第54話:二人の気持ち
スズは、階段を降りていた足を止め。
同じく隣で足を止めた同級生の言った言葉に、何を言われたのかと不思議そうな顔をして見つめてしまう。
「どう? 一緒に帰らない?」
「……私と?」
スズが自分を指さして聞く。
音無は少し照れたような表情を浮かべると、
「他に、誰かいるかな」
その表情を、決意したような真剣な表情に変え、言葉を返す。
言われてみればこの場には、自分と音無しかいないことに気づいたスズは、なぜ声をかけられたのか、理解しようにもあり得ないという意識の方が高かった。
私なんかより、声をかけたらついてくる女子はたくさんいそうなのに。
思い返してみると、異性で言うなら常に冬が隣にいたから、このように帰りに一緒に帰ろうなんて誘われたことはなく。
考えるような仕種をして、出てきた教室をちらっと見た。
すでに階段を降り始め、見えなくなった廊下の先の教室には、いつも隣にいた、自身をこんなにも悩ませる――
――まだ、冬がいる。
冬がいないからこんな状況になるのかと、先日友人から言われたことを思い出す。
(一緒にいるから気づかないんじゃない?)
(気づいてもらうなら距離置くとか。他の男の子と仲良くしてみるとか)
(というか、二人は一緒に居すぎなんだよ)
幼馴染みだから。
なんて、一緒にいることをその言葉で正当化していた。
周りが言うように、常に冬は傍にいてくれた。
どんな時も、傍で一緒に笑ってくれて。一緒に悩んでくれて話を聞いてくれて。
だから、いつまでも一緒にいてくれるって、そう、思ってしまっていた。
少しずつ。
スズは、改めて、自分の気持ちを考えていく。
嫉妬。
私の幼馴染みの冬を誰かに取られたくなかった。
だから、ファミレスの冬の周りの可愛いバイト仲間にやきもちなんか妬いて、冬を奪われたくないって。
でも、これは、幼馴染みの冬に対しての感情じゃない。
一緒にいたら楽しませてくれて。
どこか危なげな冬が心配で。
冬の相談事に手伝ってあげたいって思って。
冬の姉を探すことを手伝うって言ったら、嬉しそうにしてくれた冬の笑顔が――
だから私は、そんな冬が――
でも、冬は。
最近の冬は、私を頼ってくれない。
私なんていなくても変わらない。
もし……
冬が私と同じように想ってくれていなかったら。
冬を、忘れるなら。
そんな気持ちが、のそっと。
スズの心のなかで、鎌首を持ち上げ出した。
「あ、そっか。永遠名を待ってたのか。……それならごめん。また今度」
そう言い、立ち止まったスズに手を振りながら階段を下りていく。
スズは、そんな同級生の後ろ姿を見ながら。
なぜ、そんなことを思ってしまったのかと、我にかえった。
「――わかりました。日時は明日、ですね」
よく知った声が、スズの耳に届く。
階上を振り返ると、教室のほうから急いで走ってくる冬が階段前まで余所見をしながら向かってきていた。
「おわっと」
余所見をしていたためか、すぐ階下にいたスズが目の前に急に現れて、冬はよけようとバランスを崩した。
スズがぶつかる恐怖に目を瞑る間に、冬はすぐに体を反転させ、少し無理な体勢でスズをよけた。
冬が、スズが怪我しなくてよかったと思った矢先に、今度は目の前に音無が。
「うわっ」
音無に向かって倒れていく。
音無は、反射的に目を閉じ、身を守ろうとした。
冬は音無の肩に軽く触れ飛び上がる。体が宙を舞うと、くるりと回転して制御し、何事もなかったかのように踊り場への着地に成功する。
「ふぃ……」
ほっとため息をつき、障害物となっていた二人に怪我がないかと階段のほうを見ると、驚いたまま固まる二人が見えた。
「すみません、二人とも……」
謝ると、すぐに片手に握りしめていた携帯を耳に当て、相手にも謝るが、
「え、あ、ちょっ、ま……」
ツーツーッと、空しく音が聞こえるだけだった。
「……もしかして、お邪魔でしたか?」
冬は携帯をポケットに戻しながら、階段でいまだ固まる二人を見る。
「い、いや……別に邪魔ってわけじゃない」
「それならよかった……って、こんなことしてる暇がないんでした!」
そう言うと、冬は慌てて階段を二、三段飛ばして走り下りていくが、途中で止まり、また階上へと戻ってきた。
「スズ、すみません。ちょっと急いでいますから、先に帰らせてもらいますよ」
律儀に戻ってきて言い、また階段を何段か飛ばして下りていく。
「えっ……あ、ちょっと!」
待って。
今、この場に、残されたら。
再起動してすぐに。
傍に戻ってきて欲しかったが、冬は既に一階辺りの階段を飛び降りていた。
「……水無月さん、永遠名。帰っちゃったけど?」
「うん……」
「今なら、一緒に帰ってくれるかな?」
そう言うと、音無はにこっと微笑んだ。
あの時、スズはあの場で何を話していたのでしょうか。
ファミレス。
自身の働く店内の、香月店長が使っている一室で、これからのことを話している仲間達との会話のなかで、冬は学校での一場面を思い出していた。
「標的は三人よ」
「内部にすでに潜入してた許可証所持者の人って誰のことかな?」
音無という同級生は、冬も知っている。
スカウトが来るほど格好いいと、学校内でもウケのいい人物だと、冬は記憶していた。
「未保ちゃんの目を治した医者よ」
「へぇ。じゃあ、本当の医者なのかな?」
香月と瑠璃が話しているのは、明日行う、裏世界と関わっていた総合病院の関係者の殲滅任務についてだ。
以前、冬が未保に手術を受けるか話していたとき、三人は犯人の当たりをつけるために院内に彷徨き、探し当てていた。
ほとんどが香月の情報と、内部にすでに潜伏していた別の殺人許可証所持者の功績であるが、そのおかげで、すぐに犯人を特定することができていた。
「仲良くしといたほうがいいわよ。あの子、凄腕の医者だから」
「有名な人なのかな?」
「表世界ではね」
「怪我したときにでも助けてもらおか」
気さくで優しくて面倒見もよくて。同性からも頼られていて、才色兼備の完璧超人だと友人達が話していたことを冬は思い出す。
「そんな人がなんで……」
「なんだったかしら。……確か、弟を探してるって聞いたことあるわよ」
「ほな、弟を探して裏世界入ったんか」
「あ~、ちょっと違うわね。あの子、確か売られたのよ」
「『運送屋』かな?」
冬の口に出た音無への疑問に、皆が食い付き、冬の考えとは違うことで盛り上がりだした。
「情報屋がぺらべら喋っていいんかい」
「ああ、大丈夫よ。この話、あの子から話してもいいって言われてたはずだから」
話……。
あの時、スズは何を話していたのでしょうか。
音無君も、妙にスズと仲良さそうに……。
「――冬」
当たり前のように、傍にいつもいてくれたスズが、他の異性と話していることに、なぜこんなにも――
「気になりますね」
姉さんがいなくなって、周りに誰もいなくなって……なのに、スズだけは傍にいてくれる僕の――
「気になるっていうか、君が上の空のほうが気になるけどね」
「……え?」
瑠璃の言葉に、冬は深く沈んでいた意識を戻した。
そう言えば。と、何を話していたのかまったく聞いていなかったことに気づき、重要な話を聞き逃していなかったか心配になる。
「さっきからぶつぶつうるさいねん。心配事でもあんのか?」
「……え?」
「スズって、確か、あなたの幼馴染みの可愛い子よね? なに? 私のお店で一緒に働く?」
「僕が? スズを?」
スズは、僕にとって、――な人だ。
だからこそ。
いつか、話さなければいけない。
話して。今まで一緒にいてくれたスズと、離れなければいけない。
そう思うと。
ずきりと。
胸の奥が、痛んだ気がした。
話そっちのけな冬。
スズはスズで、どっちに転んでいくのでしょうか。
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