第410話:結末 1
「一応は、絶対の自信が、あったんだがなぁ……」
ぐふりと、言葉を紡ぐたびに口から血を零す春の傍で、樹は話を聞いた。
致命傷であり、治す術もない。下半身が吹き飛んでいるのに生きているほうが奇跡だった。
「樹。お前もなかなか酷い状態だな」
「ああ、一発でこのザマだ」
「……あれは、戦ってはいけない部類だな。はっ。何が『天常立』だ。何があれと同列だ。……まったく、まったく別次元すぎて……戦いにもならなかった」
「……常立。すまない。何があった……?」
春の容態としても、いつ言葉を発せなくなるかもわからない。
今の状況を知りたくて、満身創痍の互いを見て下手な慰めあいをしている時間もないのだと思い、樹は春を急かした。
すでに春の目は虚ろで。今にもその目は光を失いそうであった。
点々と入口の扉から最奥へと夥しい血の跡が、春の命がまもなく消えるということを物語っていた。
「あぁ……すまないな。俺のほうが時間がないのに、悪い」
「いや、言いたくなる気持ちもわかる……あれは、正真正銘、人が触れてはならない、神、なんだろうな」
樹がそういうと、春は肩を竦めるような動作をして、近くにあった丸い物体を自分の元に引き寄せた。
それは、未保の頭蓋——首から下がばらばらになってなくなった、眠っているかのように目を閉じた未保そのものだ。
『一か八かでですので、これを聞いている人がいるとしたら、多分『大樹』さんだとは思いますが、私が見たことをそのままお話します』
その目がぱちっと開くと、未保の口が動き出した。
「お……おい——」
——そのナリで生きているのか。そんな驚きの声が出てしまいそうになるほどに、目の前の光景は異様であった。
首だけの未保。それが目を開き、口を動かし、そして言葉を発しているのだから。
『私はすでに死んでいますが、私が見たことをそのまま伝えられるよう、『自動音声』で勝手に話をします。なので、質問されてもお答えできませんので、察してください』
『自動音声』
その言葉の通り、自動で言葉を発し続けるというものだ。
事前にどういった情報を話すかを決めておき、一方通行ではあるがそれを相手に伝える伝達手段。
『また、私の破損具合によっては最後まで話せないこともありますし、内容も壊れている可能性もあります。その辺りも含め、私が急遽作った型式であるので、長く話せるかも、しっかり話せるかも不明です。聞き逃すこともご注意ください。一回だけしか話せません』
元々、未保は電話等の、盗聴の恐れがある機械で電波に乗せて重要な話をするということに疑問を持っていた。映像を残すということも、第三者に手がかりを与えてしまうので必要ないものでもあると思っていた。
何かしらの記憶媒体に記録して再生するだけの機能だけあれば、それを見知った相手だけにその場所を伝えることで、秘密性を持たすことができるのではないかと考えており、その媒体を、今回自分そのものにしてみたのだ。
機能するかも不明なその行動は、しっかりと機能を果たす。
それが、死んでから話し続けるだけの、未保の首だけの姿、に繋がった。
そして、未保は、この場で起きたことを、自分が死ぬまでの、自分が説明できる部分の内容を、話し始める。
その中で、樹は、ここにいない和美も亡くなっていて、冬の枢機卿含む機械兵器達も破壊されてしまったことを再確認し、自身の恋人のチヨも死んでいることを知る。
未保の話はそこで終わる。なぜなら、その後は、今この場の未保の姿を見れば一目瞭然だからだ。
「まだ、三人は、生きているってことだな」
冬の姉の永遠名雪と、恋人の水無月スズ。そして雪と春の子。
この場にいないことから、三人は、どこかへと連れていかれた可能性が高いと感じた。
『ここまでが私の知ることです。『大樹』さんがもしやり直すことができるのなら、私の許可証を持ってやり直しをしてください。そこの記憶をすうさんが再生してくれるはずです。どこかに落ちているといいの——』
無表情に話す未保は、まるで糸が切れたかのように、そこで止まった。
春が無言で未保の目元に触れ、その目を閉じさせた。
「そこらに落ちている許可証を、やり直し先に持っていってやってくれ。……なんであんな化け物が現れたか、こっちは分からないが、あれをどうにかするための情報としては最適だろう」
春が「弱点はそう簡単に見つかるものでもないだろうがな」と胸ポケットに手を突っ込み何かを探る仕草をした。そんな仕草をしながら、無言のまま立ち尽くす樹に、絶望感を感じた春は、怪訝な表情を浮かべる。
「……お前、やり直しを、するんだよな?」
「……」
「いや、違うな。……できるんだよな?」
「……分からない」
「……分からないじゃなくて、やれ。こんな状況でお前は終わりたいのか。終わらせられるのか。それとも今までお前たちがやり直しをしたとか云々は、嘘だったのか?」
「そうではない」
「だろうな。複製不可の許可証——且つそこに俺たちの身に何があったのか記憶されていた許可証を持っていた。それがお前が、お前たちがやり直しをしていたという証拠だ。証拠がある。なら、だったら。できるんだろう?……できるんだよなっ! それともお前は、あれが強すぎて勝てる気がしないから、このまま終わりにしようとでも思ってるのかっ!?」
「……発動、できない。いや……どうしたら使えるのかが、分からないんだ……」
「やり方が、わからない……?」
樹は、冬とやり直しをした。本当は枢機卿も共にではあったのだが、それは枢機卿がやり直し前に壊されてしまったので、樹と冬だけのやり直しだ。チヨは別である。チヨは、真っ白い世界で『始天』という女性の、何かしらの行動で樹と魂の結びつけられたことでやり直しをしているからだ。
やり直しの型式『未知の先』は、樹と元々の冬である国津の二人で作った型式だ。
記憶がないからどのように創り出したのかは分からない。ただ、記憶を差し出したということだけはわかっている。
そして、国津は、自らがやり直しをするために、この型式を創った。自分を犠牲にすることなく、樹を犠牲にすることで創り出されたこの型式は、一度国津によって弄られ、そして本来であれば、冬の体と国津の精神をやり直しさせ、国津の目的を成就させるために創られたものだと聞いた。
「だから、俺は……この型式を、使うための依り代のようなもので、どうやって発動させるのかも、どう弄られてしまったのかも分からないんだ……」
樹は、国津が裏切り冬の体と共にやり直しをしたとき。
一人取り残された。
だが、その後、何かのきっかけがあって樹はやり直すことができた。
だが、それ以降、この型式は樹にやり直しをさせてはくれない。そのきっかけがなんであったのか、あの時のことを何度も思い出してみるが、なにがきっかけであったのかさっぱり分からなかった。
むしろ、型式そのものが最後の力を振り絞って、樹という持ち主をやり直させたと思ったほうがしっくりくるくらいであった。
「……お前、俺の型式『刻渡り』は、どういう型式か、分かるか?」




