第446話:Re・sult
「……助かった、の、か……?」
敵である国津がいなくなったことに、樹は思わずそんなことを呟いてしまった。
樹も国津の紫の光にやられてしまい弱気になっていたこともあっての発言でもあるのだが、この場でまったく役に立っていなかったからこその呟きだったのかもしれない。
とはいえ、この状況を創り出した最後の一押しは樹である。
樹が一触即発状態の国津と冬の間に入って不謹慎な内容を言ったことで国津の毒気が抜けて引くことを選択したのだから。
負けは負けである。
縛の体から分霊を盗まれ、そして去っていったのだから。
だけども、樹と冬からしてみれば勝ちでもある。
なぜなら、やり直す前は全員死んでいた仲間たちが、今現在、誰一人死ぬことはなかったのだから。
「助かったとはまだ言えませんよ」
冬は左右にしっかりとしがみついて震える和美と未保に「立てますか?」と優しく声をかけながら二人を立ち上がらせるが、腰が抜けているのか、へっぴり腰でがくがくと足を揺らす二人に苦笑いしている。
「冬ちゃん、私達なにもできなかった、ごめんね」
「和美さん、気にしないでください。僕もそこまで何かできたわけでもありません。むしろ状況を悪化させたかもと思っているくらいです」
「先輩、慰めてください」
「はい――って、ええ、未保さん、今そういう状況じゃないですよ」
左右からぎゅーっと抱きつかれて身動き取れなくなった冬を見て、樹は本当にいつもに戻ったのだとほっと安心した。そんな樹も、ぎゅっとチヨに抱きつかれている。こちらはどちらかと言うと、離れようとしているチヨを樹が離さないので諦めている感がある。
「仲良いなお主達」
「そりゃあな。俺がチヨを離すわけがないだろう」
「そこはちょっと恥ずかしがったりしたほうがいいんじゃないかな、かな」
「何を恥ずかしがることがある。なんだったらこの場でお前と俺の愛を確かめてもいいくらいだ。ああ、そうだ夢筒縛、怪我は大丈夫か」
「……そのタイミングで、ついでに聞く内容ではないことは確かであるな。そっけなさ過ぎて涙がでてきそうでもあるな」
のそりと立ち上がる縛の胸元には、先ほど貫かれたときに吹き出した血がべっとりと付着していた。致命傷といっても差し支えない出血であったのだと物語っていた。
「お主達、早めにここを離れたほうがいいであろうな」
「そうですね、急ぎ離れましょう」
「そうだな、天津が来る」
「……お主達、この傷を見てもう少し我を労わろうという気持ちはないものか」
三人の意見の一致、それとほんの少しの縛の威厳が落ちたところで、外の状況に落ち着きが見えたのか拝殿から仲間達がぞろぞろと出てくる。
「状況を整理したいが、っと。おい、雪もうちょっと優しく持て」
「もー、それよりも冬、見て見て! 私の子! 女の子! 可愛いでしょ!」
「姉さん……なんでそんな元気なんですか……具合は大丈夫ですか?」
「そりゃもう、型式使って無理やり動いているに決まってるでしょー。それに私、歩いてないし」
毛布にくるまれた赤子を抱きしめながら、にこにこと最大限嬉しそうにしている自身の妻にため息をつきつつ、でも春自身も嬉しさが隠しきれないようでもある。
特に春は、自分たちの身に起きた不幸な出来事を、樹と未保の許可証で見てしまっているからこそ、余計に感情も揺さぶられているのであろう。
そんな赤子を生んだばかりの雪は、機械兵器に抱っこされている。機械兵器二機が雪を騎馬戦の二人騎馬のような持ち方をしているのだが、どうやらどっちが雪を抱っこするか揉めて妥協案となったようだ。
「冬っ!」
そんな機械兵器の背後から、またまた機械兵器――枢機卿に抱っこされたスズがとんでもないスピードで向かってきた。瞬きをしたときにはすでに目の前、というレベルの早さである。
捨てられるように、だけども怪我をしないように、且つスピードを落としてあたかもそこに元々立ってましたと言わんばかりに安全に配慮された冬の前に立たされたスズ。間髪いれず、暗殺者ばりに冬の背後に回って冬を後ろから抱きしめる枢機卿。もちろん左右に和美と未保がいるので三人揃っての抱きしめである。
『冬、大丈夫でしたか、お姉さんはもう心配で心配で』
「よかった冬……無事で……」
「色々ありましたけど大丈夫ですよ。すう姉? 大丈夫ではあるのですが、妙に圧が凄いですね」
「そりゃあねぇ……冬ちゃんが死んじゃってるの見ちゃったから心配してたんだよ?」
「え? 死んだ………?」
「先輩、さっき助けに来てくれた時、紫の光出してていつもの先輩じゃなくてかっこよかったです」
「え、紫の光……? もしかして堕神の、『紫光』を使ったの……?」
『『紫光』と呼ばれているのですね。後でその辺りはスズさんを問い詰めて聞き出しましょうか』
「え!? 私問い詰められるんですか!?」
冬や国津、天津さえも使える紫の光を『紫光』と呼ぶスズは、まだまだ冬達の知らないことを知っていそうだった。
これから先、遠くもあり近くもあり得るスズを巡る国津との戦い、そして、圧倒的力を持つ天津との戦いも控える中、情報は大いに越したことはない。
だけども、冬は。
「いえ、それもそうなんですが、スズを問い詰める以上に」
「あ、私問い詰められるのは確定なのね……」
「スズより、問い詰めなきゃいけない人が、いるんですよ……」
真剣な冬の表情に、誰もが静かになった。
そう、冬には、みんなに言っておかなければならないこと、そして確認しなければならないことがあったのだ。
「冬……それ、誰のこと……?」
「……みなさん」
「ひめ姉のお腹に子供がいること、知っていましたか?」
「な……」
「なん……」
『なんで……』
「「「「『なぁぁぁんでぇぇすとぉぉぉーっ!?』」」」」
人がいなくなって何年も経ち、誰も来なくなった大社の参道に、人の驚きの声が響き渡る。
「いや、まあ……いいのだがな? お主達、早くここを逃げたほうがいいと思うのだが?」
と、わいわいと騒ぐ冬達を見ながらため息をつきつつ微笑を浮かべる縛。
早く逃げなくてはならないとは言っているものの、まだ時間はありそう。だけども、ほんの少しの時間でもこうやって楽しく笑いあえるのであれば、きっと、これからも大丈夫なのであろうと思う、縛である。
「ふ……よぅ似ておるわ」
そんな子供たちを、縛は自分の昔と、共に戦った仲間達と重ねては、懐かしそうに見るのであった。
ただし、その後すぐにここからの追い出しにかかる作業が待っているのだが。
本話で十二章は終わりです。
カクヨム側に追いついてきたので、あと数話で一旦完結扱いにし、またストック溜まったら更新を予定しています。
カクヨムの方は何十話か先に進んでますので、もし興味がありましたらカクヨム側もどうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m




