第436話:『仙』の型 3
縛は、あまりのチート能力と、その力を有効活用できてない冬に呆れつつも、言われてみれば冬はとんでもない素養を持った存在であると思い返す。
縛の妻である皇夏は、唐名大社の『幸せを運ぶ巫女』の末裔であり、神さえも封じる、目に見えない力を持つ女性であった。
また、冬の父親は、正真正銘の人から神となった半神、古くから生きる『天津』である。
そのような二つの存在の力を受け継ぐのであれば、と考えれば、確かに内部に秘めた潜在能力は計り知れないものであるのだろう。
それが覚醒したと考えれば、客観的に見ても、それがチートであると思わざると得ないと、縛は至った答えにふっと鼻で軽く笑うと、目の前で自分の教えを待つ樹たちの視線に気づいて咳払いした。
「ま……まあ、それで、最初の質問に戻るのだが」
ただ、それが使いこなせるかと言えば別の話である。また、冬がそのチートだと思える能力に直近で気づいて操りだし、扱いにまだ慣れていないのであれば、その圧倒的な力に翻弄されて本来の力として使えないのもまた同じくうなずけることでもある。
半神の半神――クオーターになるとそこまで力に翻弄されるのかと思う反面、神として遠のいたその血でもあの力を使えるのだから、半神となんら変わらないと思うと、血が濃い薄いではなく、素質の問題であると考えを締めて話を戻すことにした。
「単一に対して、二重に型式は、使える」
「使えないから言っているんだろう……」
断言する縛に、樹はため息交じりに返す。
実演した後に言われているのだからため息もまた深い。
「使えるから言うておるのだ。可と不可と言い合っても仕方あるまい。実演すればいいのでな」
縛はそう言うと、自身の体に『縛の主』として正しく『縛』の型を使用した。
本来であれば黄色、または類似した色が少なからずその身にまとうはずだが、縛にはそれがなかった。樹は型式を使った時に現れる色の事象は、型式の力が体から漏れ出ていることから現れる事象だ。樹の認識としては、それに加えて、体に抑え込めない力だからこそ、相手に対しても自分に対しても圧倒的な力を与えるという認識である。
言いえてそれは正しい。だからこそ、縛の使った型式の力の漏れがないことに感嘆し、それが『縛の主』であるという証明なのであるとも樹は感じた。
漏れていないということは、それだけ力を支配しているということであり、漏れ出ていた力さえも自由に扱えるということなのだから。
「見えるようにしてやろう。二重とはいったものの、正しくは――」
そういうと、縛の体から『縛』の型を使っていると理解できるほどの色の現象が溢れだした。
「我は四重まで、使うことができるでな」
縛から溢れた色は縛の周りを黄色い光をまとったかのように、まるでオーラを身に宿したかのように溢れていた。
色も色であるから、どこぞで見た戦闘民族の『超』とついた場合の姿にも似ている。似ていないのは、髪の毛がぞわっと盛り上がらないことであろうか。
そのように、本来であればそこまで溢れている証拠である力の奔流を、自由に抑え込めることは、縛がどれだけ『縛』の型に精通しているかということを物語っていた。
「まずは一つ目であるな。これが正しくお主らの使う型式である。我の場合も同じく、『縛』の型である」
そう言った直後、縛の体から溢れていた色は、しゅんっと消えた。
「これが『縛』の型を二重で使った場合である」
その姿は、先程樹が実演したように、不発で終わったかのように見える。
だが、縛が見えるように行うといったことを正しく現すように、その縛の体の周りからは体全体を覆うように、肌一枚と言えるレベルで色味がかかっていた。
それは、二重で使ってもそこに『縛』の型は発現しているということをわかりにくいが現していた。
その見た目に、樹たちは違和感を感じる。
その正体は、揺らめくような陽炎。陽炎が縛の体を揺らしていたからだと気づく。
実体が本当にそこにあるのかとさえ疑ってしまうその揺らめきに、それが圧縮された型式なのだと樹は感じた。
凝縮した型の源は、纏う使用者の輪郭さえもぶれさせる。
「お主達、一応、得意の型式で体を守っているとよい」
『縛』の型は、防御に特化した能力でもある。
溢れる力を内部に抑え込めているということはそれだけ密度も高く、より強靭であるということでもある。
樹は、今の縛に本気で殴りかかって、本気の型式をぶつけて、傷をつけられるのか脳内で瞬時にシミュレートする。
『模倣と創生』で作られた漆黒の鎌であれば傷をつけられるだろうか。
それとも、『人喰い』でなら――
その結果は、ただ自分が惨めになるだけであった。
「二人とも、言われた通り、使っておけ」
樹は、自分の背筋に寒気が走った。その直感に素直に従い、和美と未保に、縛が言ったように型式で体を覆うように促した。それが気休めであるということもわかっているが、ないにこしたことはないと判断した。
縛はその樹の判断を待って、にやりと笑う。
「続いて、もう一つ」
縛がそう言うと、次は肌一枚だったその色味は一気に溢れだした。縛の体を包む黄色は激しく波打ち常に溢れて輝くかのようであった。
力の溢れによって、縛を中心に大気が動き、風となって樹たちに襲いかかる。
まるで、荒れ狂う嵐のように。
辺りにさえ影響するその黄色の暴風は、近くにいるからこそ、その迫力に体を数歩下がらせる。
恐怖を感じてというより、力の質量に当てられて強制的に下がらせられてしまうという表現のほうが正しいのかもしれない。
――いや、近くにいるから数歩下がったというわけでもないかもしれない。遠くから見ても、遠くにいても、もしかしたらその暴風を目撃すれば同じように躊躇してしまっていたのかもしれない。
樹は隣で「あわわ」と慌てて吹き飛ばされそうになっているチヨを引き寄せて力の奔流に耐える。
まだ手加減しているのだと思える縛の動きに、和美と未保も、型式でその場に辛うじて留まる。もう、言葉は出ない。出すことができない程に、耐えることに必死であった。
二重でため込まれた力が溢れだしたというわけではない。三重になったことでより力が凝縮され、圧縮しきれない力が溢れているのだ。
すべてを解放したとしたらどれだけの力なのかと恐ろしくなって、チヨが飛ばされないようぎゅっと抱きしめる。
その行為は、樹の、縛の圧倒的な力から感じる心の奥の叫びを認めたくないからこその拠り所だったのかもしれない。
樹は、縛の、まだすべてが開放されていない中途半端な状態の力に、恐怖を感じたのだ。
これよりも先があるという事実にも恐ろしく感じれば、目の前の縛に傷一つつけられないであろうという逆に自信もって自身が断言できてしまうことにもである。
それは、天津や国津に感じた、自分が簡単に負けるという、死の恐怖だ。




