第420話:観測所にて 1
「僕からあなたへ贈る。最初で最後の贈り物ですよ、お父さん」
「あっはっはっはっ! あんたっていつも何かしら話しながらこっちにくるわねっ!」
それを言えたか言えなかったか。
言葉が音となって天津に届いたのが先か、自分が紫の光に消し飛ばされたのが先か。それとも、樹の『未知の先』でこの世界に飛ばされたのが先なのか。
その答えは、この世界——真っ白い世界で、キツネのお面を被った巫女装束の女性の大笑いで分かり、冬は幾分恥ずかしそうに照れる。
「何はともあれ。千古樹君、永遠名冬君。お二人さん、観測所へ、よーこそー」
観測所。
それは、命の輪廻を司る世界。
冬は、久しぶりに出会うキツネ面の女性に、深くお辞儀をした。
この世界に来たのはこれで二度目。
まさかまた来れるとは思っていなかった冬である。
前回は叫び声。今回は目の前のキツネ面曰く、決めセリフ決めながら、一通りの女性なら誰もがころっと落ちそうなとびっきりの笑顔を見せての登場だったと聞くと、恥ずかしさが勝って真っ赤になって俯き顔を隠してしまう
「あー、久しぶりに笑ったわ。……わたしゃ、あんたの親じゃないっての」
「す、すいません」
「まー、でも。ひっどいことになってたわねぇ」
「……見ていたんですか?」
「いんや、見てはない」
見ていたのなら少しは何かしらの援護をしてもらいたかったと思った冬ではあるが、キツネ面の女性にあっさりと見ていないと言われ、それは楽観的な希望であったなどとも思う。
恐らく、このキツネ面の女性——『始天』様は、正真正銘の神であると、冬は思っていた。
その証拠に、
「樹君は、ここにはいないのですか?」
「ん? いるわよ、そこに」
指差された先。冬の隣には、白い球体があった。真っ白な世界で白い球体だから見づらい。そこに時折揺れる輪郭がなければ、きっとそこに球体があるとは分からなかっただろう。
「神に連ならない存在が、ここで形を保つのはよほどのことじゃないとできないわよ。この世界に承認されない限りはね。人の身でそれができるのはこの空間の管理者でもある刻族くらい。その子は刻族ではないけど特別仕様ね」
始天は、「人が行うことのできたとっても素晴らしいこと」と称賛するかのように、椅子に座って読んでいた本を閉じると、ぱちぱちと手を叩いた。
冬がこの場所で自身の形を形作ったままでいられたのは半神だからだったのだろう。神としてこの世界に認められたというのも、なんだか気恥ずかしいものであった。
「で、あんた達、これからどーすんの?」
改めて、といった様相で、始天は冬と樹に問う。
二人の意見は決まっていた。
「「やり直して、あの悲劇をなかったことにする」」
どこまで戻ることができるのかは分からない。
恐らくはそこまで以前に戻ることもないだろう。
『奉納』としたのは、たった一人の寿命である。何千何万という人の過去の記憶を捧げたわけでもない。
どちらが貴重かなど優劣があるわけでもないが、数で考えると、万と一では、到底今までの『未知の先』のような遡りはできないだろうと二人は考えていた。
だけども、冬という、無制限の寿命を差し出したのである。
もしかしたら、もっと過去への遡りも可能なのかもしれないと小さな期待もしていた。
「戻れるとしたら……」
「あそこだな」
二人は、今回の惨劇の起点となった場所を思い浮かべる。
そこより少し前にでも先に戻ることができたなら、この惨劇をなかったことにもできるだろう。
「ふーん。まあ、いいけどさ。とりあえず、そこの丸っこいほうは時間ね」
「な……おい、お前に聞きたいことが——」
「じゃーねー。あ、戻ったらしっかりとあの子のこと、労わってあげなさいよー。ありゃないわよほんと。ぞっとするわ」
ふっと、球体が消えた。
樹がやり直しのためにここから消えたということなのかと冬は察する。
やり直しはこういう風にできているのかと思う反面、これはやはり、神の所業であるのだと、恐ろしくもあった。
「時間の管理ってのは、神でも手を出しちゃいけないもんなんだけどね」
心を読まれたのかと思い、思わず驚く。
そんな冬の機微を察してか始天は、「心なんて読めないわよ。読んでほしいなら別だけど」と、読めることを匂わしながらくくくっと笑う。
「あんたは半分神様なんだから、ここにずっといることもできるんだけどさ。もうちょ~と話をしたいこともあってね。先にあの子を戻しちゃったわけ」
「話、ですか?」
「ちょうどここに、あんたと話をしたい子がいるらしいわよ。ほれ」
「——まあ、別に向こうでもいいんだけどさ。俺もお前も、忙しいみたいだし」
ぽんっと音をたてるかのように、始天の隣にいきなり姿を現したのは、冬がよく見知った人——学生時代の同級生だった。
ちょっと意地悪そうな無邪気な笑顔をした、メンズショートの茶髪な男。
左耳にピアスをつけ、そのピアスに軽くデコピンしてキーンと音を鳴らすのが癖になっている彼。
ちょっと目つきが悪いけど、優し気な笑顔を浮かべる彼。
ファザコンでマザコンでシスコンでロリコンで、男も好き疑惑のある、メイド好きな彼。
華名財閥という、世界トップの財閥の後継者とされる男。
三人の妻を持つ男。
もっともそれは冬も一緒ではあるが。それはさておき。
「よっ。久しぶり、永遠名」
「み、水原君……」
——それは、同級生の、水原凪。その人だ。
そして——
「冬……あんなことが起きそうなときに、お姉ちゃんを頼らないのはいけないことですよ」
ぽふっと。後頭部に柔らかい感触が当たり、冬は背後から誰かに抱きしめられた。
その抱きしめはとても優しく、とても慈しみがあり、とても大事にしているかのような印象を与えながらも、どこか気品に溢れた抱きしめ方であった。
仄かに香るその安心できる香りに、冬はそれが誰かを理解する。
「ひめ姉……っ」
その温かさは、いくらまた会えるかといっても、目の前で助けられなかった冬の無念な気持ちに、深く染み渡っていく。
そこにいるのは、
B級許可証所持者『水原』こと、『鎖姫』の弐つ名を持つ、
頭にはメイドの象徴ホワイトブリム。
黒を基調としたエプロンドレス。
その上に、フリルの着いた穢れを知らない純白のエプロンを纏う女性。
洋風のクラシカルタイプのメイド姿の美女。
水原姫。
冬の自称、姉である。
シト様のいうことにゃ(カクヨムより)
キツネさんが。
刻旅行(なろう、カクヨムより)
姫の御主人様こと水原凪の登場です。
どちらもカクヨムのほうが話が進んでますので、よかったらそちらもどうぞ☆




