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ライセンス! ~裏世界で生きる少年は、今日も許可証をもって生きていく~  作者: ともはっと
第三章:B級への道

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第68話:メイドの教え 2

「さて、ラムダ」


 結界の先。緑地公園の中央に位置する一軒家の前で、姫は後ろについてくるラムダに振り返って声をかけた。


「私が貴方をここに連れてきたことには、理由があります」


 そう言いながら、動く度に妖艶さを漂わせるメイドが、何か自分に伝えようとしていることが分かった。


「貴方は、これから何を成そうとしていますか?」

「……え?」

「大衆のいる場所での会話には気を付けたほうがいいですよ」


 人の心を読むようなその言葉に、ラムダは警戒せざるを得なかった。


「……世界樹に行くのは構いませんが、月読の施設に入るのはあまり感心しませんね」


 右腕の『牛刀』と名の、その白き刃を消さなかったのはこの為なのかとさえ。


「……水原さんは、あの場所に何があるのか――」

「知っていますよ」


 最後までラムダの言葉を聞かずに答えられた一言。

 この女性はどれだけのことを知っているのか、何を知っているのか、恐怖を覚えてしまうほどに一手先を進む姫。


 一軒家の前に、穢れることのない黒と、穢れを知らない白が佇み。

 白がゆっくりと、穢れを知らないその白刃をラムダへと向けた。


「だからこそ。月読に行くにはまだ早い」

「なぜ……僕はこれでも――」


 一年間、必死に裏世界で仕事をこなしてきた。そして、力も得た。

 なのに、それでもまだ辿り着けない場所があると。


「……上位に至る条件を獲得できていないにも関わらず、世界樹へと向かおうとする可愛いひよっ子だとは、私はあなたを理解しています」

「条件……」

「ええ、条件です。このままでは貴方はいつまで経っても。上へと辿り着くことはないですよ」


 その条件は一体何なのか。ただ、許可証所持者として仕事をこなしていれば上がれるものではないことを、今この姫から冬は聞いた。


「にも関わらず。あの場へと乗り込もうとする、その愚かさ。滑稽ですね」

「……その条件とは……何なのですか?」


 同期の中で、唯一上位へと至っているガンマと、自分には何か大きな違いがある。

 その違いが分かれば更に先にいける。行くことができれば、自分の目的にも近づける。それは同期の皆の目的にも近づくことが出来る可能性も高まる。


 そう思ったラムダは、姫の言葉に問いかけていた。

 ラムダのその問いかけに、姫はくすりと笑い。


「資格があるか……遊んであげましょう」


 そう、ラムダへ返した。


 遊ぶ。


 ただ、それだけの言葉だ。

 なのに、その言葉から暴れ出るのは、相手を萎縮させるには十分で。


 その向けられた切っ先に乗った《《ソレ》》に、辺りの空気が変わったかのように静かに。吹いてもいない風があるかのように、姫の周りに枯れ葉が舞い始める。



 本気ではない。

 そう思ってはいるが、そう思えないほどに、目の前のメイドが放つそれは、ラムダの背筋に冷たい水を滴らせる。


 《《ソレ》》は殺気だ。

 ただ、意思を表すだけの言葉を発しただけでこうも変わるのかと、ラムダは喉を鳴らしながらゆっくりと指を動かした。


 その指の延長上に延びる、ラムダの武器――散らばる『糸』のいくつかが、地面を這い、ゆっくりと白へと。

 同じく。辺りの黒焦げた樹木へ向かって延びていく『糸』が、木々に絡み付いた。


「準備は出来ましたか?」


 姫が浮かべる笑顔に、ラムダは答える。


 ――彼女が本気でなくても、殺される。


 まずは地面を這わせていた糸に向かって指示を与えた。

 ラムダが高く持ち上げた指から指示を受けた糸は、一斉に地面から姫へ向かって射出される。


 二本の糸が姫の胴体へ。

 ラムダが手を振ると、その動きに合わせて地を這っていた他の二本の糸が、積もった腐葉土を切り裂きながら左右から姫の首と足を切り裂こうと迫る。


「所詮は、その程度ですか」


 逃げ場がないはずのその三方向からの糸の襲撃は、姫がため息をつきながら、牛刀が現れた腕を振るうだけでラムダの指から糸の感触が途絶え、ラムダの指から離れた糸が、辺りの木漏れ日の光に反射し、姫の周りに舞い散っていた。


 その光の乱反射は、メイド姿の絶世の美女をより映えさせるが、今はその光景に見惚れるわけにもいかず。


「ほら、避けないと死にますよ」


 いまだその光を纏いながら、瞬時にラムダの目の前に現れた姫が、牛刀を振り下ろす。


 近づかれるわけにはいかないラムダは、糸を切り裂かれたと感じた時にはすぐに回避行動に移り、その一撃を後方に飛んでかわすと、姫から数歩離れて糸を展開する。


 腐葉土を切り裂き地面に突きたった牛刀を緩やかに抜き取ると、


「……一年前と変わらない戦い方ですか? 成長が見えませんね」


 姫が、興味がなさそうにラムダを見つめた。


 ……心外ですね。


 そんなことを心のなかで思いながら、ラムダは糸を展開しながら、両手を素早く目の前で交差させた。


「っ!?」


 姫がその動きに、焦りを浮かべてその身を反転させた。

 その反転させた先に何かが。目視できないほどの《《何かが》》通り過ぎると、かつんっと、姫の背後にあった一軒家に、突き刺さるような音を立てた。


 姫がちらりと一軒家をみて、にやりと笑う。


 更にラムダが腕を振るう。

 その動きに、きらきらと光を反射する合わせて動く糸と――


「……針?」


 そのラムダのそれぞれの指と指の間には、あまりにも細い針が挟まれていた。


「……なるほど。糸を光に反射させているのは、その針を隠すためですか」


 あまりにも細く見えない針を、姫は華麗に左右に体を揺らしてかわしていく。


 だが、前進することができない。


 なぜなら――


「糸と針の見えない挟撃ですか」


 その針と共に執拗に姫を襲う。


 糸の動きに合わせて切り裂かれ、宙を舞う枯れ葉や枯れ木もまた姫の視界を遮り、その小さな障害物の隙間を縫うように針が強襲する。


 次第に、その場でかわし続けていた姫の体は、脚を使って踊るような動きにかわり、時には地面を跳ねて辺りの空間を自由に使いだす。


「考えましたね」

「ありがとうございますっ!」


 ラムダが、この一年で見つけた、糸を有効活用する方法。


 糸と、針の、互いの見辛い利点を生かした多段攻撃である。



「ですが。それだけでは弱いですね」

「それだけなら、ですね」

「っ!?」



 姫がラムダが放った針をかわすと、避けた先でびりっと、衣服が軽く破れた。

 辺りを見る姫の表情に、驚きが彩られる。


「糸が――」

「動けば、斬れますよ」


 光の反射でしか見ることが難しい細い糸が、気づけば姫の周りに、縦横無尽に張り巡らされ。


 針を投げながら、糸を鞭のように飛ばしながら。糸だけを警戒されないように振るい、その場に逃げ場のない糸の結界を作り出していた。


 糸と針の一つ一つは、どちらも当たっても細かな傷を負わすだけで殺傷力は低い。


 糸であれば、大振りの一撃であればそれは殺傷力も高いが、裏世界の同業者がその動きを見逃すはずはなく、糸を振るうという動きは明らかに隙が多い。


 針だけであれば、投げて当たっても。

 狙い定めた急所でなければ人に致命傷を与えるには程遠く。


 ――細いからこそ、致命傷には至らない。


「ですが……まだ弱いですね」


 そう言うと、姫は、沈黙していた牛刀をラムダへと向けた。


「そうですね」


 確かにそうである。

 以前ラムダがラムダになる前に戦った不変絆のように、切れ味のいいナイフ等で、糸は簡単に切れる。


 フレックルズ(そばかす)のような大きなカタールであれば、簡単に切り裂くことも可能であり、それは裏世界では主流の武器だ。


 そして、今目の前にいる、白刃を向けるメイドの持つ牛刀は、先程、ラムダの前で不可視の壁さえ切り裂くほどの一品だ。


「糸は――」


 だが。


「――簡単に切れちゃいます」


 もう一つ。


「だけども」


 姫の周りに、影が落ちた。


「糸を――」

「……まさか」


 姫が急に自身の周りに落ちた影に、空を見た。

 そこにあるのは――


 針に幾重にも重ねられた、巨大な糸。その糸は先端になればなるほど細く尖る。


「糸の、槍……?」


 一つであればそれは脅威となり得ない。


 だが、複数であれば。


 それが――姫を囲む、糸の結界の内部に逃げ場がないほどの数があれば。


 それは、必殺となり得る。


「糸を纏めれば、それは一撃必勝の武器へと変わります」

「――っ! これは……」


 ラムダは、更にもう一つ。


 辺りに散りばめた糸を、辺りに散らばった針の、針穴に通していた。

 辺りに投げ飛ばし、避けられ続けた針は、それぞれが様々な場所に深く刺さり楔となり、より強固な結界に。


 きゅっと引き絞ると、鋭利な糸は、更に、範囲を狭め、逃げ道を塞いでいき、逃げ出すことのできない、『檻』を作り出した。


「これが、僕の――」




       『流星群』





 ラムダの腕の振り下ろしと同時に、空から槍が降り注ぐ。


 積もりに積もった枯れ葉が舞い上がり、突き刺さる衝撃に、地面の土も弾け飛ぶ。

 辺りに響く空から落ちてくる、雨のような糸の槍は、辺りに轟音を立て続けに鳴らし続けた。

 

 もくもくと、粉塵のように舞い上がった枯れ葉や土の成れの果ては、辺りに煙幕のように視界を閉ざすそのラムダが作り出した『檻』の中は、墓標のように数多の槍が隙間もなく突き刺さり、煙幕の中に、きらきらと時折空からの光を反射する糸の塊の光が見え隠れする。


 その場に残るは肉塊だけとなるほどに圧倒的な数による鋭い槍の一撃に、ラムダは、ここまでしなければ勝てる相手ではなかったと、目の前でいまだ落ち続ける土埃を見続ける。


 渾身の一撃だった。


 だが――



「やはり、これでも……」



 少しずつ晴れていく土埃を見ながら、『勝った』とは、思えなかった。


 そして、それは。

 正しい。



「舞い踊りなさい――『鎖姫』」



 そんな声が、土埃から聞こえたから。





冬の一年の進化が発揮されました!


この不可思議な糸の戦いにおおーって思われた方はぽちっと。

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