第432話:袂を分かつ
「僕が、原因……?」
冬から聞かされたやり直し前の悲劇の一端。
それを自分が引き起こしたものだと聞いた国津の周りから、紫の光が消えていく。
「あなたは、僕と『縛の主』、そして樹君と戦いとなり、そして天津によって、殺されました」
「……降霊……いや、確かに、天津はそれができる……そうやって、この場に来て、僕を殺したってことかい……?」
国津は冬を見る。
国津も冬も、天津の子である。今は体は変わっているが、国津の体も、皇夏と天津の遺伝子を継いだ体であることは間違いない。
天津の血を継いでいるということは、それは天津に体を奪われる可能性がある分霊ということでもある。だが、二人は天津にその体を奪われる可能性は限りなく低い。
なぜなら、その体には、もう一つ、『唐明大社の巫女』の末裔である、皇夏の血を引いているからだ。巫女の力は天津の力を封じ込める。そうでなければ天津を何年、何百年とこの地に封じ込めることはできなかっただろう。それがこの神域の奥にある別の封印の式を使って封じていたにしても、である。
「でも、おかしいじゃないか。ここに、天津が来ようとしたら、それこそここに乗り移る先――分霊がいないと無理だ。ここにいる僕たち以外に乗り移れるものはない。姉さんなら可能性はあるけど、姉さんは母さん寄りの力の持ち方をしているから、僕たちより降霊される可能性は低いはず」
国津は、冬がまだ何かを隠してることに行きついた。
受肉をした、分霊になりうる国津と冬、そして雪は、天津に乗っ取られる心配はない。そして今の状況を考えると、冬がいった三人と戦った時に自分は死んだということになる。
三人と限定したということは、コテージで見た許可証所持者と機械兵器はその戦いの場にいなかったということを指している。
むしろ力のない一般人はあの場にはスズを抜けば一人だけであり、スズを戦いの場に残すなど、国津も冬もするわけがない。そこについては、冬のことを信用していた。
消去法でいくと樹と夢筒縛となるが、樹は縛と皇夏の子供であり、分霊というわけではなく、縛に至っては、過去にその天津を倒した男である。分霊として降霊されるわけもない。
「誰が……」
それは、受肉をしていない分霊が、この場にいる、ということである。
そう理解したとき、国津の顔に、いつもの笑顔がまた現れだした。
見る人に安心させようとする笑顔であるが、本性を知っている相手からしてみると、その笑顔は、国津が自身の感情を消して悟らせないためにわざと作っているものであるとわかる笑顔である。
「……『縛の主』です」
「っ!?」
消去法として、あり得ないと考えていた相手が降霊されたということに、国津の笑顔が消えて驚愕の表情へと変わる。
「あ、あり得ない……だったら、なぜ――……無効化? 君はさっき、僕の型式『型盗り』を使って、『縛の主』が天津に乗っ取られたと、いったのかい?」
『型盗り』
それは国津が、『縛の主』に負けてから彼に勝つために編み出した、型式である。
「『型盗り』と、いうのですか、その型式は……」
「ああ……まあ、タネを知ったところで何かできるわけでもないからね、君からの情報提供のお礼に教えてあげようじゃないか。……僕の型式『型盗り』は、その名の通り、相手の型式を、盗み取る」
「盗み……取る……?」
型式は、人によって、姿を変える。人ごとの型式があり、同じものはない。同じような型式であっても、どこか違う、それこそ、指紋のように、どこかしらに違いがあるのだ。
その型式を、国津は、『盗む』と言った。
型式は、人によってそれぞれの型があり、そしてそれらは発現と共に、様々な形をとる。
『焔』の型で身体強化すれば体から仄かに焔を象徴する赤が出るし、『疾』の型で素早い動きを可能とすれば、その体は疾風のイメージの緑色となる。『流』の型も、水をイメージしやすいからこそ水色に、地面や土を彷彿させる『縛』の型でれば黄色といった具合だ。
それらをただ見せているだけでは相手が何の型式を使っているかすぐにわかってしまう。その結果、対策も取りやすくなるので、型式使いは、その光を極力放出されないよう工夫する。
高等技術として、それをカモフラージュすることにも使うこともできるので垂れ流しのままの者もいるのだが、それはあくまで技術である。
冬は、垂れ流しタイプである。
常に体に纏う『疾』の型は、常時使用時は薄く見えない膜のようであるが、いざ戦いとなった時は、惜しげもなく、冬の中での『疾』の型のイメージである緑色を溢れさせている。そのため、冬は素早く動いたときに緑色の軌跡を残しているのだ。
冬の場合、垂れ流しているのはただの天然であるが……。
「――僕はね、その力を、奪い取ることができる」
「つまり……奪い取られた相手は、型式を、使えなくなる……?」
「ご名答。……いきなり動けなくなって怖かったんじゃないかい? 急に動きが鈍くなると、脳は錯覚を起こすのさ。自分はもっと早く動ける、動けるのにどうしてこんなに体は動かないのか、とね。脳や思考は加速するのに、体だけが置いて行かれる。その結果、攻撃を避けられなくて死んでいく様をゆっくりとみることになる」
そしてそのイメージの色に、国津は着目した。
型式そのものは人それぞれの自由な型であるが、その力の源そのものは共通である。そのイメージの色を吸い取ることができれば、自分の力とすることができるのではないか、と。
「……酷い、話しですね……」
「素晴らしい話じゃないか」
本当は、奪い取った能力をそのまま自分の型式に還元することもでき、相手の能力を奪い取り続けるので本人は疲れずにほぼ永久的に型式を使い続けることができるという能力であるのだが、そこまで冬に説明してやる義理はないだろうと国津はそこで能力説明をやめた。
「『縛の主』は、とんでもない型式の使い手だ。それこそ、名前の通り、型式の名を冠しているのだから。それはもう、その力を奪い取ったときは、僕は最強だっただろうねぇ……」
と、国津は裏世界で一度苦汁を飲まされている『縛の主』が、自分が型式を使えなくなったことで困惑する姿と、その力を奪って圧倒的力で勝利する姿を思い浮かべて恍惚とした表情を浮かべた後、ぴくっと、動きを止めた。
「……分霊」
一言呟くと、国津がにやりと不敵な、それでいて満面の笑みを浮かべた。
「受肉していない分霊が、『縛の主』の体の中にいるってことかっ!」
その感情を言葉にするなら、まさに、歓喜、であろう。
――『型盗り』。
それは、型式を盗み取る能力である。
そして盗み取った力を自分に還元できる能力であるということは。
「君を殺して分霊の力を奪おうなんて思っていたけど」
分霊という力の源。
その源を象る自分たちと同じ、受肉していないその力さえも。
「分霊そのものを、純粋な力を、『縛の主』が持っているなら、それを奪って自分の力にすればいいんじゃないかっ!」
奪って、自分の力にすることができるのである。
「これで、僕は、天津に近づくっ! 足がかりにして、他の分霊の力さえも手に入れて、そして天津となることもできるっ!」
冬は、自分が言ったことを、取り返しのつかない失敗だったと、感じた。
「あなたは……天津に……」
国津の目的は、天津のような力を得ること。
「だってそうじゃないかっ! 天津に勝てない僕なんて必要ない! 天津に勝てるなら、僕は誰からもスズを護ることができる! スズを自分だけのものとして閉じ込めてさえもおける! 僕だけのスズにできるじゃないかっ!」
そして、その力をもって、スズを、守り続けることである。
未来永劫。閉じ込めるという選択肢さえも、彼の中にはある。
自分のためだけに存在するスズ。
自分だけを見続けるスズ。
自分だけしか知らないスズ。
「……スズを、なんだと……」
冬は、この瞬間まで。
国津という存在を、心の中でスズに関してだけは自分と同じ気持ちである、と思っていた。
スズを護るという部分においては、自分であるからこそ共通認識を持っている、と。
だが、国津の独白に、国津は、スズを孤独にしてまで独占しようと執着していることに、そこだけさえも、元自分として、同じである、と、思うことを、やめた。
「あなたは、敵だ……っ!」
「敵で結構。僕はすでに君のことは敵だと思っているよ……なぁ、僕の劣化品」
国津は、冬とは違う。
冬は、改めて、国津へと立ち向かう決意をした。
冬の体から、ありったけの紫の光が溢れ出て、尾を作り出す。
だが――
「そんな素晴らしい情報を聞いて、僕が君の相手をしてあげると、思うかい?」
国津は。
冬を敵だと認めておきながらも、冬と決着をつけることを、しなかった。




