第38話:まさかの三次試験
香月店長から情報屋と暴露され、これから両世界の情報を提供してくれると約束――ただし、資金提供必要――してくれた次の日。
「……ぐ~……」
いつもと変わらず、冬は授業を受けていた。
「つまり、カヴァリエリの原理とは……」
寝ているなんて、そんなことはいつも通り。
チョークなんて飛んでくるわけもない。
むしろ飛んでくる瞬間も見てみたいが、そんなものも来ないので寝ていても安心だ。
「よぉく覚えておけー。新選組の初代局長は近藤勇ではなく、芹沢鴨だぞー」
気にすることはなく、授業は進んでいく。
「……ぐ~……」
ピピピピピピッ!っと、ちょうど授業の先生の声が途切れたときに、携帯の音が鳴った。
「……誰だっ! 持ってきてもいいが、授業中は切っておけっ!」
流石に何よりも大きく聞こえた音に、先生も言わざるをえない。
しかし、誰も切る気配はなく、こう言うときに限ってスヌーズだったのか、音は次第に大きく響いていく。
やがて、辺りは止まらない音にざわめき始めた。
「誰だっ! 取り上げるぞっ!」
「……ふぁ。すいません。僕です」
冬が自分のポケットで光るアンテナに気づいた。寝ていたこと自体問題ではあるのだが、そのディスプレイを消そうとし、呼び出している相手の名前に動きを止めた。
「……シグマ?」
「早く切れっ! 授業の妨げになるっ!」
「あ~、ちょっと急用です」
そう言うと、冬は立ち上がってすぐに通話を押した。
『……遅かったな』
「ええ。授業中です」
久しぶりに聞くシグマの声に、授与式の前に何かあったのかと不安になった。
『授業中に電話出るな』と電話越しから聞こえてくるが、だったらタイミング悪く電話をかけてこないでほしいと思いながらも、その授業中に出ている冬も冬である。
『……では、すぐに早退しろ。最終試験を始める』
「えっ?」
『最終試験。二十四時間以内に自分の許可証が隠されている場所を捜し当てる。だ』
「……ヒントはありますか?」
『許可証協会に関わりが深い場所』
「……わかりました」
この町でそう言うところは三つある。
いずれも、裏世界への入り口がある場所だと冬は瞬時に思い至った。
『ほう。……過去最短到達時間を教えてやろう。三時間と二十二秒だ』
「誰ですか?」
『もちろん、俺だ!』
びしっと、親指を自分に向け、勝ち誇ったように笑みを見せる電話越しの男――シグマの勝ち誇ったドヤ顔が冬の頭に浮かんだ。
現にシグマは、自分を誰にみられるわけでもなく親指で指していた。
『……抜いてみせます』
携帯から、決意のこもった声が聞こえてくると、シグマの口元が自然と綻んだ。
「やれるものなら。な」
『では』
ピッと音がして電話が切れると、シグマはすぐに行動を開始したであろう冬の姿を思い浮かべてにやりと笑った。
「……できるかもな。お前なら……」
シグマは、冬の通う学校が見える場所――ビルの屋上で、そう呟き、意外と早く着きそうな冬のために準備をすることにした。
「すいません。永遠名冬、都合により早退しますっ!」
そう言うと、冬はすぐに机に散らばる筆箱や教科書をバッグに詰め込み、それを左肩に担ぐ。
いや。教科書はバッグに詰めているようで机のなかに突っ込んでいることから、持ち帰る気はないようだ。
「えっと、スズっ! 何か重要なことあったりプリントとかあったら家に持ってきて下さいっ!」
「な、何で私なの?」
「スズしか知らないですから。僕の家」
「ちょ、ちょっとっ!」
スズのその言葉を尻目に、冬は教室から出ていき、階段を下りていく。
急に冬が走り去った去った教室はしーんと静まり。
やがて。
「ああ、やっぱり」「というか、そうじゃないとおかしいよな」「あれだけ毎日一緒にいるんだもんな……」と、先生も混じってのひそひそを聞こえる茶化しに、スズが「ちがーう!」と叫ぶのも時間の問題でもあった。
四階から三階へ。
階段を下りることに時間の無駄と感じた冬は、三階の窓を開けた。外壁に足をかけると吸い付くように壁に張り付いた足で滑り降りていき、一階の窓ガラスの少し上の辺りで壁を蹴ると、到着点にあった小さな池を越えて校内の庭に着地した。
教室から地面に着地するまでの間、約十秒。
普通の人が真似できない、誰もみていないからこそできた芸当である。
「走るよりアシを使った方がいいですね」
冬は校門を走り抜け大きな通りまで行き、そこでタクシーを拾うと一度言ってみたかった言葉を運転手に告げた。
「とりあえず、走って下さい」
運転手も言われたかった言葉だったのか、サムズアップと共に冬と固い握手をする。
「いいんだね?」
「あなたの赴くままに。行けるところまで」
タクシーは走り始めた。
タクシーは町中を走り抜けた。
ある時は信号に引っ掛からないように捨て左折。裏道を駆使して走り続ける。
大通りから、細い道を入った場所にある、通な人しか知らないパソコン屋に辿り着いてしばらく停車してもらう。
人が多いことから、三つの思い付いたなかでダメ元の場所だ。
裏世界に関わりがあるかと言われると、実はこの店の階下に常にシャッターが閉まった場所があり、その先に今は使われていないと思われる地下へのエレベーターがあることを確認していた。
だが、そこにはなにもなかった。
タクシーはまだまだ走り続ける。
「ナイスドライビングっ!」
「はっはーっ! リズムにのるぜぇ!」
時には不必要に飛び、時には不必要に片車輪で走り、曲がるときにはパワースライドやドリフトを駆使し、スチール音を響かせタクシーは走る。
一時、ふぁぁぁーんと赤いランプを灯したクラウンの白黒車が追いかけてきていたようだが、それさえも巻くドライビングテクニックに、冬も後部座席で舌を巻いた。
次は、冬の知り合いの如何にも怪しいダフ屋。知り合いに怪しいと思われているのだから、かなり怪しい。
以前、スズに頼まれたレアチケットをここで購入した時からの知り合いであるが、この店主は裏世界と通じているのは間違いなかった。
なぜなら、偶々レアなチケットと勘違いされて仮許可証を見せる機会が合って、その時にそれが仮免許証だとすぐに言い当てたからだ。
そのうちお世話になることもあるかもしれないと記憶していたからこそ、この場所にアタリをつけて訪れたのだが……
最も有力な場所ではあったが、ここも違っていた。
そして――
「ここでいいです」
「いいドライブだったぜ」
「素晴らしいドライブでした」
友情に溢れた握手を交わし、二人は別れた。
また会えるかもしれない。あのドライビングテクニックはタクシードライバーで終わらすには惜しい気がする。
それが、後に。
『当日速達お任せください! 2時間以内に届けたかったら料金2倍! あなたのお側に『裏はいたっちゃー』』
という、妙に長い名前の個人配達業者となる、これから先の未来でお世話になるタクシードライバーとの出会いだったのは。
まだ二人も知ることはなく。
最短記録時間は、間もなく過ぎようとしていた。
裏はいたっちゃー。
タクシーをいつかこんな風に乗り回してみたいと思う方は
フォローとお星様をお願いいたしまする~




