第406話:殲滅 1
「ば……縛さん、じゃ、ないかな、かなっ!」
最初に声をあげたのは、そこにいたチヨだ。
樹が心配で、これから救出に向かう春と枢機卿、そして遠距離からの援護を目的とした狙撃チームの和美と誘導役の未保の四人についていこうとしていたチヨであるが、春と枢機卿の背後にいきなり現れた縛に驚き、違和感に気づいて声をあげた。
春と枢機卿が咄嗟に動く。
異変に気付いた、雪の護衛の機械兵器の二体が、拝殿の奥から飛び出して春と枢機卿とすれ違うように参道に現れた標的へ突撃していく。
「ふむ。確か、機械兵器、だったか」
最初に亀裂が走ったのは、人の皮を被っていない、黒い機械の枠組みを惜しげもなく晒していた機械兵器だった。
紫の光が、どこからともなく現れると、すっと、機械の体を縦に撫でると、かつんっと音を立てて、ずれるように機械の体は二つに裂けた。
裂けたと思うと、今度は腰部辺りに線が入り、四つに。八つに。十六に。と、どんどんと倍々に裂けて小さくなっていく。
仲間が壊れていく様を気にせず、もう一体の機械兵器は突撃していく。
「『人喰い』」
削られるような音をたてて、機械兵器の体の半身が消失した。
目の前の相手を通り過ぎて、奥の参道に倒れ込んだ機械兵器は、起き上がってくることもなく、そのまま機能を停止。
「お、お、ぉおおおおっ! 枢機卿っ! 雪をまもれぇぇぇっ!」
春は機械兵器が一瞬で倒されたことに恐怖を感じた。
この男は、自分が先ほどまで会話していた『縛の主』ではないと瞬時に脳が理解する。
『あなたが護りなさいっ! 春、走りなさいっ!』
枢機卿が春の言うことを無視して突っ込んでいく。
枢機卿に、邪魔だと言わんばかりに押されてたららを踏んで後退した春は、苦々しい表情を浮かべて反対側——拝殿へと向かう。
そこには、スズと雪、そして生まれたばかりの赤子がいる。
それらを守るには、確かに春の型式が適任でもあった。
『あなたと戦うのはこれが二度目ですか』
振り下ろした愛用の棍はあっさりと標的に躱され参道の石畳を破砕する。
間髪入れず、破砕して宙に舞った破砕石を、枢機卿は棍で素早い動きで突いた。
細かく破砕された石は、棍に突かれて割れながら凶器と化して縛へと向かう。
「ん? 俺はお前とじゃれあうのは初めてだけどな」
『……初めて? ああ、確かにそうではありますか。でも、私にとっては雪辱戦ではありますよ』
「この体の持ち主と戦って負けたのか。なるほど、では次は勝てるといいな——」
だが、全ては縛の体に触れる前に。紫の光に接触と同時に粉となって辺りに散布される。
「——俺に、ではなく。この体の持ち主の意識と相まみえることがあるのなら、な」
『?……どういう……あなた、『縛の主』では……』
違和感。
枢機卿もチヨが叫んだ、「縛ではない」という意味を、理解し始める。
「俺は天津。この体を手に入れるのに苦労した」
『っ! 冬の父親……ですかっ!』
中身が違う。
先程まで家族と慈しんでいた縛ではないと再認識する。
それとともに、冬の復讐相手である冬の父親だとわかった瞬間、神域に残ったはずの冬と樹のことが心配になった。
『冬を……どうしたのですかっ!』
「冬か。あれは素晴らしかった。父として誇らしい。なんだったら復讐を全うさせてやりたかったものだ」
『……あなたがここにいるということは』
「神域で眠っているよ。安心しろ。お前たちもすぐだ」
眠っている。つまりは死んでいるということだ。
ぎりっと、棍を握りしめた手に力が入る。棍が壊れてしまうのではないかと思うほどに入った力ではあったが、棍はびくともしない。
機械兵器が力を込めても壊れないようにできているその棍が、枢機卿には頼もしく思えた。
『ならば、冬の……私の最愛の弟の仇討ちを、この場でさせていただきましょう』
「弟? 機械にも感情はあるんだな」
『私が特別なだけですよ』
枢機卿が腰を落とす。
棍を持った腕をゆっくりと引くと、握りしめた棍に捻りを加えて突き出した。
『捻棍』
機械兵器の全力の突き。捻りを加えて破壊力を増し、音さえも置き去りにする速さで放たれた棍が炸裂する。
それは、目の前の天津と同じ『別天津』の、『高御産巣日』と『神産巣日』の刃月兄妹を撃退した枢機卿唯一の技だ。
対するは、
『人喰い』
「人だけでなく、機械さえも、喰った。先ほどは冬という半神さえも喰った。もうこれは『人喰い』ではなく、『神喰い』とでも呼んでもいいのではないか?」
からんっと、棍が参道に落ちた。
続いて、両膝が地面につく。だらりと力なく揺れる腕。
座り込むようにその場に動かなくなった枢機卿は、上半身が吹き飛んでなくなっていた。
「さて、と。俺の目標成就のため、拝殿にいる娘と孫と。俺を封じ込めていた巫女の後継者に会いにでもいくか」
「ま、待って。縛さん……」
天津が拝殿へと向かおうと歩き始めたとき。
そこにまだ残っていたチヨが、枢機卿の亡骸の傍に落ちた棍を必死に持ち上げていた。
「……ああ、すまないな。こいつらのように歯向かってくるわけでもなく、ただそこにいる一般人だったので、つい視界から消してしまっていた」
「あたいはみんなみたいに強いわけでもないから、そんな扱いで問題ないかな、かな」
「それで、その一般人は、俺の目的への足を止めて、死にたいと懇願でもするつもりか? 声をかけなければそのまま死なずに済んだと思うのだが」
「みんなが死んじゃってるのに、あたいだけ生き残って何ができるのかな、かなっ!」
チヨが持ち上げた枢機卿の棍は、先ほどの『人喰い』によってヒビが入っていたのか、持ち上げただけに留まり、地面に落とされて垂直に立たされた時の衝撃でぱきりと音を立てて小さな尖った棒になった。
チヨでも振り回せる程度の重さだったので、チヨは震える体でその棒を野球選手のバッターのように持ち上げて威嚇する。
「震えるほど重たいのか」
「重いけどそれで震えてるわけではないかな、かな」
「なるほど、では俺が怖いのか」
「あたいより強いすうさん達を秒で倒しちゃってる相手に、一般人が立ち向かおうとしてるわけだし。怖くないわけないかな、かな」
かたかたと震える。
冬や春達といった許可証所持者たちでも、国津の紫の光に当てられただけで恐怖を感じていた。それを、神である天津が同じ紫の光を見せているのだから、一般人であるチヨが耐えられるわけがない。
だが、チヨはそれに辛うじて耐えることができていた。
それはなぜなら、チヨは自分が死ぬということを軽く思っているからだ。
樹とともに何度もやり直しをして、その度に死を経験してきた。死より怖いものはない。だからこそ、自身の死を軽く思っているということは、樹も以前危険視していた。
その危険な思想が、今窮地においてチヨを立たせることができていた。
チヨは、いつだって、樹が後でなんとかしてくれる。
そう思う子であった。
やり直しをして何度も助けてくれていることからその想いは強くなっていた。刷り込み式ともいえる現象である。
その、なんとかしてくれるであろう、は、自分が死んでもなんとかされていたからこそでもある。
今もそう。
チヨは、何事においても、樹ファーストだ。
樹がこの場に辿り着くまでに時間がかかるなら、枢機卿や機械兵器が稼いだ時間。さらにその時間を、自分の体と命を使って延ばすことでフォローする。
樹が逃げているのなら、樹が逃げ切るまでの数秒だけでも自分の体を使って延ばしてあげる。
樹がこの場に到着すれば、なんとかしてくれる。
樹が生きているならそれでいい。
そんな想いをもっているからこそ。
揺らぐことのない想いが、チヨをこの場に立たせていた。
※次話は、本作品現公開内でもっとも残酷描写な話となりますこと、事前にお伝えしておきます。




