第412話:『未知の先』へ
「……これを、こうすれば……」
春が目の前で息を引き取ると、樹は必死に目の前に引き出された型式の塊を触って確認する。
仲間たちが目の前で亡くなっていることに既視感を感じる。それは樹がやり直し続けて何度も彼らの死に様をみて来たからでもあるのだろう。
悲しいわけではない。
悲しいという感情よりも、やるべきことを優先したからだ。
それが、春が引き出した、型式の素を制御し使えるようにすること。
この塊に条件と誓約が指示を与えられて入っていると思うと、このように他の型式も創り出してカスタムされているのかと、このような塊を作り出して型式を創った記憶はないのだから不思議で仕方がない。
自分がこのようなことをやった試しもなければ、周りの仲間達がそのようなことをやっていたような形跡はなかったので、これは特殊なものなのではないかと思えた。
特殊な型式であるのだからこのような取り出し式となっているのだが、樹と国津で作った型式ではあるものの、樹は型式で記憶を捧げ、全てを知っている国津はすでに亡くなっている。そのため、なぜこのように作ったのかは知る者は誰もいない。
「……ああ、多分、国津が後で俺の型式をいじれるようにしたのか」
触りながら、そう思った。
先程、春が型式の塊——いわば『式』を取り出したことから、知っていれば誰でもこのようにカスタマイズできるようにしてあるのだと行きつく。誰でもカスタマイズできるというところがまた恐ろしくもあった。それはこのやり直しの型『未知の先』を、樹を媒体として使用できるということと同義である。
例えば樹を身動きできないようして『式』を取り出し何かしらの『奉納』を行えば、それは誰もがやり直しを経験できるということでもある。
「……なんて恐ろしいものを作り出したんだ、俺と国津は」
考えるだけでぞっとする。
樹は自分がやり直しをすることで、自分のある程度望む未来を作り出せることを身をもって経験している。
それを誰もが行えるというのは、未来がどのように進んでいくのかも分からなければ、神でさえ行ってはいけない領域、不可侵のものではないかとさえ思えた。
それを実際何度も繰り返した樹も樹であるが、とんでもない力を、あまりにもざるな作りで実行していると思わざるをえなかった。
だが、だからこそ、である。
だからこそ樹はやり直しをすることができて、その結果が今に至る。
「……この力があるから、この惨劇を、なかったことにもできる」
この力に、『奉納』を与えれば。
春から聞き、やっとこの型式を発動できる可能性を感じた樹は、『式』を一度体に押し込むと、目の前で息を引き取った春に心の中で感謝を告げる。
「……必ず。必ず、やり直して、こんなことをなかったことにする……」
春と未保に深く礼をして、樹は拝殿から外へとでた。
やり直すための『奉納』を何にすべきか、それは決まっていない。いざとなれば、自分の魂なりなんなりを使ってやり直しをするつもりの樹ではあるが、いざ『奉納』をするを決めたら、次はやり直しまでの間にできる限りの情報を得るべきだと思い、辺りを見渡した。
先程未保の『自動音声』で聞いた内容から状況を推察する。
壊れた機械兵器達。遠くで燃える匂いは和美であろと考え、灯篭に激しく飛び散った血の跡は、消去法でいくとチヨだと再認識する。
「チヨ……」
また、恋人を死なせてしまった。
樹は、やり直しができるからまた会えると信じてはいるが、何度も死ぬチヨを見て、何度も護りきると誓って、それでも護りきれない自分に嫌気がさした。
いつになったらチヨは痛い思いをしなくて済むのか。
自分の傍にいることがもっとも安全であると思っていたが、こんな状況になるのなら、裏世界に留守を任せるべきだったと後悔する。
「……きっと、やり直してみせる」
より意思を固める。
チヨのため、みんなのため。
そして、自分のために。
「考えろ……どうするべきか。次はどうしたらいいか、考えろ……」
そうなると次は、天津の行き先である。
まだ生き残っているはずの三人の行方は、未保がその直前で亡くなっているため、分からなかった。
何かヒントはないかと参道付近を見つめながら考える。
「……あれは、どういう意味だ……?」
未保の、『自動音声』の中で聞いた天津の言葉に妙な部分があったことを思い出す。
<さて、と。
俺の目標成就のため、拝殿にいる娘と孫と。
俺を封じ込めていた巫女の後継者に会いにでもいくか>
自分に関係のある者に会いに行く。そうと聞こえるその言葉。だが、目標成就とはなんなのか。
「……まさか」
その三人、そして、天津の体となった『縛の主』に共通しているものがなにか。
それが目標成就と関係しているのか。
……会いに行くだけなのか。本当に?
そう思ったら、考えはどんどんと悪いほうへと進んでいく。
「上、か……?」
神域。
樹は、つい先ほど、死に物狂いで降りてきた山を見る。
その見た先にある、苦い思いをしたその場。
冬が、命をかけて、足止めをしてくれていた、その場所。
そこには、二つ。
天津と『縛の主』夢筒縛に関係するものが、二つあった。
「そこに、いるのか……? いるのであれば嬉しいが。……いや、果たして、嬉しいのか? 天津と会いたいと思えないが……」
思わず口に出してそう言ってしまう。
樹は、ふらふらと、しかししっかりと足を踏みしめて、進む。
神域。
その場へと。
全てを、やり直すための一歩を。




