第450話:彼女の想い
ぱちぱちと。
延々と途切れることのなく燃え続ける灯籠の火。
その灯籠に焚べられた焚き火の火だけがこの場所の唯一の灯りとして存在する奥地の御社殿で、私は今日も磔にされている。
「綺麗だよ。……今日も明日も。そしてこれからもそのままの美しさと可愛さを備えて、この社の人身御供で居続けてほしい。……分かるね?」
「……はい、おじさま」
穢れがないことを現す白の狩衣姿のおじさまは、そう声をかけ、私の髪を掬って口吻をする。
そんなことをおじさまから言われたいとも思わないしされたいとも思えない。
穢れも汚れもあるおじさまがそんな服を着て私を汚そうとする様は、受け継いだあの頃は、嫌悪感に溢れていたが、慣れてしまった今はそんなおじさまが笑えて仕方がない。
「母親より、君は供物となりえるよ」
おじさまは常に、先代のお母さんと私を比べるようなことを言う。
お母さんに澱んだ視線を向け続けていたおじさまだから、私にお母さんの面影でも見ているのかもしれない。
「はい、おじさま」
私はいつものように。
心を塞いで同じ言葉を壊れた人形のように繰り返す。
何年も続けられたこの【お役目】。
代を変えてこの場所で生贄として生き続ける巫女の一族。
『別天津神』の『天之御中主』を祀るこのお社。
その神に捧げる供物。
それの、今代が私だ。
「この待ち合い場所も古くなったよね。昔はもうちょっと大きかったと思うんだけどー」
「あ、あー。そうだよな。……こんな小さかったっけ?」
「お互い成長したってことで」
昔は私のほうが大きかったのに、君は私なんか一気に追い越して、体つきも変わって。
そんな彼と、急に振り出した雨から逃げるように入り込んだ待ち合い場所。
雨に濡れてじめじめしたその場所で、ほどよくイケメンな彼が水も滴って妙な色気が出てるのに、彼のシャツはまったく機能をなさずに裸体をうっすらと映し出す。
そんな彼を凝視しちゃって、思わずごくりと喉を鳴らして言葉を失ってしまう。
咄嗟に私は彼に背を向ける。
見ていられない。恥ずかしくて赤くなっている自分がわかって、そんな姿を見せたくなくて。
「君はさ、僕のことどう思ってるわけ?」
「っ!?」
しばらくの静寂の後。
彼が呟いたその言葉。
なんの文脈もなく、ただの疑問とさえ思えたその質問に、私は彼に想う私の心を見透かれてたかと錯覚する。
これからも。
これまでも。ずっと隣りにいてほしい彼。
でも、彼に答えることもできなければ、伝えることさえ私にはできない。
だから、そんなこと言わないで。
「ん? なにか言った?」
聞こえないふり。
彼は、ほんの少し哀しげに笑った。
「おかえり」
いつもと同じように。
まるで私が彼と一緒に帰ってくるからそうしているかのように。
役目へと引き戻すように。
内心なにを考えているかわからないその笑顔で、おじさまは私を【お役目】へと誘う。
おじさまは家の前の階段で私を迎え入れる。
彼との幸せな一時は、いつもここで終わりを迎える。
ここから先は地獄。
明日の朝、彼に会うまで続く地獄。
「今日も綺麗だ。さあ、こちらへおいで」
「……はい、おじさま」
いつものように、白の狩衣姿のおじさまが私を誘う。
ゆっくりと歩き出す私の背中に、彼の視線が突き刺さる。
私は今日も、おじさまと二人きりであの部屋へと向かう。
だから。
私は、彼の想いに答えることもできなければ。
彼に想いを伝えることができない。
そして私は今日も。
この想いに蓋をして。
おじさまと、社へと向かう階段を上がっていく。
壊れた人形のように。
同じ言葉を、おじさまへ返しながら。
そんな毎日。
心を殺せば、耐える必要もないことに気づいたのはもう何年も前。
【お役目】を頂いてこの地獄に浸かったのも同じ頃。
でも、いいの。
彼と毎日があるから。卒業するまではきっと彼と生きていくことができる。
そう思って、今までも耐えてきた。
だけども。
彼は、間もなくこの町から去っていく。
私の想いを聞かずに、去っていく。
伝えられないまま、彼との最後の日。
「「あのさ」」
二人で被ったその言葉。
何を言う気かはしらないけれど。
私のほうが先に言ってみせる。
だって、もし彼から出てきた言葉が拒絶でも、肯定でも。
私はきっと。耐えられないから。
「じゃあ、私が今度遊びにいってあげる」
「――え?」
だから意を決して飛び込んだ。
彼の胸元はとても温かくて。
だから飛びかかるように耳元で。
「――、――」
私の、想いを、想いに――
「――じゃ、またねっ!」
――蓋をする。
私はきっと。
この町から抜け出せない。
だから、君だけは――。
【助けて】
チャットに書かれたその文字に。
「……あのさぁ……僕にも少しはいいとこやらせてよ……」
助けて欲しいなんて、君が言わなくても僕にだって分かってる。
君のことをどれだけ見てきたと思っているのか。僕が君をどれだけ想っているのか、君は知らない。
「……君と一緒に幸せになる為に。僕は外に出るんだよ」
僕はスマホをスリープにして澄み渡った青空を車窓から見る。
「君を、あの場所から救い出してみせる。きっと」
僕と彼女の、救い出されてからの新しい関係の始まりは、まるでこの青い空のように澄み渡っていればいいな。
なんて。
そんな青い空に。
僕はこれからの想いを馳せる。
今日を。そして明日を準備する。
田舎町の、町が村であった頃から続く、伝統行事。
巫女を天之御中主へと捧げるその行事のときまでに。
十全に。
彼女を、救い出すために。
これが、僕――夢筒縛の始まりの物語。
彼女――皇夏を、救うために動いた、始まりの物語。




