第413話:その鼓動と共に 1
※本話合わせて二話分は、人によらずともあまりいい気分のものではありません。
ここ最近続く悲惨な話の続きともなりますので、ここまで見ていて気になる方はそのまま真下までいって次の話へ、と二話分すっ飛ばしていただいたほうが無難です。
なお、『その鼓動と共に』は二話ほど続きます。その後、簡単にどんな話だったかを書きますので、読まなくても理解できるようにするつもりです。
「ふむ。ここでいいか。……とはいっても、ここに用があるからここでいいのだが。とびきりのショーには場所という拘りも必要だろう」
どさりと、何もない宙から地面に落とされた雪とスズは、目の前の景色が急に変わったことに酷く狼狽した。先ほどまで拝殿にいた二人。そこで仲間たちが無惨にも倒されていく様を見ていたはずの二人が、無意識の瞬きの間に景色が変わっていたのだから驚かないわけがない。
雪は目の前にいきなり現れた壁——地面であるが、短い落下時間の間に自分が産んだばかりの子を守ろうと体を犠牲に叩きつけられる。更にその下には、スズが。スズは落ちてくる雪とその赤子を護ろうと、自分の体を流体にして、地面と接触と同時にクッション代わりになって二人を護る。
「……ここ、は……?」
バウンドするかのようにスズの体から飛び起きた雪は、目の前の敵に警戒しながらもきょろきょろと辺りを見た。
神域。
先程まで、国津の登場と雪の産気づいて降りたはずの場所。
一瞬で自分たちを連れてこの場にどうやって移動したのか。
得体のしれない力に、雪は自分の子だけはせめて守ろうと、眠る我が子を抱く手に力を込めた。
「うそ……冬……?……冬っ!?」
流体から戻ったスズもまた、辺りを見た。警戒する雪の背後。階段からずれ落ちるように倒れる冬をみる。その声に、雪もスズが蒼褪めてみていた自分の背後を見て、自分の弟がそこで死んでいることを知る。
まるで地面を這ったかのような血の跡を残し、中央付近から階段へと続いていたのは、間違いなく冬の血である。その冬がぴくりとも動かず、またその階段に流れていく夥しい血は、階段に差し掛かったところで冬が力尽きたことを表していた。
天津と戦い負けた冬は、天津がその場を去った後も、まだ生きていた。
ほとんど動かない体を、懸命に、戦い尽きた命を燃やして階下へと向かおうとしたのだ。
「ぉぉ。生きていたのか。殺したと思っていたが」
興味深そうに笑う天津に、スズと雪は怒りを込めた目で睨みつける。
雪は体力の消耗が激しく、スズは非戦闘員でもある。雪が万全の状態で戦うことはできたとしても、目の前で現役の許可証所持者や名のある元殺し屋、圧倒的な力をもつ機械兵器を倒し切った天津に、二人が協力して戦っても勝てるわけもなく。ただただ睨みつけることしかできないことに、自分たちの不甲斐なささえ覚えてしまっていた。
助けもこない。
もちろん、大勢の仲間はいる。だがこの場に今すぐ来れるというわけではない。
それこそ可能性として、雪が懇意にしている水原姫という許可証所持者が来れば、それこそ、ここで行方不明になったとされる、冬の師匠、型式研究家の『紅蓮』こと青柳弓がいればまだなんとか相手になったのかもしれない。
自分たちの仲間で近くでまだ生きているのは、この場にいない樹だけ。
この状況で生きているとしても、満身創痍であろうことから、自分たちがこの男に殺されるまでの間には間に合わないだろうと二人は感じていた。
この場を、逃げる手段は、ない。
「ここに、何のために……」
辺りは冬と天津が激しい戦いを繰り広げたであろうことが容易にわかるほどに損傷具合が激しかった。
縛が作ったロッジは原型を留めておらず、神域の周りの木々は折れに折れては地面も抉られてでこぼこに。
夥しい血の跡も所々にあり、それが複数人の血であろうことは理解できた。
唯一。
墓だけは、傷一つなく、そこにあるだけである。
ここで冬が戦った。天津が勝利した。そして神域から降りた。
その行為になんの意味があるのか。
「ふむ?……お前たちに用があってな——」
そう言うと、天津は紫の光を雪とスズに向ける。警戒する二人を、その光は優しく囲んで掴み上げた。
雪もスズも、この光の恐ろしさを十分みている。
目の前で春と未保をあっさりと倒した光であり、人に見ているだけで心理的に恐怖を植え付ける光だった。
その恐怖と、その圧倒的武をもつその光は、やはり——
「お前たちに、贄になってもらおうと思ってな」
ぐちゃりと。
彼女たちを、宙に浮かせて見合わせた後、左右から一気に力で押し込まれた。二人は万力で挟んでいるかのように、じわじわとではあるが締め付けられていく。
ぐりぐりとゆっくりと。
二人は必死に互いの体を押して潰されないように抵抗する。
「や、やめてっ! 赤ちゃんが、わたしの、わ、わたしのっ!」
「ゆ……ゆきさんっ!」
二人の間にいるのは、生まれたばかりの赤子である。
自分たちはどうなってもいいからその赤子だけを護ろうと、二人は今まで出したこともない力で互いを押し続ける。
「お前たちの血と、肉を、な。その生まれたばかりの赤子に手渡してほしいのだ」
「な、なぜ! なんでそんなことっ!」
「とてもシンプルな話ではあるのだがな」
だが、その力は圧倒的で。彼女たちの力も有限で。
力だけではこの紫の光の締め付けを突破できないと考えた雪は、スズを見る。スズも雪が何をしようとしたのかすぐに理解し頷く。
「『焔』の型っ!」
型式の力を使う。
『焔』の型で筋力を上げてスズの肩を壊しかねない勢いで押し続ける。苦痛に顔を歪ませるスズも必死だ。自分の体がもし壊れれば、そのまま紫の光は雪と赤子を潰してしまう可能性もある。一部を流体にしながら自分の体を守りつつ天津の締め付けへと抵抗する。




