第402話:『総曲輪』改め——
縦横無尽に張り巡らされた糸。
隙間に気流を起こし耐えず動いて不規則な流れを作り出す糸の間を、流れに逆らう魚のように、縫って『針』は突き進んでいく。
まき散らした『糸』にも『疾』の型で補強した。
標的へと向かう『針』にも『疾』の型で鋭さを与えた。まさに、なんでも貫く槍——
「細くてよく見えんな。そのスピードで向かってこられると」
——小さく細くはあるが。
「貫けっ!」
標的を捉えた。
糸で逃げ場のない場所に、型式の力でより硬度を上げた針が、あらゆる四方から天津へ向かう。
『人喰い』を使えば糸をチリにして逃げることもできるが、攻撃と同時に糸に型式の力を付与したのは理由があった。
天津は。
冬を、舐めている。
話し方からもありありとわかる、負けることがないという絶対の自信。
神であるからこそ不遜である。
そう思えてしまう程に、天津は冬という存在に脅威は感じていない。
だからこそ、先ほどの『人喰い』も、指だけで軽く触れて糸を壊した。
簡単に、ほんの少し力を使うことで、冬の張った糸の結界は、壊れるということを認識した。
不遜であるからこそ、針を避けるために、糸を同じレベルの『人喰い』で壊そうとするだろう。
だが、その糸は、『疾』の型で強化した糸だ。鋭さを増した糸であり、『人喰い』とは反属性とも言える型式で補強されたものだ。
簡単には壊れるだろう。
『人喰い』とはそれほどまでに強い力もった型式だから。
だけども。
そうだとしても、少しの時間——ラグが出来てしまえば、針を避けられることはできない。
冬は次弾を周りに投げた。
『疾』の型で固め、再度針を標的へ飛ばす。
針は小さい。だからこそ、致命傷にはなりにくい。
相手は人ではない。
それであれば、何度でも刺す必要がある。それこそ隙間なく切断できるくらいに刺し続けるために、冬は針を投げては放ち続ける。
「ふむ。『人喰い』」
第一波が接したタイミングで、天津は冬の予想通りの動きをした。
『人喰い』による、糸の結界を破壊し避けるという行動だ。
「っ?」
ぱちんっと、指から放った小規模の『人喰い』は、冬の糸によって弾かれた。
冬の全力の型式が、小規模であれば『人喰い』の力に勝った証拠でもある。
その一瞬の隙を突き、第一波の針が、一斉に天津へと突き刺さった。
第二波も一気に糸の結界を縫って接近する。
突き刺さる。
第三波、第四波。
どれだけの針が突き刺さったのだろうか。
気づけば投げ捨てて発射させる冬の動作の手の中に針がないことで、冬は手持ちの針はすべてなくなったことに気づいた。
激しい動きと、乗じて糸と針の気流の乱れによって、辺りは細かな粒子で煙のように霞んでしまっていた。
もくもくと。まるで爆発でもあったかのように中心点には煙が立ち込め、そこに何かしらの影が見える程度である。
針の制御によって少しだけ綻びを見せていた糸の結界をしっかりと張り巡らせ、注意深く、警戒しながら煙の中心点を睨みつける。
ぐちゃり。
煙が晴れる音は、その音とともに、であった。
吸い込まれるように煙は一点目掛けて集まり消えていく。
「俺は夢筒ではないので詳細は知らないのだがな。『人喰い』は、違う用途で使うこともあったそうでな」
冬は、樹の言葉を思い出す。
右手は削る。
左手は食す。
両手が『人喰い』。
二つが揃って『人喰い』。
「異次元みたいに吸い込むんだったか。……その原理はわからんからな。先ほどお前が見せた型式で、再現してみようかと思ったが、難しいものだ」
からんからんっと。
型式で守られていた針は、地面へと音を立てて次々に落ちていく。
削る。
それを行っていたのが、先ほどまでの『人喰い』であり、もう片方の『人喰い』があった。
食す。
だけども、それは再現は中途半端であった。類似を作り出した。
だから、針は、消えずに地面に落ちた。
晴れた先にいた天津は。
無傷。
「だと思いましたよっ! でしたらっ!」
すべての針が地面に落ちて削られたり消失していないことに安堵し、すぐさま冬はすべての針に向かって糸を向ける。
複数の糸が針に近づき巻き上げ、時には針穴を取って宙に浮かせる。
浮き上がった針は、冬に再度の型式を力を与えられて自由に、自立型誘導兵器なって空を舞い始めた。
「おお、まだ続きがあるのか」
感嘆の声をあげる天津は、いまだその場所から動くことはせず。
せめて動かして見せると思う冬は、似たようなことがあったと思う。
それは、牛刀を振り下ろされたあの時——
<ほら、避けないと死にますよ>
型式とはまったく異なる光を纏いながら、瞬時にラムダの目の前に現れた姫が、牛刀を振り下ろす。
近づかれるわけにはいかないラムダは、糸を切り裂かれたと感じた時にはすぐに回避行動に移り、その一撃を後方に飛んでかわすと、姫から数歩離れて糸を展開する。
腐葉土を切り裂き地面に突きたった牛刀を緩やかに抜き取ると、
<……一年前と変わらない戦い方ですか? 成長が見えませんね>
姫が、興味がなさそうにラムダを見つめた。
——まだ、自分がラムダであったとき。
型式という存在を知らず。上位ランカーへと昇格できずに燻っていた時。
水原姫というメイドにその存在を教えてもらう前にぼこぼこにされたあの時。
あの時も。
僕が攻撃に転じた時。ひめ姉を、まったくその場から動かすことができなかったですね。
くすりと、そんなことを思い出して笑ってしまう。
戦うたびに思い出す今は昔の出来事。
これが走馬灯ではないかと思う程に、いろんなことがぐるぐると回って忙しい。
初めての出会いはバスガイド。
次は学園の食堂で売り子。
許可証所持者として出会った時はメイド姿。
そして気づけば今は自分の姉。
ひめ姉。
……あれ? 今思ったら。
バスガイド直後もメイド姿だった気が……ずっとメイド姿ですね、ひめ姉。
メイド姿に慣れちゃって、バスガイド姿がレアな気がします。
そんなひめ姉との出会いも含め、濃厚な人生を送ってきたものだと、冬は腕を動かしながら思う。
糸は簡単に斬り壊される。針は通じない。
自分を圧倒した国津さえ、一瞬で倒して液状化させ、自分より強い樹も一合で腕を消失した。
そんな相手に、全力で戦わせてもらっている。
そんなことを思うと、冬は次第に楽しくなってきた。
吹っ切れた、ともいえるのかもしれない。
「続いて、型式をメインで創り出した技をお見せします!」
思わず、そんな宣言をしてしまう。
何も通じないのであれば、楽しませたい。
楽しませることで、時間をかける。
だけども、もしかしたら、この技は効くかもしれない。
どれかが突破口になるかもしれない。
そう思うからこそ、全てを出し切り、戦う。
「型式で創り出す。なるほど。どのようなものか、見せてもらおう。楽しみだ!」
興味が惹けた。
復讐相手。なのに、こうまで嬉しいとは。
それは、復讐する相手として、存在がしっかりと見定まっていなかったからなのかもしれない。
漠然と、父親への復讐であると、考えていたからかもしれない。
今、目の前に復讐する相手がいて、そしてその相手が自分を見ている。
しっかりと見て、殺しあってくれている。
それが、冬に、嬉しさを与えていた。
「型式は、【単一への二つ以上の型式の使用】はできません」
「ほぅっ! そういう制限があるのかっ!」
糸の結界が、一部解けた。
「二つ以上の型式を使おうとすると、脳が処理を制御できずパンクするのか、制限をかけてしまうそうです」
「なるほど。確かに不可思議な術式であり、複雑なものであるだろう。覚えることは簡単そうではあるが、莫大な力を要しそうだからなこれは。でなければ、俺を倒すなんてこともできなかっただろうよ」
夢筒縛こと『縛の主』は、過去、永遠名天津という神を、その型式で倒したことがある。
それが事実であることを、天津本人から聞いた。
そうであるなら、今冬がこうやって型式を使って戦うことは、無駄ではないのかもしれない。
型式で、神は、倒せるのだから。
「ですが、僕は、なぜか複数の型式を使うことができます」
「なんだそれは。チートではないか」
「僕はそれを複数型式と呼んでいます。とはいえ、僕しか使えないと思いますけども」
「そうか。俺の子だからであろうな」
自身の子が特殊な力を持っているということに、どこか誇らしげな天津の機嫌を損なわせないよう、冬はそこは無言で通した。
その間に、冬は次の準備に取り掛かる。
解けた一部の糸は『疾』の型を強く纏う。その糸を運ぶのは、先ほど天津によってすべてを防がれた『針』だ。
くるくると。
先ほどの糸の結界とは違い、標的を球体に囲んで逃げ道を塞ぐように。
針はくるくると大きな円を描いて糸を誘導していく。
その糸が『疾』の型を纏っているからこそ、糸と糸の隙間は『疾』の型によって埋め尽くされて一つの球体へと変わっていく。
その中に、一人、天津を閉じ込め、緑色の球体がそこに出来上がった。
「お前の攻撃は、基本的に綺麗だな」
「ありがとうございます」
薄緑の球体に囲まれた天津から見る風景は冬には分からない。それに囲まれたことがないから。
以前作った時より糸が少ないため、小さな球体となったそれは、冬の技の発動の前準備であった。
「一つ一つの準備に手間がかかる」
「そうですね。そこが難点だと思います」
「だが、だからこそ、糸や針でけん制して時間を稼ぐのだろう」
「はい。僕の武器は、時間をかけるものだと思ってます」
それが、今の冬にとって、今の状況にもとてもあっている。
そういわれたようにも聞こえ。冬は笑顔を向けた。
球体をゆっくりと創り出していた糸と針は、冬の意思を受けてその動きを速めていく。
「では、僕が型式で放つ最大の攻撃力を持つ技で、迎え撃たせて頂きます」
「次はどのようなものか、楽しみだ」
ぎゅるぎゅると、回転を速めていく針と糸。
薄い緑色の時はまだ辛うじて相手を見ることができたが、回転が早くなるにつれて相手を見ることができない濃い緑色へと色を変えていく。
「音が、うるさいな」
「それだけ回転してるってことです」
あまりの音の大きさに、互いの声が聞き取りづらい。
だけども二人は、なぜかお互いの声がしっかりと聞こえていた。
それだけ互いに集中しているという証拠なのかもしれない。
「では、いきますっ!」
『総曲輪』
冬の声と、冬が向けた手のひらを一気に握りしめると、球体は一瞬にして小さく、圧縮された。




