第404話:力を欲する
「……無駄な時間、でしたか?」
「ん?」
何も。
何も通じなかった。
そう感じてはいるものの、わかったことはそれだけではなかった。
「いや、お前は強かった。さすが俺の血を引くだけのことはある。自慢していい。俺も自分の息子は強かったと自慢しよう」
「そうですか……。では、僕との語らいは、あなたにとって無駄ではなかったのですね」
「神にそう言わせたのだ。誇ってもいいぞ」
冬は、弱いわけではない。
戦いの場——その武器の特性上、一人ではなく、後方からの援護や複数人との搦め手含む戦いをもっとも得意とするのであって、今まで一対一で戦うといった状況しかなかったことが、冬を弱く見せていた。
今も一対一ではある。
だが、その一対一での戦いには成長を感じることもできた。
なぜなら、神がその強さを認めたのだから。
神という存在が誇る強さ。
復讐する相手との自分の距離。
まだまだ上には上がいて、まだその道には辿り着けていない。
今までの戦いも、格上との戦いが多かった。
今も壁というにはほど遠い存在。圧倒的なまでの、存在さえも上位格である格上との、逃げられない状況での戦いであった。
その神を喜ばせるほどには、冬の力はあるということでもあった。
それはいかほどのものなのか。
それを知るには、冬に情報はなく、比べられる相手もいるわけでもないため、これ以上はわからない。
みんなに助けられてきた。
戦い、負けてきた。
今も、戦いとしては、負けである。
だが。
「かなり時間をかけてしまったな。だが、無駄ではなかった。うむ。いい時間であった」
時間稼ぎをする。
本来は。
冬の今の本来の目的は、それである。
今も話すことで時間を稼いでいる。
樹が、仲間が逃げる時間を稼ぐ。その一点においては、冬の勝ちである。
「……そうですか」
「冬。お前は楽しかったか? 父との殺し合いによる語らいは」
「……」
「……そう、ですね。復讐したいという気持ちと、その相手へ全力を出して戦えるというのは、気持ちのいいものでした」
「それはよかった」
「気持ちとしては、清々しい、ですね。ありがとうございます」
天津からしてみれば、無駄ではなかったとはいえ、そこまで時間をかけていられるわけでもないからだろう。
楽しかった戦いは、冬が天津に掴まり抑え込まれたことで終わった。
「では、そろそろ親と子の語らいも終わりだ」
力が足りない。
もっと。
もっと力が欲しい。
もし、やり直すことができるなら。
この戦いをもう一度行うことができるのだろうか。
その時は、もっと全力を出して戦えるだろうか。
もっと、もっと強く。
天津に勝てるには。
勝つには。
冬は、天津という存在と戦い、全力を出し切ったことで。
その力に、勝てる力を、『個』の力を欲した。
「——次は、勝ちます」
「ほぅ。次がある、その考えは嫌いではないぞ。次はないがな」
それが。
次があるんですよ。
後は樹君に託します。
そう、心の中で、今は階下の境内に到着したであろう樹に願う。
思わず笑顔を見せてしまう冬であるが、その冬の笑顔は、天津には死にゆくものの虚勢に見えた。
「……お前が強くなれるはずだった道を教えてやろう。もう、無駄ではあるからこそである」
だからこそであるのか。
それとも、冬が実の血を分けた子であるからなのか。
天津は、もう少し時間をかけてアドバイスをすることにした。
「広範囲に渡っての、重爆撃のような、辺り一面へのがむしゃらな攻撃だ」
冬の糸と針の脅威は、そこである。
逃げられない結界。辺り一帯に散りばめられた罠。そして、標的を定めない無差別な攻撃。
「空から槍を降らすあれはよかった。あれから更に着想を得て、より広範囲の攻撃へとむければよかったものを。なぜ、そうも小さく小規模へ、全体から範囲、無差別の全方位、全包囲へと向かわなかったのか」
冬の戦い方というのはそういう、虚を突く戦いがもっとも有効的である。
虚を付けない、動きを見られながらの戦いは、冬の力を半減させるのである。
先にも述べたように。
冬は、一対一の戦い——相対しながらの戦いが多かった。
だからこそ、弱く見えたのだ。
「お前の、特徴は、その儚さ。弱さ。特に、素質と才の無さだ。だからこそ、周りはお前に群がり守り、助ける。それがお前の、資質であるのだ。そして、もっとも優秀な能力とも言えるものが、空間把握能力」
冬は、驚きの表情を浮かべて天津を見つめた。
なぜそこまで自分のことを把握できているのか、と驚きを隠せない。
「その、空間把握能力があれば、俺よりも遥か遠くへと見渡すことができる。限定すればどこまでも知ることのできるほどの、まさに、斥候や偵察、暗殺向きの能力。俺の、分霊として乗り移るに適した、まさにこの体を壊すために用意したものだというのに」
「宝の持ち腐れだ」
なるほど。と。
冬は失笑ともとれる笑みを浮かべた。
それは、天津への過度な期待でもあったのかもしれない。
冬という存在を、天津が理解している。
父が興味を持っている。
それこそ、この戦いがそうであったと。
違う。
天津は、冬に興味があったわけではない。
冬の体——いつか自分の依り代となるはずであったその体が、どれだけのスペックを持っていたのは知っており、その力を別人が動かしたときにどれほどまでに使いこなせるのか、どのように使うのかを見れたことに感嘆したのだ。
どこまでも、人という存在を馬鹿にしているのか、と。
この男に負けたことが、冬の心と表情に悔しさをより深く滲ませた。
「まあ、いい。父からのレクチャーだ」
「どうも。忠告は、あなたを倒すための知識として。更に強くなるための糧とさせていただきます」
「ふむ。楽しみにしておこう——」
とても有意義。
感謝。
自分がこれからもより強くなれるということがわかった。
そして、自分にとって、この男は、
倒すべき相手である。
そう再確認することができた。
強く。
強くなりたい。
どうしたら強くなれるのか。
今この瞬間にも強くなることができるのか。
どうやって自分は強くなったのか。
そう自問する冬を宙に浮かせたまま。
天津は一歩一歩、進んでいく。
進む先は、鎮守の森——その中の一つ。先ほどの、どこかの戦闘において、ささくれたように折れて倒れた大きな樹だ。
「——次があるなら、な」
——次。
次がある。
あるなら今ここで、何かをすることができるだろうか。
——型式。
そう、型式。
この男を、過去に倒した男がいる。
その男が倒したのはなんだったか。
ぐちゃり。
冬の体は、腹から背中にかけて『人喰い』に削られ、背中から腹にかけて、大木のささくれのような自然が作り出した槍に食い破られる。
辺りに勢いよく飛び散る赤い液体と、体の内臓物はほんの一瞬辺りの空を染め上げると、ぶらりと垂れ下がった足からぽたぽたと地面を染めていく。
「……そういえば。こうやって刺して吊るして獣や鳥に食わせる刑があったな。なんであったか。……まあ、いい。知ったところで気にならん。さらばだ、俺の贄」
ぽた、ぽた、ぽた。
そんな音を、まるで遠くで流れている音のように。
自分から流れていく血が零れるその音を聞きながら。
——型式。
型式。
そう。型式。
『縛の主』が天津を倒したのは、型式。
そう、薄れゆく意識の中で。
冬は——




