第431話:共通の敵
おかしいと思ったんだ。
そういう国津は、今も笑顔で冬を見下ろしている。
冬は顔を上げることが出来ず、そのまま――まるで、国津に跪く騎士かのようにその場で硬直したままだ。
「あの場に僕は初めて現れて、初めて僕はみんなに挨拶した」
それこそ、冬の姿ではなく、国津という新しい体で、だ。
「なのに、さ。周りは、「誰?」なんて顔してるのに、君は確信をもって、その出番を台無しにした」
まるで冬がやり直しして戻ってきたその瞬間の、国津が挨拶をしたタイミングを再現するかのように、国津は足で地面を蹴って、音を出した。
冬はあの時、机を思いっきり叩いていたが、今はこの場にその机はない。そのためだけにコテージに入って再現するのもできたが、そんなことをする必要もない。
そして、国津の言おうとしているそれは、深読みであり、勘違いでもある。
あの時の冬は、やり直した瞬間であり、国津という苛立ちの相手の名乗りと、知ってしまった衝撃の出来事に、思わず叩いてしまっただけであり、国津の登場シーンを台無しにしたかったわけではない。
冬は俯きながらそう言いたかったが、今の状況的に場違いでもあり、国津へ苛立っていたことも確かであったので、半分は合っていると思い直して聞くことにした。
「その後も、さ……。何かを護るかのように、君は動いた」
「あなたが僕であったとすぐに気づいたから――」
「――スズを護るためにそうした、というのであれば違うだろう?」
少しばかり苛立ちの籠った声に、冬は国津がある程度まで推測していることを理解した。
「スズのことなんて見てなかったじゃないか。君が見たのは、樹くらいだ。もちろん全員を見回すようにしてからだけども、それでも樹とその恋人をじっと見た。その二人から考えられるのは、やり直しだ」
「……」
「だけども、それだけじゃない。そんなことだけでやり直しをしたなんて判断はできるわけがない。いくつかの要素を考えてみて、なところもあるけども、確信できたのは、君がその力を使いだしたからだ」
力。――それは紫の光だ。
「それは、君が堕ちた証だ。半神ながらも神だ。その神々に連なりながらも、堕落した。でないとその力は手に入れることができないんだよ」
国津は当たり前かのようにそういうが、冬にはそんな記憶はない。
自分が神に至ったということもなければ、冬に訪れたのは、天津との戦いにおいて死んだことだけだ。
死ぬ。
そのことが、堕落したということを指すのではあれば、まだ理解はできた。
「ああ……違うか。……純粋に、君は、当てられた、のかな?」
「当てられた……?」
「僕のような半神や分霊の力を理解しそして使っている力とは違って、分霊としてその力に目覚めるなら、より濃い力をぶつけられた……なるほど、そして、戦い――」
――死んだ。殺された。
それは、誰に?
そのような圧倒的な力を使うのはだれ?
国津は自身が辿り着いた答えと、新たな問いに自問自答する。
冬は誰かに殺された?
この場で。この場所で。
彼を殺せるほどの力を持つ相手といえばだれか。自分またはそれ以上の存在。
この場にいた『縛の主』は今や冬の味方であるから手を下すようなことはしないだろう。
であれば自分が殺したのか。そうであればもっと冬から憎しみを感じることができるし、自身の紫の光で冬に覚醒を促すことは到底出来ない。
「……まさか……」
そして行きつく。
冬も自分も、許すことのできない相手であり、畏怖する存在――
――永遠名 天津 に。
「……恐ろしいことを、君は隠していたね……」
国津が、苦笑いをしながら、到達した答えにぶるりと震える。
「天津が……父がここにいる、ということじゃないか……」
ぎりり、と。
奥歯を噛みしめる怒りの音が、聞こえるようであった。
「すべてを、台無しにするところだった!」
紫の光が、あふれ出した。
先程までの、国津の体から溢れていたものとは全く違う質量の紫の光。
溢れ出る質に、冬の体は簡単に吹き飛ばされて後退した。後退した体を、その場に留めるために自身の紫の光の一尾を質量化して地面に突き刺してその場で耐える。
怒り。
紫の光は、感情によって質を変えるのかと国津を見て学んだが、それとは別に、軽く遊ばれていたという事実もまた理解できてしまう。
自身の紫の光と違う圧倒的な質量に、冬はこの紫の光を何もわかっていないのだと愕然とした。
だが収穫もあった。
「いえ、父は、ここにはいません」
少なからず、今は。
その答えに、国津の奔流は落ち着きを取り戻した。
「……君が、今この状況でそう言えるということは、信じてもいいんだね?」
冬が気づいたこと。
それは、国津にとっての天津という存在は、冬よりも畏怖の対象であるのだと。国津も、勝てない相手だと理解しているのだと。
そして、
ここにいてはいけない存在なのだと。
実際に戦い、その力を見た冬だけではなく、国津もまた、天津を勝てない相手であると理解していることに。冬は気づいた。
「あなたの目的のために、父はこの場にいてはいけない」
「そりゃそうさ。あれは母を、皇夏以外を滅ぼす災厄だ。子のことなんて何も思っちゃいない。それこそ母がいればいくらでも作り出せる、程度にしか思っちゃいない」
国津が心の底から天津が嫌いだということがありありとわかる表情を浮かべてなじるように言った。
そんな国津を見ながら、冬は少しだけ違うことを考えていた。
皇夏という母親を求めていることは同感ではあるが、少しは父親としての情を持ち合わせていたのは確かではあろう、という、国津とは違った考えである。
少なからず冬は、あの戦いで天津と触れ合った。
冬からしてみれば本気で殺しにかかっていたが、相手からすればただの遊びだからして、それを殺し合いというべきかは悩むところではある。
だけども、そのやり取りは、今にして思うと、子のことを想う父というテイであったのではないかとも思えた。
暴力で語ることしかできない。
戦いの中で、冬は天津に、そう感じることができた。もちろん、そう感じる部分もあったというだけであり、本質的には国津の考えと変わらない。
憎むべき相手であり、倒すべき相手であり。
そして、自分たちの人生を狂わせた張本人である。
そんな共通の考えをもつ二人。
だからこそ、今この瞬間が、二人のターニングポイントであったのだろう。
……今、話すべきなのではないでしょうか。
やり直しする前に起きたことを話すことで、この状況を好転することができるのではないだろうか。と。
冬は、今の状況を打開し、そして天津という存在をこの場に降臨させないためには、そうするべきではないかと、考えた。
国津という知識と力が味方になれば、天津とも少なからず、戦うこともできるかもしれない。
ありえないことである。
なぜなら冬は、スズを、この男に奪われないために戦ってもいるのだ。
「あなたは確かに、僕の知るやり直しの世界において、天津――父に殺されていました。それも一瞬で」
冬は、ここで、賭けに出た。
「そしてその後に起きた悲劇を、止めるために。……僕と樹君は、やり直しを選択したんです」
あの、絶望的に、詰んでしまった世界から戻ってきたことを。
「そのきっかけは」
そして――
「あなたが……『縛の主』に対して、その無効化の力を使ったことで、天津が『縛の主』に降霊し、『縛の主』の意識を乗っ取った」
告げる。
国津が原因であり、国津が引き起こした災厄だったと。
 




