第444話:溶け込む想い
まるで染み込むように。
まるで溶け込むように。
まるでそれが当たり前かのように。
そして、そのありようが正しいかのように。
『型盗り』によって内部に取り込んだ分霊が、間髪おかずに、体の奥底に隠れ住む自分を構成する意識の塊――魂へと融合していくことを感じながら、国津はゆっくりと目を開けた。
目の前には真っ黒い闇。
紫の光が自動的に主人も護るために発動して自分を包んだのだと理解した。
その世界では、ゆっくりと流れる時間が流れていく。たゆたうような、自身の体を労わるかのようにゆるりと流れる時間は、今まで生きてきた中で、スズのことだけを考えて生きて策謀し共謀し陥れてきた国津にとっては、初めてのんびりとできた至福の時間であった。
もちろんそこにスズがいればどれだけよかったのだろうかと思うことは確かではあったのだが、ないものねだりである。
国津は、すでにスズの中で、自分という存在は重要ではないのだと、気づいていた。
スズにとっては、冬であった国津が大事なのであり、冬という殻を捨てた今の国津は重要ではないのだ。
冬だからこそスズが傍にいることができる。そう思えたことは、悲しくもあり間違っていなかったのだとも思う。
それはわかり切っていたことであった。
それだけスズと冬であった国津は理解しあっていたともいえる。
それをもう一人の自分である冬に奪われたというのも烏滸がましい話であり、そう仕向けたのも自分である。
(自分の中では、それでもスズが僕のことを選んでくれると確信はしてたんだけどね)
そう思いつつ目を閉じる。
そう思えるくらいには国津はスズのことを理解していたはずであり、スズもまた国津に依存していたはずであったのだ。
それが、今は冬に成り代わられた。
ただし、そう仕向けて後で体を奪うつもりだったのだから、それで間違ってはいなかったのだが。
自分を選んでくれなかったためのことを考えての冬への成り代わりであったのだから、それが失敗した時点でスズとは一からスタートであったのだろう。
(どこで失敗したのかな)
そう思ってみたものの、すぐにそれはどこか理解はできた。
天津から逃げるとはいえ、無垢な自分を演じて自分を隠そうとした最初であり、その時点でスズと自分は決別してしまったのだ。
そうなることがわかっていたからこそ、のちに冬に戻ろうとした結果が、樹を使って創り出した『未知の先』でのやり直しである。
そこまでの冬が辿ってきた道を、やり直しの際に自分が変わることで、新たな世界へと作り上げる計画。
世界樹で生きてきた記憶。『苗床』として人を生み出していた頃の記憶。
『苗床』となる前に、それよりももっと前の、『幸せを運ぶ巫女』、『唐明大社の巫女』としてのお役目をしていた頃の記憶。
それらの記憶を封印されたスズとの、一からの友好関係を作り出した冬と入れ替わる。
自分の失ったスズとの関係もイーブンであり、そして対等だからこそ、スズとこれからも一緒にいることができる。
『苗床』となったことで半永久的に死ぬことのないスズ。
『半神』であることで半永久的に死なない冬。
永遠に共に生きていく。
そう誓い、そう願い、そう仕向ける。
国津が元々持っていた力。それに更に冬がそれから辿ってきた道をかけ合わせれば、より強くなれることはわかりきっていた。
その力でスズを守ることができる。
冬自身身体的スペックが悪いわけではない。それこそ、天津という神が分霊として、次代の体として使うために創り出した体なのだから。
その体には、天津の力に耐えられるだけのスペックがあるといっても過言ではない。
(だからあの体が欲しかったんだけどね)
この体も悪くはない。
なぜなら、自分が成り代わっていたのなら、この体は、ただ分霊を宿しただけの器なのだから、取り込むことでより上の格へとあがれるように隠していたものでもあり、甲種という、丙種の冬や、乙種の姉の雪を超えるスペックを持った、度外視の体として密かに創り出したものだからだ。
強い体である。
だけども。
それでも。
この体は、この国津と言う存在は。
冬ではない。
冬でないから、スズと共にいられない。
であれば、
どうしたらスズと共にいられるのか。
簡単なことだ。
新たにスズとやり直せばいい。
記憶を弄って。また消して。
スズと初めて出会った時のように。
スズと自分は、どこまでも生きていくことができる。
そうやって、スズと永遠に生きればいい。
ただそれだけである。
永劫ともいえる時間が流れたかのようにゆったりと流れる時間の中、何が自分にとって重要なのかを再認識していく。そして、溶け込む分霊の能力をはっきりと理解していく。
(分霊はこの体に少しずつ馴染んでいる)
ぐっと握りこぶしに力を籠める。
これでスズを守る準備ができたと国津は考える。冬の分霊も手に入れられたのならよりよかったものの、すでに冬として確立した分霊は自身にどう影響するかは未知数である。
まだ分霊の力に慣れない自分には時間が必要だろう。だけども、この殻の中に閉じこまったままでいるわけもにもいかない。
いくら時間がゆるやかに流れているとはいえ、流石にこのように時間をかけているわけにはいかないと思った。一瞬とはいえ分霊を外に開放しているのだから、天津がいつここに訪れるかと思うと、気が気ではない国津である。
いまこの状態の自分が、天津に勝てるとは思えない。
もっと時間をかけて馴染ませ、せめて分霊の力を並列して使えるようになるまでは。
そう思う国津には、この力を手に入れたことで天津への勝算が見えてきていた。
天津がどれだけ強かろうが、あの男も体を変えなければ生きていけない程度には弱っている。という確実な予想があったからだ。
その体の候補が、恐らくは『縛の主』。その体があれば天津の力を十二分に発揮できるからこそ、分霊を『縛の主』の体に残したのだろう。
『縛の主』が封印したのではなく、後々のことを考えて乗り移るための分霊を、わざと取り込ませていたというほうがしっくりくる。
国津の体は特に変化はない。だけども格とも呼ぶべき、魂の形そのものは変わっている。
準備が整った国津は、自分を護る紫の光の集合体である殻を取り払った。
ゆっくりと、
さぁっと音が出ているかのように。
カーテンが幕を開けるように。
ゆっくりと。
紫の光が、消えていく。
まるで生まれ変わったかのような心境に、国津はスズにもこの感動を与えたいと思った。
この今すべてが晴れたかのような、そのような心持ちを。
「だから、さ。スズをこのまま連れて行けばいいんだよね」
初めて僕という存在が、『苗床』であったスズと出会った時。僕に答えてスズが形を為したとき。
あの時の感動。
それと遜色なくスズにも感動を与えるためには。
連れて行って、新しく、また二人で始めればいい。
冬という存在と共に生きてきた記憶を消して、国津という存在と共に生きるスズとなればいい。
紫の光がすべて晴れて、目の前に障害がなくなった国津は、新たに決意する。




