第438話:『仙』の型 5
神々しささえ感じてしまう縛の姿に、その場にいた誰もが言葉を失う。
樹でさえ、その力をじっと見て、一言二言呟くだけに留まり、縛から「すべてをお前にやる」と言われはしたが、言葉は出てきていない。
見る者の言葉を失わせる程の力の奔流は、天津や国津が使う紫の光とはまた違った威圧と感情を湧き起こさせるものであった。
「わかったであるか?」
先程の型式の力の奔流はふっと押さえつけると、縛はいつもの縛へと戻った。
だがそれは、あくまで、見た目が戻った、縛から感じる奔流がなくなっただけであり、縛は常に『仙』の型を発動しているのだと理解できる。
その理由こそ――
「我はこの体に、天津の分霊を内部で押さえつけておるでな」
天津の分霊を自身の内部に閉じ込めるために、『仙』の型を使っているのだ。
「……なるほど……夢筒縛が、分霊を体の中に封印していると言っていたのは聞いていたし、それが『仙』の型で行っているとも聞いてたが……意味が分かった」
樹は、縛の『仙』の型を誰よりも目の前で見て、誰よりも深く理解できたつもりだった。
そこまでしないと、抑え込むことができないから、縛はそこに至ることができたのだということを、今知った。
「俺の『模倣と創生』でこれはコピーできるのか……?」
『模倣と創生』。
樹の『呪』の型で創り出されているそれは、見たそれの構造や動きを理解することで同じものがないはずの誰かが創造し想像した型式そのものを、同じものとしてコピーすることができ、自分なりのアレンジを加えながら創生する能力である。
ストックされる能力は四つ。チヨ専用型式と名付けられた、チヨのコスプレを創るために一つを占有しているため、三つが自由に使える枠として残っている。
そのうちの一つは永遠名雪の使う『氷の世界』であり、もう一つは樹の目の前にいる『縛の主』の十八番、『人喰い』である。後の一つは樹がいつも戦いの時に使用している漆黒の鎌だ。
すでにストックされている能力のどれかを消して、縛が説明し実演した『仙』の型をストックさせることで自分も使えるようになるのであれば楽なものはない。消すのであれば、長年使い続けてきた漆黒の鎌であろうと思いつつ、自分の今の理解力で『仙』の型を扱えるのかという疑問もまたあった。
それとともに、もしかすると、縛の体に降臨した天津と『人喰い』を撃ち合った時にあっさりと自分が負けたのは、『人喰い』への理解力がないからなのかもしれないと思う。目の前に実演できる本人がいるのだから、やってもらうべきではないかと思ったところで、
「『仙』の型は、お主の『模倣と創生』でも真似できまいて」
と、できないという結論を、実行に移す前に、縛から聞かされた。
「……なぜだ?」
「お主の『模倣と創生』は『呪』の型。それも特殊なものであろう」
「たぶんな。知らんけど」
「……いや、我がヒントを出してお主が編み出した型式でもあるでな。共に作った型式である。そこは父と子の初の共同作業とも言うべき記念すべき思い出の記憶として残っていてほしかったのだが……」
「『未知の先』に記憶を捧げているから知らん。それにそういう言い方をされると残ってなくてよかったとも思えるな」
「それはひどい」
「酷いというか、縛さん、いっくんの愛が漏れすぎじゃないかな、かな?」
チヨが呆れつつ樹の胸の中で蠢いた。今にして思えばずっと抱きしめていたことを思い出して解放すると、「ぷはっ」と声をあげて一気に息を吸い込んでいる。
「『呪』の型は特殊である。それに尽きるのだが、そもそも、他の型を『呪』の型にあてがい何かをするということは出来ぬのだ。あれはあれのみで成立する型である。だからこそ、あれとの組み合わせ等は出来ぬのでな」
「……なるほど?」
「わかってないであろう。……お主の『人喰い』や『氷の世界』は、あくまで型式の力を昇華させた技である。『仙』の型は型式そのものを昇華させたものであってだな。……要は、『仙』の型のようなものは、『呪』の型よりも上位に位置する型である、と認識しておればよい」
「いくら特殊な型だとはいえ、上位の型式をコピーしたり取り込んだりはできない、ということですね」
「『黒猫』が言った通りである。もちろんお主が、『呪』の型で同じことをやろうとするのであれば話は別であろうがな。……出来ぬであろう?」
「できないな」
即答である。
樹は、記憶を失っているので、自分が『呪』の型を使える理由もわからなければ、どういった条件でこれが使えているのかもわからないのである。
ルーツや条件が分かれば、色々できるかもしれないが、不自由がなく使える使い勝手のいい能力であったので、弄る理由もなかったので放置していたのだ。
「まあ……それで、だ」
「いよいよ、私達も『仙』の型と同じものを覚えていくってことですねっ!」
「『JDAR』の言う通りである。ただし、我は『縛』の型で行っていたことであるが、お主達は得意な型式で行うべきである。なぜなら、得意であるからこそ、そこに至りやすいのでな」
「なるほど。じゃあ私は『疾』の型でやってみます!」
「私もそうですね。和美さん、一緒に感覚を共有しあえば早くできるかも」
「……いっくんはどうするの?」
和美と未保がやる気を出しているとき、樹は縛の目の前から動かなかった。
「俺は、『縛』の型でやるが。……夢筒縛。どうやって、重ね掛けているか教えてもらっていいか」
「もちろんであるよ」
「そ、そうだよねっ! 私達、そもそもが重ね掛けできないから始まりもしないんだった!」
和美が驚き笑うと、樹は、「そこが肝心なところだろう……」と二人に呆れ顔を見せた。
「まあ、初めての型式であるからして。そういうでない。……コツというより、これは認識の問題だでな」
そして、やっと縛の口から、『仙』の型へと至る、秘密が、語られる。
縛は、そこらへんに落ちていた木の枝を拾うと、参道の石畳から外れた場所に落書きをしだした。
そこに書かれているのは、人形だ。




