第405話:彼の時間稼ぎは
型式。
それは人の想像を形にする力の源である。
元々は『守護の光』——いや、冬の師匠である青柳弓が名付けた『根源』と呼ばれる、人の想いを具現化した力の一片であった。
人の想いから創られた——人の想像を創造する力。
それが、型式である。
しかしながら、『力』という、あくまで想像できる範疇の、人が起こせる力であり、流石に突拍子もないことができる力ではない。
例えば、宇宙空間に存在する隕石を地球に落下させて世界を滅ぼすような『メテオインパクト』のようなことはできるわけでもない。ただし、それを想像で補い類似の現象を引き起こすことはできる。
それは、『天常立』こと、元A級許可証所持者である前『シグマ』、冬の義兄の常立春の『呪』の型が繰り出す、『刻渡り』で、春が類似現象を起こしている。
時間を止めると同時に、春の型式で創り出した肉切り包丁を空を覆いつくすほどに静止させ、場合によってはそれを叩きつけるという行為。
他にいうのであれば、隕石に近しいという意味では、冬の同期のS級許可証所持者『ガンマ』こと遥瑠璃等が使う、『焔石』は、『焔』の型と『縛』の型で創り出した、炎を纏った石の塊だ。それを地面に叩きつけてみれば同じ現象は起こすこともできるだろう。こちらのほうが、より隕石のようではある。
だが、それくらいが限度であり、想像は無限ではあるが、創造することは難しい。
その結果が春と瑠璃の結果でもある。
疲れる。
型式はその力を使うことで、体に負担を強いる。
その結果、疲れるのである。
だからこその必殺の型。
それが型式なのである。
では。
その人が創り出した、型式の力を超える——神。
——神であればどうであろうか。
とある神は、この時間軸より少し未来と別次元において、自分の大切な羊族の女性を蔑まれて怒り、威圧を込めた腕を振るってとある限定地域を半壊させていたりもする。
それは型式でなく、ただ単に神が持つ力の事象をそこに起こしただけである。
そのようなことができるのが、神であると形容してもいいだろう。
そんな力を持つ神と戦い負けた冬ではあるが、冬自身もまた、その体に半分神の血を引いているのである。
そしてもう半分は、その神を封じていた系譜の血でもある。
そのような事象さえ、起こすことだって、できるのかもしれない。
型式……。
型式は、想像と創造で形を創る。
僕は……
その型式を、人より多く使うことができる。
型式を……
型式を…………
型式を、もっとうまく使いこなすことが出来れば。
神を。
神の力をもって型式を使えば。
僕の体にある、神の力があるのであれば。
その力を、型式に乗せれば——
それは、今目の前の神を、殺せるくらいの力にはなるのでしょうか……——
「——……なるほど」
その場にある人工物で、唯一壊れる気配を見せていない小さな建造物——皇夏の墓を愛おしそうに撫でていた天津は、気配を感じてゆっくりと立ち上がり背後を見た。
ぶちり、と音を立てると、ぐしゃりと地面に無防備に叩きつけられたような音を立てるそれを見て、天津は口元に笑みを浮かべる。
「墜ちたか」
くくくっと、その笑みが声をあげての笑いとなると、天津は目の前をしっかりと、しかし嬉しそうに見つめた。
そこにいるのは。
死体。
A級許可証所持者『シグマ』こと、永遠名冬。
死体であったはずの、天津の息子。
大木に無理やり貫かれ死んだはずの冬であり、それは間違いではなく、腹部のおしゃれな大きな穴は、背後が見えるほど開いたままである。
ぽたりぽたりと、まだ体に残っていたその血で地面を濡らしながら。
冬が、紫の光を纏い、その場に立っていた。
——だが。
「もし、俺の本体の体が使い物にならなくなったら、その体を使おうと思っていたのは、間違いではなかった」
冬の体は、紫の光を霧散させ、胸の傷跡へと消え。その場ですぐに受け身も取らずに倒れた。
「死んだ体を動かすには、精神のほうがまだ未熟。死してなお精神を生かすというのは、神でも難しい。もしそれが、死んだ体ではなく、まだ生きていれば。お前は、先の自分が願った、俺を倒すという行為にも一歩近づけていただろう」
天津はそう言うと、倒れて動かなくなった冬に背を向けて歩き出す。
「がしかし。遅かったな。死して得る力など、その程度だ。死ねば後も先もない。生きる時間――俺との出会いがまだ後、または会うこともなければ、より強く育っただろう」
一歩鎮守の森の階段を降りたところで、ふと天津は考え込む。
「……時間、か。そういえば、冬は時間稼ぎをしていたのだったか」
そう、思い出したかのように呟くと、冬が時間を稼ぐために向かってきたことも、ここまで時間がかかっているのであれば無駄ではなかったともいえるのだろうと思い、天津は「してやられたわ」と笑い出した。
振り向いてただその場に倒れて動かない冬を見ると、
「お前は本当にすごいやつだ。殺すには惜しいと思えるほどにな。志を同じくするのであれば、半神だからといっても、俺のスペアだとしても。そばに置いておきたい人材であった」
そういうと、また一歩、降りる。
「が、しかし——」
境内。
冬が天津と戦っていたその場より遥か遠い階下。
唐明大社の拝殿。その手前の石畳の参道。
「——その時間稼ぎも、無駄ではある」
「……え?」
拝殿内でつい先ほど新しい命が生まれ、必要最低限の仲間以外が拝殿から退出して喜びを分かち合いながら、禁域に残り今も戦っているはずの冬達の加勢へと向かうグループとこの場を守るグループに分かれ、今動こうとしていたとき。
樹が辿り着くより先に、天津はその場に現れた。
冬の時間稼ぎは。
天津にとって、些細な時間であり。
いくらでも短縮できるものであった。
冬の時間稼ぎは、無駄に終わった。




