第442話:強襲
「みぃつけたぁぁぁっ!」
声が聞こえた。
その声に聞き覚えのあった樹は、とっさに近くでうんうんと唸って型式を発動させようとしているチヨを傍に引き寄せ警戒する。
ぶんっと、風が切り裂くように空間が歪んだ音を立て、
「く……国津っ!?」
「僕の名前を知っているってことは。――ははっ! やっぱり君かっ! 冬にカマかけて聞いていても十中八九だったけど、これで確信したよっ! 君が元凶だったんだってねっ!」
ぼさっとしたような髪型に見えながらも、しっかりと整えられている、アッシュブラウンのマッシュボブ。その髪は、空間を切り裂いたときに生じたのか、風に弄ばれてふわりと揺れる。
皇国津。
冬によく似た男が、空間を裂いて現れたのだ。
そして――
「国津っ!」
「冬っ!?」
少し遅れて、少し離れた場所にも、ぶんっと同じ音が発せられて、空間が歪んだ。
歪んだ空間から現れた国津にそっくりな男は、樹たちの知る永遠名冬そのものだ
歪んだ空間から出てきたと同時に、すぐさま紫の光を再構築。歪みが消えるとともに冬の背後から九尾が溢れてそのうちの二尾が国津へと迫っていく。
「……驚いた。君、そんなこともできるんだね」
「あなたがこの紫の光で行ったことをどうやったらいいか考えて……それに、一度だけじゃないですから、見たことあるのは」
「……へぇ。みたことあるんだ」
とっさに国津が紫の光で作り出した紫色の大剣で二尾を絡めて防ぐ。二尾によって足止めを食らいその場に留まる国津に、冬はゆっくりと警戒しながら近づいていく。
「……冬。お前、その光……」
「樹君、気を付けてください。国津の目的は――」
「君たちは、本当に濃厚な戦いをしてきたみたいだねっ!」
ぱしゅんっと。
国津の大剣を押さえていた二尾が大剣と二尾を覆いかぶさるように溢れた国津の紫の光で掻き消えた。
反動で冬の体が揺れるが、冬はすぐさま体勢を立て直す。
国津は、勢いのまま、紫の光を体から一気に開放した。
その開放によって、樹や和美、未保といった許可証所持者は、光を見たことによる変調をきたしてしまい、動きが阻害されてしまう。
人の負の感情を呼び起こさせる、恐怖による阻害だ。
特に和美と未保に至っては、突然の国津の強襲と初見の紫の光にどっぷりと感情を揺さぶられてその場に頭を抱えて膝をついてしまう。
「ぐっ……」
樹も見たこともあるものの、恐怖に支配されて動きを止めてしまう。先ほど知ったばかりの『仙』の型を会得して使っていればなんとかなったかもしれないが、樹はまだ会得できていない。和美と未保は使えてはいたが、使用していない状態で受けてしまい戦意喪失。これから使おうにも、その状態では効果が薄いだろうと二人を見て、樹は思わず舌打ちしてしまう。
もう少し、時間があって、自分が会得できていれば、と悔やむばかりである。
「樹も知ってるんだねっ、冬がこの力を使えるってことを! なるほど! つまりはやり直しする前には冬はこの力を獲得していた、と! なんとなくわかってきたよ。どうしてあそこにあり得ないあの気配があったのかも、何かしらを君らがしたんだろう!」
「あの気配……?」
思わせぶりな国津の言葉に、冬と樹の動きが止まる。
国津の『あの気配』という言葉に互いが思い出すのは、ただ一つ。
「まさか……近くにっ!?」
永遠名天津。
冬の父親がいる。
安易に仄めかすような発言に、二人の体がこわばった。
勝てるわけがないと、あれだけの力を見せつけられた存在に、やり直したとはいえ、なんら変わりのない二人であり、その力をその身に受けて知っているからこそ、トラウマともなっていた。
「お主……なるほど、お主が」
そんな中、縛がぼそりと、国津を見て呟いた。
その声に、国津がぎゅるりと音が出ているのではないかと思う程に振り返った。
見つけた、と。
まるで、獲物を見つけたかのように、国津はそう高らかに叫んで現れた。
その、国津の標的は――
「『縛の主』気を付けてください! 彼は――」
「あー、冬は邪魔だね、黙っていてほしいな」
国津が縛へと大剣を向けようとして、冬の声にイラつきの感情を向ける。
「樹君、『縛の主』を――」
「だから、黙っていろって、言ってるだろうっ!」
「黙ってなんて、いられませんっ!」
冬が再度一尾を差し向けた。
国津がその一尾を大剣で振り払う動作をしている間に、一気に距離を詰める。
冬は、言葉で伝えるより、先に国津を縛から離すほうが先だと考えた。
冬の一尾が国津へ向かう。合わせて糸を一尾で強化した紫糸でも国津を囲む。
「ははっ!……いいのかい?」
「え――……っ!?」
国津は、もう一つ。
紫の光で大剣を創り出していた。今にも自由落下して落ちていきそうな大剣が、宙に浮いている。
その浮いている大剣の下にいるのは――
「和美さんっ、未保さんっ!」
ぶるぶると恐怖に支配されて座り込んでしまった二人だ。
冬が九尾をすべて使って一気に二人の元へと向かう。
そこに振り下ろされる国津の大剣。
九尾すべてを使って、二人を包み込みつつその大剣に抗う。
「足止めとはいえ、足止めだからこそ、それなりの力を籠めてるよ」
がりがりがりと、一尾が大剣に削られる。
「ぐ、ぐあぁぁっ!」
「止められると思うかい?」
大剣はぎりぎりと質量を持って冬の尾を削っていく。
もう一尾。ぱしゅっと音を立てて消えていく。
紫の光の対決に軍配が上がるのは、一日の長である国津のほうだ。
「まずいな。手を貸そうではないか」
その中で、冬の身を案じた縛が動く。
この場で動けるのは、常に『仙』の型を発動している縛だけであった。
「ははっ。『縛の主』、君が動いていいのかい?」
「動かねばならぬであろう?」
「くぅ……樹君、樹君っ! 止めてくださいっ! 国津の狙いは『縛の主』ですっ!」
「な――」
縛が一歩国津へ近づいた。
それは国津と縛の戦闘の合図となる。
――はずであった。
「―――っ、――」
「っ!?」
紫の光を使って空間転移した国津に縛はすぐさま反応した。
振り向きざまに『人喰い』を発動させようとして、縛は耳元で国津に囁かれた。
その瞬間、百戦錬磨ともいえる縛の動きが、止まる。
その動きを止めるという行為は、彼らクラスの戦いにおいては致命傷だ。
そして。
「う……ぅぬぅ。驚きで、動けぬ、とは」
縛の背中から、国津の、紫の光で作られた大剣が差し込まれ、縛は貫かれた。




