第460話:紅蓮となりて 8
「はっ! こうまで素晴らしいものとはっ!」
紫の光が木々を撃つ。しゅんっと音を立てて受け止めそのまま貫通していく光は、そのまま撫で斬るように向きを変える。
百八十度の視界すべてを薙ぎ払う一撃。
『白羽』
神域から弓が離れるきっかけとなった『風羽』。斜め斬りより広範囲の一撃『白羽』は、木々を二つに切り離す。もとに戻るような『風羽』よりも荒々しい一撃は、ばきばきばきと、通り過ぎた紫の光の一閃によって大量の木々をその場に倒れさせた。
一つ一つが大木である。
必然的に大きな地鳴りのような音が辺りに響いて地面を揺らすが、ここは神域よりも遥か奥――誰も来たことがないと思える山奥だ。
長年木々だけがあった証拠に、ふかふかの腐葉土によって地面が見えないその場所に、突如訪れた二人の男。
その片方が起こした破壊に、腐葉土も大木を受け止めて辺りにぱらぱらと舞い散る。
その腐った葉が舞い散る中に、一筋の閃光が走る。
残影を残して無数の葉を避けて進む様は、どこか蛇が獲物に向かって進む姿にさえ見える。だが、ゆっくりではない。それこそ紫の光と同等の早さともいえる速度で進むそれは、紫の光を放った男――永遠名天津の背後へと葉を避けながら瞬時に回り込んだ。
「本当に、恐ろしいね、あなたのその光は」
天津の背後を取った男――青柳弓は、体から迸る赤を振るう。
紫の光のように、赤は弓の思考を読んでその場その場で形を変えた。
今は振るった腕の延長に変形――普段使っている暗器・カタールと同じように赤い刃となって天津を狙う。
その刃はカタールよりも何倍にも長い。
避けようとすればより遠くへと離れる必要がある。炎の塊ともいえる赤い刃は、天津が防御へ使った紫の光とぶつかりあって火花のように光を散らした。
「ふん。お主のこの力――『却焔』と比べられては困る」
「この力を知っているんだね。さすが」
「当たり前であろう。我が体を護るこの『紫光』こそ、それらすべての頂点の力であるがゆえ」
「なんだ、この力より上の力もあるんだね」
ぱちんっと音を立てると、互いの獲物が弾かれる。弾かれた反動に、その場から二人は距離を置く。
弓は先ほど天津が倒した複数の大木の上に降り立ち、天津は『紫光』と自らが呼んだ光を自身の体を薄い膜のように纏い何もない空間にふよふよと浮く。
「仙道、仙術と昔呼ばれておったわ。いくつかの要素に分かれて拮抗しておったな」
「なるほど。あなたはその太古を生きてきた神である、ということだね」
その時代にもし自分がいたら、自分が今使う力を当たり前のように使えていただろうか。と、弓は自身の体から立ち上る湯気のような赤い煙に自分が翻弄されていることを自覚していた。
今までかつてない全能感。その気になればこの辺り一帯を焦土と化すことのできる力。
雪国であることを忘れてしまいそうな辺りの光景。弓が『却焔』の型を使った瞬間から寒さはどこかへと吹き飛び、弓の周囲はただただ熱い。夏、ないしは、枯れた木々や落ち葉を見るに、秋であるかの様相を呈していた。
季節さえも吹き飛ばしてしまうかのような錯覚。
こんな力を太古の人々は使っていたのかと思うと、より弓の探求心が刺激される。
だけども。
「その力には欠点がある」
「みたいだね」
「気づいておったか。にしては冷静であるな」
型式は、疲れる。
複数を使えばそれだけ疲れも増す。
それは精神的なものでもあり、体を酷使することもあり、身体的に疲れが倍増する。
だからこそ弓は、その疲れに慣れ、耐えるために常に型式を使い続けていた。体から漏れ出る力の残滓も最小限どころか内部に押さえ込んで見えなくするといった芸当さえもしながら、常に使い続ける。型式使いはそうやって型式に慣れることでより型式の扱いに長けていく。だけども、使用していないとさえ思えるほどに最小まで力を押さえ込む芸当は、裏世界どこを見ても弓がもっとも長けていると自他共に認めてもいいだろう。
人知れず。ではあるものの、それほどまでに、弓は型式に精通していた。
そんな弓でさえ、『却焔』というこの太古の力は、持て余す。
「次元の違う力、というものは、特に発現時点では使いどころに迷うものさ」
内部に押し込み、抑え込もうとしても、漏れ出てしまう。
すでにこれ以上押し込めば体が爆発してしまうというレベルまで凝縮している。それだけの力が、毎秒溢れ出ているのだ。
それはつまり。
「生命力が、漏れ出ているようなものであるからな」
使えば使うだけ。
死に向かう。
本来はそのような力ではないのだろう。
ただただ爆発的に能力を増強するだけの力のはずであるそれは、まだ初めて使う弓にとって、力にもなり自身を蝕む毒にもなった。
「どんどんと力が抜けていく気がするね」
「気がするだけであろう」
「そうだね」
弓の腕から火柱が現れる。その火柱は現れたその時はまさに炎のように揺らめき立ち上り辺りを熱く焦がしたが、すぐに鋭利な刃物のように鋭く尖った一つの両刃の剣となった。腕に一体化するように生えたその剣を、弓はいつもと変わらぬ笑顔を見せながら天津へ向ける。
「本当に、今のところは、気がするだけだね」
「であろうが、それでも長時間はその姿ではいられまい」
天津もくくくっとかみ殺すような笑いを浮かべながら、弓へと紫光の刃を向けて空から腐葉土へ降り立った。
ゆっくりと。
だけども互いに無作法に、遠慮なく間合いを詰める。まるで町中を歩いているかのように、互いへと向かっていく。
歩くたびに炎で消え散る腐葉土と、腐って溶けたかのように消えていく腐葉土。
互いが歩くたびにその場は長年変化のなかった景色をいとも簡単に変えていく。
互いがそのまま交差して通り過ぎていき――
「『却焔』」
「『青羽』」
互いがその刃を振り向きざまに振り上げ振り下ろす。
紫の斬り上げと、赤の振り下ろし。
互いの刃が交差し互いの刃が煮え滾る。
「――まずは、その顔に一撃」
「――やるではないか」
勝ったのは赤。
弓の一撃が、『紫光』を霧散させた。
消えた『紫光』に、天津の顔に久方ぶりに暴れられると笑顔が宿る。




