第430話:冬 対 国津
「へぇ……君、さ。何か僕に言うことは、ないかい?」
神域。
辺りの、薄暗く曇が拡がっていた空は、今は紫の光に包まれていた。
光というからこそ明るくも思えるが、明るいというわけでもなく、どちらかと言えば、紫というその色味で暗ささえ感じる。
神域と呼ばれるその一画のみを包む紫の光。
「言うこと、ですか」
その光を互いに操るは、よく似た男二人だ。
一人は九つの尾のような紫の光を操り、もう一人は、体から溢れる紫の光を煙のようにまき散らす。
永遠名冬 と 皇国津。
元は同一人物であり、今は体を別った二人である。
冬から伸びる一つの尾が国津へと向かうと、国津は体から溢れた光を巨大な剣のように変化させてその尾を切り落とす。互いの光は見た目は尾や剣のようでも、煙のように本来は形を持っていないものである。切り落とされた尾はゆらりと煙となって消えて冬へと戻り、また冬の一つの尾を形成する。同じく、国津の剣も、役目を終えるといまだ絶え間なく国津の体から溢れる光へと戻る。
国津が動けば冬も動く。
互いに紫の光で牽制しつつ、互いの隙を狙い、その場に留まらないよう動き続けていた。その動きはただゆっくり動いているわけではない。互いに『疾』の型を使った高速移動である。『疾』の型の緑の残影と、その残影に今は互いに紫の光を残しての高速移動だ。
動き続ける二人はまるで嵐のように風をまき散らし。
薄暗い辺りに紫の光をまき散らすその光景は、まるで荒廃した世界を思わせる薄暗さをもって、神域に結界ともいえる竜巻のような強風を作り出す。
「じゃあ、僕から質問をしようか。……その力、どうやって、手に入れたんだい?」
紫の光で創り出した一筋の光線を冬へと飛ばすと、国津は笑顔で冬へと問いかける。
「僕も聞きたいですね。……っと、あなたは、その光を、どうやって手に入れたんですか?」
辛うじて光線を避けた冬は、近場の大木を利用して反対側——コテージの屋根へと降り立った。
「あなたは、僕と違って、自分が半神だってことを知っていたはずです。であれば、その力をどのようにして手に入れたのか、聞いてみたいですね」
すかさず糸を辺りにまき散らし地面へと降り立つと、紫の光がふっと消えた。
流石に紫の光の連続使用は、冬の体に疲れをもたらしていた。
今はそんな会話をすることで時間を稼いで自身の体力を少しでも戻したい気分である。
「……自分が半神だってことも理解できているってことか……ふぅん……」
国津も冬が動きを止めると、質問に集中したいのか動きを止めた。国津も冬と同じく紫の光を消す。互いに消耗しているのは確かであるが、国津にはまだ余裕があるようでもある。
何かを勘ぐる国津に、冬は国津が何かに気づいたと感じた。
「あなたは、『縛の主』と戦った時、その力はもっていなかった」
「そうだね。持っていなかった。持っていたらどうなってただろうね」
「歳をとった分、力は衰えているそうですよ。……今であれば勝てるのでは?」
その結果は、冬は知っている。
国津は、『縛の主』より、弱い。
「へー。なんだかいいことを聞いたかもしれないね。……そうか、昔より『縛の主』は弱いのか」
だけども、国津は、その『縛の主』に何かをした。
その結果、冬達は天津に負けたのだ。
そして、やり直し前の世界は、最悪の結果をもたらした。国津自身も天津に負けているのだから。
「……勝てる見込み、でも?」
聞けるかもしれない。
何をしたのか。そして自分もそれを受けて負けたのかもしれない。
それを知ることで、天津の降臨を防ぐことができる。
知ることが出来れば、あの最悪さえも、なかったことにできる。
「そりゃあね。何度も同じ相手に負けたくないからね。つまりはそういうことさ」
含んだ笑みと答えに、冬は国津が隠し玉をもっていることを理解する。
その力は紫の光ではない。もう一つ何かがある。
「教えてくれないんですね」
「教えるわけないさ。君だって――」
国津の姿が、消える。
冬は咄嗟に腕を上げた。
その腕には、冬の相棒の糸が繋がっている。
糸が辺りに舞うと、糸の結界が出来上がる。
「――隠している、だろう?」
はらり、と。
冬の背後に絶え間なく動く糸の結界が紫の光によって切り離された。
後ろに回られたことで、冬は型式を発動する。
『疾』の型でその場から逃げようとして、
「っ!?」
体が、酷く重い。
型式は発動している。発動しているが、体が思うように動かない。
あの時と同じ。
無防備に、何をされたのかさえ分からずに、国津から攻撃を受けることになる。
背後をみれば、国津の巨大な剣は、すでに高く掲げられて、今にも落ちてきそうだった。
今はもう戦い始めて、互いに殺しあっている。
殺すことに油断もない。互いに躊躇もない。
このままでは、殺される。
「うあぁぁぁっ!」
紫の光を使う。
九つの尾が一斉に冬の背後から伸びた。
そのうちの一つを、爆発させる。
爆風に晒された冬は、一気に加速して空へと舞った。
「無謀じゃないかな、君……いくらこれが万能だとしても、起爆させるなんて」
爆発の向こう。同じく爆風によって吹き飛ばされた国津は、紫の光でしっかり体を護っていたため無傷。逆に冬は、背中に大きな火傷を追い、じくじくと痛みを訴える。
地面に着地した冬。痛みに体勢を崩して片膝をついた冬の少し離れた場所に、国津が立った。
冬は、先ほどの窮地に、既視感を覚えていた。
「なにを……」
どこで?
何を?
自分はやはり、あの瞬間を、覚えている。
自問自答する。
それが、国津の隠している力である。そう自信をもって言えるほどに、確信があった。
だけども、その確信は、肝心の、何をされたのか、がわからない。
先程国津から何かを受けた。それは型式が抜けていく感覚だった。
冬の身にそんなことは今までかつて起きたことはない。型式を使えなくなるなんてことは。
「型式が使えなくなる……?」
型式が使えなくなる。と思わず冬は呟く。
使えなくなったわけではない。現に型式は発動していた。
「使えない……型式を、使ったことがない……っ!?」
型式を使えなくなった、ではなく。
もし、型式が使ったことがないときであれば。
そう至った時。
冬は、この感覚を、思い出した。
<俺はさぁ……おま~え……今はおま~えら、か~。ま~あ、同業者だ~と思ってた、わ~けだわ>
辺りに漂う焼ける匂い。
玄関ホールに火の手は上がっていない。
<だ~から、ちょっ~と手加減し~て殺そうか~と思ってたんだ~けどな」
だが、火の手は上がっているのだけは確かである。
<……ん? あ~……ど~ちらにし~ても、殺して~る、か>
<な……なんや? あれ>
<……手が燃えて……>
それは、許可証試験二次試験。
殺し屋組織『血祭り』構成員。
脅威度:Bランク
不変 絆。
冬が松と初めて出会い、共闘したあの時、まだ型式という存在を知らず、絆によって完膚なきまでに手を出せずにまけた時。
型式を使う絆の不可視の力で動きを止められ、物理的に燃える手を見て、今はそれが『焔』の型だとわかるが、その炎によって焼かれそうになった。
「まさか……型式を……」
冬は、行きついた。
国津の隠し玉。そして、『縛の主』がどうして天津へと至ったのか。
「型式を、無効化……するっ!?」
「へ~。気づくんだ……なるほど、なるほど。じゃあ、さ。僕も君について気づいたことを、答えてもらおうかな」
国津は、自身の秘密に気づいた冬へと、笑顔を向ける。
仕返しとばかりに。国津は、冬へ言った。
「君、やり直ししてるでしょ」
気づかれた。
一番、気づかれてはいけない国津に、やり直しをしている事実に。




