第424話:譲れない想い
やり直しをした自分が、どれだけあの時の力を使えるかがわかりませんね。
精神同種別体の二人が残ったコテージ。
すでに樹たち全員が機械兵器に連れていかれた雪を追いかけるように拝殿へと向かっている。
まずはこれで以前のようなことは起きないだろうと、一安心した冬が次に考えたのは、やり直したことで自分はあの時と同じ力を使えるのか、ということだった。
『半神』。
あの力は、この体に元から宿っているものである。
あの時は窮地に陥ったことから覚醒したのではないかと思うと、どこの漫画の主人公なのかと笑えてしまった。
「何か面白いことでもあったかい、冬」
そんな冬を訝しげに見つめる相手。
それが自分と同種の人間であることに、ほんの少し嫌悪感があった。
同一嫌悪。
そういう言葉があるが、今冬達二人に起きていることは、まさに言葉通りのことだったのであろう。
「いえ、そういえば、貴方が何者なのか、聞いていなかったな、と思いまして」
「僕が誰かは気づいているんだろう?」
「そりゃあもう。僕の主人格であって、今はストックしていた別の体を使っている、僕自身でしょう?」
「……そこまでわかってるなら話は早い。……互いに冬ではあるけど、その貧弱な体は君にあげるよ。僕には君のその体より高スペックな新しい体があるからね」
「高スペック、ですか……」
『B』室。
BoostedMAN
身体強化、精神感応支配による身体能力向上の研究を主とした実験により生まれた試験管ベイビー。
遺伝子配合組み換え強化研究実験準成功体。
身体複合型被験体・丙種。
それが冬の正式名称である。
その丙種より上位に位置するのが『乙種』。冬の姉の雪であり、さらにその上には『甲種』というものが存在する。
「僕は君たちの上位種。『甲種』であるからね」
ナンバリングのみされていて、存在を秘匿されていた存在。
『B』室の最高傑作。
その体を使うこの男のそれは、すでに冬は聞いた話である。
「だから君とは別の人間という意味を込めて。……そうだなぁ……。うん、皇国津、と名乗ろうか」
「国津……ですか」
「僕たちは分霊だからね。その分霊が意識を持ち個別の存在となったのが僕たちだ。さすがに本体の名前を名乗るわけにはいかないからね」
「そう、ですね……」
本体。
そう言われて、冬の体に寒気が走った。
永遠名天津。
冬の父親である彼——まさに『神』の力と相対した冬は、その本体の恐ろしさを知っている。
それは国津も同様であったのだろう。
だからこそやり直し前に聞いたように、ひっそりと計画を立てていたのだ。
自分が分霊としての意思を持っていることを隠しながら従順な第二人格である冬を作った。
力を押し隠し、無垢な子供を演じた。
その結果、冬という存在は一から自分を構築し、一から力を得るはめになった。
国津が冬であった頃は、『縛の主』とも戦えるほどの力を持っていたというのだから、どれだけの弱体化をしなければいけなかったのだろうかとも思う。
今となってはその理由も十分に。体に染み込むほど理解できている。
あの時発現した紫の光は使えるでしょうか。
考えながら、自分の力を確かめていく。
いきなり紫の光をだすわけにもいかない冬は、ふと思い出したことがあった。
「……あなたは、僕からスズを奪うつもりですか?」
この男は、元々の冬という存在であり、スズを知るもう一人の自分である。
「奪う? 何を言っているのさ」
国津は、冬のいきなりの質問に鼻で笑った。
「誰のものだって? 君のもの? そんなわけないだろう。奪うなんて烏滸がましい。あれは、僕のモノだ」
辺りを押し殺すかのような、圧迫感が支配したかと思うと、国津から、紫の光が溢れだした。
実際に空間を歪ませているかのような光景。広々としていたはずのその部屋が、一気に小さく見える。
人に、負の感情を与える、光。
冬は、これを待っていた。
「そればっかりはスズが選ぶものですからね」
「……へぇ。自分が選ばれないとは思わないんだ」
冬は、自身の体の中で渦巻いているはずの、紫の光を呼び起こす。
「思うわけないでしょう。僕はスズのことがとても大切ですからね」
「僕だってスズが大事さ。君の知らない、スズと僕だけの思い出もある」
はじめは小さな感情であったそれは、国津との会話に刺激されてか、少しずつ膨らんでいく。やり直し前に獲得した力は、まだ解放前であったとはいえ、使うこともできるようだと確認すると、冬は紫の光を引っ込めた。
どうやらこの力は、見た相手に負の感情を与えることから、自分の中にあるトラウマを刺激することで溢れていくようであった。
すでに土台はできていた。その土台から、この力——『半神』としての力は、解放されるのを待っていた。
そう考えてみると、なぜやり直し前は天津との戦いの前に発現しなかったのだろうかと恨めしく思う。
スズへの想い、そして国津との戦い、天津との戦いと連戦して完膚なきまでに負けて負の感情が溢れたことが力の解放条件だったのかもしれない。国津に勝てないということは、スズを護れないことと同義であり、自分自身に負けたことにもなるのだから、精神的ストレスは計り知れないものだったのだろう。瀕死に至る—正しくは死んでいるが—という条件を満たしただけというわけでもないことはわかっていた。
それであれば、最初のやり直しの時に、冬は『縛の主』に首を『人喰い』で切り落とされて蘇生されているのだから。
「そうですね。貴方は、僕の中に潜んでいた。だから、僕がスズと一緒に経験したことも知っているでしょうし」
「……何が、いいたい?」
「?……あれ? もしかして……」
国津の紫の光がより膨らんだ。
何に対して反応したのかと考えてみると、思いのほか簡単なことであった。
自分と同じく、スズという女性に対する想いの刺激である。
「僕が表立ってるときの記憶は、ほとんどないんですかね?」
「……」
え、まさか本当に……?
だとしたら、なぜこの話でマウントを取ろうしたのでしょうか。
思わず唖然としてしまう。
「……互いに、ないものねだり、というところでしょうか」
「みたいだね……ああ、そうさ。僕はスズと君が仲良く過ごしていた時間は、ほとんど記憶がない。羨ましいもんだよ」
「それはいいことを聞きました。……でも、僕も同じですよ。あなたはスズという存在を認めそしてスズそのものを呼び起こした人でしょう。そんな素晴らしいことをした自分を褒めたいですし、かといってそれを起こしたのが僕ではないところが悔しくもあります」
二人は、互いに思うことを吐露した。
互いに知らないスズがいる。
だからこそ、
スズという存在を一人の男として手に入れたい。
スズと欠けることなく記憶を共有したい。
スズを独り占めしたい。
という感情が奥底にあって、互いに疎ましく感じるのであろう。
もっとも。
国津ではない冬の場合。
スズだけでなく、そばには和美も未保もいるのだが……。
そんな部分も、国津にとって、煩わしいものでもあったのだろう。
「お互い、相容れないですね」
「そうだね。でもそれは僕がしでかしたことであり」
「僕がしでかしたことでもある」
「「だからこそ、あなたを倒して、スズを手に入れたい」」
先程冬は言っていた。
スズの気持ち次第である、と。スズが選ぶことである、と。
そんな綺麗ごとを言ったところで、冬の中にある押し殺すことしかできないその感情を、言葉にしてみれば。
スズという女性を、自分のモノにしたい。
結局は国津と同じくそうなのであると自覚する。
それが愛であるのであれば、それを通すために、国津という存在は、冬にとって乗り越えなければいけない壁なのである。
「僕は、あなたという僕を、許せそうもないです」
「許せない。いいよ、いいよ。君からのその敵意は僕にとっては甘美だ。自身であった存在から受ける憎しみや怒りはとても素晴らしいものだ。そう思うよ」
国津が笑いながら立ち上がる。
互いに似た姿の二人が睨み合う。
「僕はね。ここに来て、こうやって話すまでは、君をどうでもいいと思っていた。なぜなら君が僕にとって取るに足らない存在だからだ。……いまは、少し見直した」
「僕はまったく思えませんけどね。あなたは強い。だからこそ、それを超えて見せたいとも思います」
「へぇ? 言うじゃないか。だったら僕に見せてくれよ——」
「——その、弱い体で、どこまでできるのか」
「——その、弱い心で、どこまで耐えられるのか」
「——脆弱な君が、何を護れるのか」
「僕に。この皇国津に、見せてくれよ。僕であった、過去の存在」
そういうと、国津の体から、紫の光があふれだした。




