第422話:仕切り直し
「いやまあ……な。永遠名。俺ら、そこまで詳しく見てたわけじゃないし」
「え」
「ずっと見てたのって、始天様だけだよな?」
「そうですね。私は見始めたときからずっと冬を見てましたし」
「いや、そこはもうちょっと……」
「御主人様。一応、私もあの場で親友ともいえる『ピュア』だったり春を無惨に殺されておりますよ。怒りに任せて下界に降りて暴れてもよかったのですが、愛する御主人様に止められては。……後は消沈している最愛の弟を慰めるためにこの場に留まるくらいしかできないではありませんか」
「ぉ、ぉう? そうか、そうだな。不謹慎だった、わりぃ」
「お詫びは二人っきりの時に濃厚な愛を囁いて頂ければ」
「ぅぇぇ……」
相変わらずの二人だなと思いながら、冬は姫の言葉にほんの少しの違和感も感じていた。
姫は自分の友人にはとても優しく、敵には厳しい。家族にも近しい雪が無惨に殺されている場を見ていれば、それこそあの場に殴り込みに行きもするだろう。もしあの場で姫が助力してくれていれば。もしかしたら、雪達を助けられたのかもしれない。だが、逆に。それをとめたのが御主人様なのであれば、
「……ひめ姉でも、難しい相手、ということですよね」
水原姫。
彼女の強さは、冬は身をもって知っている。
しかも冬が知るその強さは、本気でもなんでもなく、お遊び程度の力であるということから、底が知れないとも冬は思っていた。
そんな姫でも、勝てないと判断されて止められた。
そう思うと、やはり天津——神というのは別格なのであると思えた。
「まあな。わりぃな。この世界にいるという条件付きの俺なら、なんとでもなるんだけどな」
「……なんとでも?」
「ああ。俺は多重世界や並行世界、そういった数多の世界——樹形図のような世界の分かれ目をも管理しているからな。どうしようもない未来が待つ、ある一定の世界は枝切のように消させてもらってる」
あまりにあっさりと言われたことで、冬の思考はフリーズする。
冬は、やり直しをするのはこれで二度目である。観測所に来る前の世界を消すことができるという御主人様もまた規格外だということにフリーズから戻ってすぐに理解する。
それはそうである。
この世界で、神に連なる者であるなら人の形を作れるというのに、御主人様と姫は、なぜ人の形を保っているのか。
そう思うまでが、遅すぎた。
つまり二人は——
「……それは、つまりは……」
「あの世界は。まもなくあの男が滅ぼす」
「っ……」
思考していたこととは違う回答が返ってきた。だが、話の流れとしては御主人様が伝えてきた内容のほうが正しい。
言われて、なぜそのようなことを天津がするのかすぐに分かった。
皇夏。
恋焦がれてやまない、天津が伴侶であると認めた彼女が世界にいなくなったからだ。
それを起こしたのは、冬である。
「僕は……一つの世界を、壊さなければならない程のことを、したのですね」
冬は、皇夏を天津から奪った。
夏がどうなったかは分からない。
もしかすると、冬達とは違って、あの場で消えてしまったのかもしれない。頭に血が上ったとしても、天津がそんなミスを犯すようにも思えないが、天津がその後世界を滅ぼすのであれば、恐らくは、あの世界から夏は消えていなくなったのであろう。
「深く考えるな」
「でも……」
「冬。あの世界の『ピュア』やスズさん達が、あの男に悪用されることなく安らかに眠ってもらうための、供養とでも考えましょう」
「……そう、考えれば、いいのかもしれませんが……でも……」
「酷ではあるとは思いますが、少なからず、貴方はこの後、また彼女たちに会えるのですから」
冬は、目の前で仲間達の誰かが亡くなった様を見ているわけではない。
今回の戦いにおいて、誰よりも先に命を落とし、そしてすべてが終わった後に復活しているのだから。
「そ、そう……ですよね……」
だからこそ、冬としても、心をすぐに切り替えることができたのかもしれない。
「次は、あのようなことが起きないことを、願っておりますよ」
「ひめ姉……。ひめ姉も、手伝ってくれますか……?」
「手伝うことができるなら手伝いたいのですが……。事情がありまして、今回は手伝うことができません。愛する弟の願いを叶えられない姉を許してくださいね」
「え……」
心強い仲間。事情を知る仲間に手伝ってもらうことでより好転するだろうと考えての手伝いの依頼だった。
「あー……すまん。俺からも今回は姫の参加はできないってことは言わせてくれ」
「なにか。……ひめ姉になにかあったんですか!?」
絶大な信頼。
この場合、冬からしてみると、姫が冬のお願いを断ることがないだろうと、打算も少なからずあった冬である。
そんな姫が冬の依頼を断る。それは何か起きていないとおかしいとさえ思えてしまう冬も、姫への依存が激しいと思うのだが、姫と冬はどっちもどっちであろう。
姉である姫の身を心配した冬を見て、姫は「姉冥利に尽きる」と恍惚とした表情を浮かべた後、幸せそうな顔をして答えた。
「身重ですので」
「「だ、だれの!?」」
思わず。誰が、ではなく。
姫のお腹の中の子の父親が誰なのか。
始天と冬は、同時に同じことを立ち上がって聞いてしまっていた。
そして冬に至っては——
「——貧弱ではない自身だけの新しい姿で。やっと迎えに来ることができた。さあ、僕の伴侶。これからは一緒だよ」
以前聞いたことのあるその言葉。
苛立ちと焦燥を感じたその言葉とこの場所に。
冬は、戻ってきていた。
「…………」
がんっ!
思わず、別の意味での苛立ちが募ってしまって、目の前の机を思いっきり叩いてしまった冬を、その場にいたみんなが、その苛立ちの言葉を告げた相手の登場より、冬を見てしまったことは言うまでもない。




