第39話:手にするは、許可証
このお話のタイトル、カクヨムとなろう様では違ってたりします。
深い意味はないんですけどね。
冬が関係していそうだと思った場所は、残すは一つとなった。
如何にも怪しそうな骨董品屋。
タクシードライバーと別れて降り立った、ここだった。
ショーケースには幾つかの高そうな和洋中の茶碗や食器が法外な値段がかかれて並べられており、統一性もなく、明らかに売ろうと言う気配が感じられない。
人目につかない場所にあり、気にしなければ気づかない場所にあるこの店は、趣味で経営していると言う風にも感じられず。
ネットで売上をたてているにしても、人の気配がまったくない店だった。
ここは、特に何か裏世界と関わっているという情報はない。
ただ、冬のなかで、骨董品屋は怪しいという先入観がなぜかあったため、気になっていた場所だった。
この三つの場所には、三つの共通点が存在する。
一つは怪しいこと。もう一つは通な人しか知らない、またはまったく興味が持たれず人知れず佇むということ。
最後に辿り着いた骨董品屋は別としても、冬はこの三ヶ所の他に、当てはまるところを知らなかった。
しかし、他に場所はない。もし違っていたとしたら、冬には二十四時間以内に捜す手立てはなかった。
冬は入口の前で深呼吸をし、気分を落ち着かせてから自動ドアの前に立つ。ドアの前に立つと、ぷしゅっとドアが開き、店内が見えた。
店内に複数の小物が置かれた机が等間隔で並び、壁棚にもショーケースに飾られていた食器類が並ぶ、一見何も変わらない店内。
だが、先に感じたように、人をもてなすような雰囲気もなく、店内は薄暗かった。
「……いますね。シグマさん」
「俺に声をかけるまで、三時間と三十秒」
冬が薄暗い店内に入ると、レジからにょきっと。腕時計を冬に見せるように腕が現れた。
まだ少し距離があるため、細かい秒針が見えるわけもなく、薄目で見てみるが、そもそも動く秒針は止まっているわけでもなく。
「……店内に入るまでは?」
「二十秒ってところか」
そう言いながら、『常立骨董店』とどでかく書かれたエプロンを装着した男が立ち上がって内ポケットの中を探る。
「僕の勝ち、ですね」
「……自分の許可証を見つけるまでがだからな? まだなんだがな」
冬にポケットの中から取り出したものを投げつけながら、「これで三時間と五分ってところだ」と面倒そうに言った。
「……これは?」
手裏剣のように飛んできたそれを受け取り、しばし眺める。
シグマから渡されたものは、どこにでもありそうな、キャッシュカードのように細長いものであった。
表面に書かれた『444440566688』とかかれたナンバーと、その横の『Λ』の文字が何を意味しているのか、冬には分からなかった。
そこに書いてあったのは、自身のコードネームと、許可証ナンバーだ。
「それが、殺人許可証だ」
「これが?……何だか……」
強度を調べようと曲げてみると、ぐにっと簡単に折れ曲がり。
「あ……」
「安心しろ。記憶合金でできている。数秒で元に戻る。それと……」
シグマはポケットの中に手を突っ込み、黒い物体を取り出す。
「……へ?」
それは、銃だ。
トシュッと、サイレント式の銃から銃弾が発射され、冬が身構える前に許可証に銃弾が突き刺さった。
衝撃で、冬は許可証を地面に落としてしまう。
「な、何するんで――あれ?」
すぐに拾い傷がないか確かめようとして驚いた。
銃弾はすぐに弾き返されており、許可証には傷一つない。むしろ、銃弾のほうが粉々に砕け散り、カードを拾い上げる際にぱらぱらと粉となって落ちていく。
「っと言うわけだ。それを持って、明日許可証協会に来い」
「な、なにがっと言うわけだ。ですか!」
むしろ避けようとして動いていたらどうなっていたかとぞっとした。
シグマは銃をポケットに戻し、冬に小さな紙を投げ渡す。
冬は先程と同じように飛んできた紙を受け取りながら、また銃を撃たれないかと心配になり『糸』を一つ、シグマに向けて放っておいた。
「……これは……?」
「招待状。明日。授与式だ」
「……ちなみにですが。この許可証の渡し方は例年このように?」
「ん? 単なる暇潰し」
シグマは欠伸をしながら。最後まで面倒そうに言った。
「はる~、ご飯できたよ~」
冬が去った『常立骨董店』の奥から声が聞こえた。
「……今、なんて、言った……?」
聞き捨てならない言葉に、戦慄を覚えた。
「え? ご飯できたよ~って」
「ご飯……だ、と……?」
飯ならさっき二人で食べた。
こいつは何を言っているのかと。痴呆にしてはまだ早い。なんてことを春は思う。
「なによー。はるが美味しいご飯作るからじゃない」
「なんで対抗してんだ……」
「奥さんとしてそれくらいしないとー」
クネクネする恋人に呆れてしまう。
まだ籍に入ってはいないし。嫁と言うなら、さっき少年が来ていた時に顔くらい見せろと、恋人の束ねた白い髪を軽く撫でながらため息をついた。
「ああ、さっきお前の婚期を逃す元凶がきていてな」
「あれ。誰か来てたの? もしかして私の幸せを邪魔した子じゃないでしょうね」
「で。さっき許可証渡しておいた」
「はぁ!? そいつが来てたならぶっ潰してやったのにっ! 今日許可証渡すって言ってたのまさかそいつっ!?」
世界最高峰の殺人許可証所持者がルーキーに何を言っているのかと。
知らないうちに命拾いした少年の無事にほっとする。
「むぅ……人が喋る前に先読みしないでよー……はるは、三人の担当教官になるんだっけ?」
「ああ、まあ……本当は五人チームか四人チームがよかったんだが。期待のルーキー――というか、《《三人だけだからな、受かったのは》》」
だが、春には気になることがあった。
枢機卿に登録された情報を見たとき、確かに、遥瑠璃と立花松、そして永遠名冬の名前だけだった。
なのに、後で見てみると、二人追加されていた。
二次試験突破者は、《《三人だけのはず》》なのだ。
「どうせ改竄したんでしょー?」
「ああ、まあ。弄った」
「枢機卿もちょっかいかけてくるお父さんに呆れてそー」
自分が作った人工知能なんだから、弄っても問題ないし、メンテナンスとかも兼ねているのだが、と、反論したいが怒られるので止めておいた。
「裏世界の歩き方教えるなんて大変ねー。まあ、それならまたいつか会えそうだから次に顔見せたら言いなさいよー。すり潰すから」
「次に会ったらぶっ潰す」と、最高峰の殺人許可証所持者なのだから授与式に出るはずなのに、こいつは出ない気なのだろうかと、この目の前でルーキーをいたぶろうとする恋人に呆れてしまう。
「とりあえず。これでもやるからあいつを襲うのは勘弁してやれ」
立ち上がって用がなくなった店を閉め、奥へと向かおうとしながら、ぽいっと、恋人に丸い卵型の容器を渡す。
「んー……これ、プロポーズ?」
「婚期逃したって煩いからな。それで勘弁しろ」
その容器のなかにはこの恋人が欲しがっていた指輪が入っているのだが――
――恋人は苦笑いしている。
その微妙な表情に、不思議に思って立ち止まり、気づく。
「ぽろりしてプロポーズされてもねー」
「……あの野郎……いつの間に」
許可証を銃で撃たれた時のことだ。
冬はあの時、次に何かされるのではないかと、糸をこっそり放っておいた。
その後、何もなかったので行き場を失った糸を悪戯に使っていた。
春が立ち上がった時に、しっかりと、じぃ~っと、落ちるように。
糸を絡ませ、春のチャックを開けてぽろりさせていたのだ。
「じゃ、ご飯食べよっか」
にんまりと、婚約指輪のお返しとばかりに目の前に差し出してきた恋人の料理をみて。
プロポーズに失敗した上に、地獄がこれから待っていることも、忘れていた。