第459話:紅蓮となりて 7
同一型式を、掛け合わせる。
それは、弓にとって、まったく考えてもいないことであった。
『参』の型による、複数の型式による爆発的な力を知っているからこその盲点だったともいえる。いや、正しくは、同一型式を掛け合わせても意味がないことを知っていたからだ。
青柳弓の型式の弟子である永遠名冬のように、特異な存在を見ていたからこそかもしれない。
冬は、主人格であった国津という存在が作り出した第二人格が、今の冬である。
その主人格である国津はやり直しの型式でのやり直しの際、はじきだされ、別の体を使っている。
そのため、冬は、二つの人格、二つの精神があった。一つの精神が抜けたことで精神的意識に一人分の空白地帯が出来ている。その空白地帯を、空間把握能力に秀でた冬が理解したことでそれを活用。その結果、一人で複数人分型式を使用することができるようになったから、冬は自身と武器に複数型式を使用できるのである。他の型式使いは、単一での型式運用、または複数型式を短時間使用、技として活用することが基本である。型式は、精神的に疲れるからである。
それを度外視したのが、冬の特異な体質による複数型式運用であり、弓の疲れを度外視した『参』の型である、
では、なぜ、同一型式を掛け合わせるということに、誰もが考え至らないのか。
同一型式を掛け合わせるように発動しても、型式は、二倍にも三倍にも相乗して膨れ上がるわけではなく、ただ、出力があがるだけなのである。型式はすでに発動しているから重ならないのだ。
一瞬の掛け合わせは、突発的な状況では有効だ。だけども、すでに使われているから常に出力をあげるだけでは意味がない。極めれば、『焔の主』の『炎の魔人』のように圧倒的力を使うこともできるかもしれない。弓の『紅蓮浄土』のように残酷に倒すこともできるかもしれない。だけども、極めるに至らずとも、複数の型式――二つの型式を掛け合わせることで安易に強くなれるのだから、後者を誰もが好むのである。二つの型式を掛け合わせることで、単一の型式以上に様々な技を扱うことができることも利点であった。
だけども、『縛の主』の『仙』の型は違う。
『縛』の型の出力を上げたのではない。単純に、別の型式と型式を掛け合わせたわけではない。
型式を発動中に溢れている煙のような漏れ出た力に型式をかける。型式という力にかけるのではなく、型式が発動した際に漏れ出る力に同じ型式をかけ直す。そうすることで型式の重ね掛けができる。かけて圧縮し続け濃度の高い型式へと昇華させる。
それが『仙』の型である、と。
そして、その型を更に自身へと重ね掛けすることで、より高みへと――総じて『仙縛』の型へと至ることができるのである。
その秘密を知った時、弓は、発想の転換であると、舌を巻いたものである。
きっかけは、とある書物を見つけた時。
古文書とも呼ばれる書物を編纂した書物。著者は『水原基大』という著者が書いた、眉唾物の書物である。
元々偽書と呼ばれていた古文書を読んだ水原基大が、その書物に書かれた内容が、偽物ではないと断定できる証拠を自分が持っているというところから、読めるところをまとめたものを残したという。
偽書の偽書と、巷のマニアの中のマニア内で騒がれる一品だ。
書物の名前は『始天文書』と呼ばれるものである。
編纂した書物が『水原文書』と呼ばれた謎の偽書。
そこに書かれていたのは、始まりの起源。
その始まりから生み出された神々と、世界の成り立ち。『始天』という存在ではなく神の頂点とされる『天神』の存在。
『観測所』という人の輪廻を司る白い世界と、その管理者『刻の護り手』の話。
それぞれが、弓にも水原基大と同じく心当たりのある話であった。
そこに出てくる太古の存在。
そして歴史として知る時代に語られることのない存在。
島国に、五つの祠からなる五乗封印により眠りにつかされているとある存在。
その五乗封印から漏れ出た力によって、特異な能力を持った人の存在。
その力を解析し、人が使うことができるようカスタマイズされた力。
読めば読むほど眉唾物。よくできたとは言い難い偽書認定されてしかるべき書物である。
だが、これは偽書ではない。と弓は判断した。
なぜなら、この水原基大という人物は、観測所という場所について、特に詳しくその書物に記載していた。人の知りえることのない内容さえも記載されている。そして彼は、この世界に『遺物』と呼ばれる、人類がまだ創り出すことが不可能であるオーバーテクノロジーともいえる遺跡群が現れることを予見していた。それは、ここ最近突如現れた遺跡群のことを指していたというところも強いが、その観測所という言葉を、弓はそこが何かを聞いていたから知っていた。
水原姫。
奇しくも、同じ苗字の女性から聞いた話である。
彼女から聞いた『刻の護り手』の話。観測所の話。そして『守護の光』――型式の素の力の存在。
それらを聞いていたからこそ、この書物は正しい歴史を記載しているのだと理解した。
なるほど、と。過去に存在していた化け物じみた力を持った英雄たちは、この力をモノにしていたのだろう、とさえ思えるほどであった。
書物で見た『仙縛』『却焔』『雲流』『迅疾』という言葉は、まさにこれに当たるのだろうと弓は感じていた。
人を超え、神へと限りなく至る存在。
仙人。
それこそ、この力を自由自在に操ることのできる人を指していたのだろうと解釈する。
「この世界とのお別れは、済んだか?」
ざくざく、と。
雪道を歩く音が聞こえる。
あえてであるのか、先ほど弓が『風羽』で吹き飛ばされた時、蒸発したかのようになくなった一直線上の不自然に雪がなくなった道ではない。
少しずれたその場所から。雪を踏みしめることを楽しむかのように、現れる。
「そうだね。世界との別れは済んではないけど」
その男に、弓は答えを返した。
世界との別れ。それは、死ぬ覚悟はできたかという意味だ。
「ほう、では、何との別れが済んだのだ?」
だけども、弓は、死ぬ気はない。
だけども、分かれは済んでいた。
「人を、辞める覚悟なら、できたかな」
「ほぅ……我のように神とでもなるか?」
「いやいや、そんな大それたものなんかになれるわけがない。……僕が、なれるのはせいぜい――」
「――仙人くらい、かな」
弓が目を開く。
紫の瞳。その瞳に意思が灯る。
「 『却焔』の型 」
辺りの雪を瞬時に蒸発させるほどの熱量が、辺りに溢れた。




