると、この力を使う相手に出会うのが恐ろしかった。
どうすれば防ぐことができるのか。
防ぐことはできないのだろうか。
出来ないのであれば、どうしたらいいのか。
自然と体は震え、弓の浮かべる笑顔も、違う表情にも見えてきそうだった。
「……型式は、自身のイメージだ」
そんな冬の考えが顔に出ていたのか、型式について話していた弓が改めて言う。
「型式を覚えたなら、それは防御策にもなる。相手に作用するものなら特に。だから、僕の『紅蓮浄土』は、そこまで万能ではないんだよ」
「万能では、ない……?」
「手品と一緒さ。仕組みが分かっていて、それが見えているなら、防ぎようがある。相手も型式使いなら、防げるのさ」
「型式使いは、型式使いにしか、倒せない……」
「そう。型式使いが見える世界。見えないなら防御さえできない。……でも、見えたらかわすことだってできるでしょ」
そうは言うが、冬は弓が放った紅蓮浄土が何をしたのかは見えなかった。
だから、今段階では、もし弓が冬に紅蓮浄土を放てば、見えないならそれは防ぎようがないではない。
「まだ覚えたての君に、僕の技の流れが見えてたら、誰でも出来ちゃうよ」
「では……どうやって……」
弓はA級の上位ランカーである。
上位に至る条件を得た冬は、これから弓のような型式使いを相手にしていくことになる。
弓は惜しげもなく自身の切り札とも言える技を見せてくれたが、初見で敵がこのような技を持っている等分からなければ、無防備に食らうだけだ。
「型式なら、防ぐことが、できる……」
冬は、この恐怖を防ぐための防御策を知りたくて仕方がなかった。
「型式をより理解し、イメージし、相手がどういう型式を使うのかさえもイメージし、合わせる。それが出来ないなら――」
次に来る言葉は冬にも分かった。
【死】だ。
型式使い同士の戦いは、自身のイマジネーションと習熟度であっさりと決まる戦い。
相手が起こすイメージの力を、そのイメージを相殺できるほどに自身もイメージする。
発現した力に対抗することで、耐性を自分で作る。
焔の型には流の型を。
流の型には縛の型を。
縛の型には疾の型を。
疾の型には焔の型を。
自身が使う型を考え、敵に合わせ、常に発動しながら戦う。
その時々に応じて使い分ける。
更には、自身の得意とする型式を考え、相手に有効打を与える。
その力に負ければダメージを負う。同様の力でも対することは出来るが、それだと負けた時に耐性がなく、あのような凄惨なことになるのだ。
化かしあいのような力。
型式とは、どれだけ奥が深いものなのかと、冬は感じた。
その力に負ければ、【死】が――
「――【死】が待っている。だから、上位に上がる後輩のために、会得している先輩所持者が型式を優しく教えてあげるのさ」
上位へと上がるということは、常に【死】と隣り合わせになること。
なぜ、上位所持者が少ないのか。それは、これが理由だったのだと理解した。
冬は考えた。
弓の圧倒的なまでな技でさえ、見えればかわすことができる。
だが、相手に作用させる為に見えるようになるには、満遍なく型式を習熟していく必要がある。
それは、どれほどまでに長い時間がかかるのか。
死にたくなければ、不得手などあってはならない。
裏世界で生き残るには、それらを習熟していくしかない。
だが、すでに熟練の域に達している先輩達に、知ったばかりの自分が、追いつけるとは到底思えなかった。
「それと。これは、あまり知られていないけど、型式にはもう一つ『型』がある。それを扱うことが出来れば、更に生存率があがるかもね」
弓から続いて出た答えは【死】だけではなかった。
「もう一つ……?」
冬は、弓から聞いた型式の話を思い出す。
型式には、【《《五つの型》》がある】と。
そう言われておきながら、四つまでしか聞いていなかったことを思い出した。
「『呪』の型。それが五つめの型だよ」
「じゅ――呪い、ですか?」
「他の型式とはまったく違う型だね」
その名前だけでも。
あのような残酷なことさえ出来る型式とは違う、異質なものだと理解できた。
「それは……どんな型ですか」
「未知の力。何よりもイメージ力を必要とする型式さ」
「未知の力……ですか」
「使える人も少ない型式だけど。もし使えたのなら、他の型式を遥かに凌駕する力だよ」
それがあれば、立ち回れるのではないか。
知られていない型式。
その型式に、冬は興味を持った。
「覚えて、みるかい?」
冬は、型式の真髄を知るために。
「教えてください」
自身の未来のために、目の前の師匠でもある先輩に、すぐに返事を返した。




