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第396話:滅びの足音 9

「ふむ……それだけではなさそうであるな」


 縛が国津の突きをボールをキャッチするかのように片手で受け止めた。受け止めた手で国津の拳を握りしめると捻り上げる。捻り上げられた国津は、捻られた方向に逆らわず自身の体を回転させるように浮かせた。

 浮いた体はくるりと捻られた腕とともに回り、捻りの反動をそのまま縛へと返す。とっさに手を離して距離を置いた縛へ、国津が迫ると、縛が一言、呟いた。


 最初は紫の光による恐怖の植え付けからの攻撃だけかと縛は考えていた。

 そのため、その光に対抗しうるには、過去に『生神』と戦った際に手に入れた『仙』の型による身体強化が有効であると感じ、その力を発動していた。

 だが、この型式は、自身の体に巣食う存在によって、長くは発動できないものであった。正しくは、縛りがあると表現したほうがいいかもしれない。その型式の出力をフルに発揮することができないのだ。

 早急に戦いを終わらせようと、限界ぎりぎりの発動をしようとしたところで、何かが違うと違和感を感じた。


「試して、みるか」


 その違和感を、縛は確かめるため、切り札を使う。



         『人喰い(マンイーター)



 すべてを削る右手の『人喰い』が、迫る国津へと降り注ぐ。

 だがそこに国津はいない。

 斜めに振り落とされた『人喰い』は、空間さえも削っているかのように軌跡を描いて空振りした。縛の背後の空中に突然現れた国津が、宙に浮いたままに縛の首元に腕を振るうと、そこに国津が現れることを予期していたのか、縛の腰の捻りが存分に加わった回し蹴りのような変則的な回転蹴りが国津の顔面にヒットし、国津は地面へ叩きつけられた。

 ダメージが少なかったのか、国津はすぐさま起き上がると、ロッジ前まで離れた。口を切ったのか、零れた血を拭きとって笑顔を向ける。


「……今のに反応できるとは、流石だね」

「いや、なかなかに勘であったがな」


 樹と冬には、縛のほうが優勢であるように見えた。

 終始、縛が圧倒していた。経験値ともいえるものであるのか、半神とはいえ、同等の力をもつ存在同士の戦いに、その経験というものは、かなりのアドバンテージである。

 それをまざまざと見せつけられたとでも言うべきか。

 国津の攻撃にすべて対応して見せた縛を見た樹は、過去に『生神』と戦い生き残ったということは、嘘ではなかったのだと、信じるしかなかった。  


 まさか、自分の父親が、世界を救ったかのような英雄だとはな。


 そんな思いが必然と浮かび、ふっと鼻で笑ってしまう。

 それは、勝利を確信した笑みであった。


「……勝ったな」

「まだ結果はでていませんが。……僕が、本当はやるべきだったと思ってます」

「実力不足、だな」

「痛感します」

「冬だけじゃなく、俺もだ……ん?」

 

 しかし、縛の表情は憂いに満ちている。


「……ぐぅ……っ」


 樹はその顔をじっと見ると、苦しそうにしているのだと感じた。しきりに胸の辺りを抑える仕草をしていたが、体力的なものかと樹は思う。


 縛は、


<神でありながら、当時の我に負ける程度の力であるからな。だが、喜ぶといい。あの時のほうが今の我より強いわ。年には勝てぬでな>

<はー。だったら今やれば、僕は君に勝てるのかな?>

<勝てるのではないか? その『B』室の最高傑作。『甲種』の体であれば、な>


 と、戦いの前に話していた。


 『B』室。冬と同じ人の強化種ともいえる存在。SS級と言われる裏世界でも名のある冬の姉が『乙種』と呼ばれているが、その『乙種』の上位種の『甲種』という種は、その英雄ともいえるべき縛と、こうも戦えているのだからそれほどまでに強いのであるとも納得する。


 そんなことを考えている樹の中で、縛の信頼度がぐんっと上がっていく中。


 それとは別の要因で、 


「……まずいな。そういうことであったか……我にそれを使うとは、馬鹿者が……」


 まるで、何かを警戒するかのように。


「間に、あわぬ——」


 ぼそりと、縛は呟いた。


 その瞬間、「うっ」と一際胸を抑えた縛が、体を少しだけ震わせた。

 咳込むかのように俯いた縛に、樹と冬は、戦いに割って入る準備をした。

 縛の体が、年による体力的な問題で行動に制限がかかるのであれば、時間を稼ぎ休ませるくらいなら二人でできるとの判断で、その戦いに参戦しようとしたのだ。


「はぁ? なにが、かな」


 国津は、そんな縛にイラつきを感じた。

 縛はまだ余裕があり、別のことを考えながら戦われていることに、縛より劣っているかのように言われていると感じた国津は、


「どう考えても君のほうが……——っ!?」


縛へ抗議をしようとして、言葉を詰まらせた。




「……ふむ。なるほど」

「ばか、じゃないのか……っ!?」



 焦る。

 国津が、紫の光を、辺り一帯に発した。まるでそれは、なにかを守るように、神域全体を包む。

 離れたところで見ていた冬と樹はその光を受け、体が縛り付けられたように動きを止めてしまう。

 動きを止めたのは、その光から受ける恐怖からであった。

 恐怖はやがて、不安を掻き立て、そして負の感情をつまびらかにされるかのように、脳裏に不幸な出来事や嫌なことをフラッシュバックしていく。


「ぐ、ぐうぇぇっ」


 そんなフラッシュバックに、樹が苦しみ嘔吐した。



 何度、チヨを殺した。


   殺された。


       辱められた。

             辱めた。

 

 何度、俺は仲間を裏切った。

               殺した。




 何度、俺はすべてを、



         滅ぼした。



 樹はやり直しによって人の何倍もの人生経験を積んでいるようなものである。

 そのすべての記憶を覚えており、忘れていてもその脳裏にはこびりついている。

 それらがすべて一斉に思い出させられたのだ。

 脳がパンクしそうになるほどに駆け抜ける記憶は、自然と脳がある頭部を揺らして暴れさせる。




「あ……ぁ……あぁぁっ!?」


 冬もまた、樹ほどではないが、やり直しをした人物である。

 過去の世界で味わった絶望を受け、体が竦む。




















         殺される。














 互いに動きを止めて、その光に生身で当てられ思い至ったのは、その言葉だった。




 油断していたともいう。

 縛が目の前で優勢な状況を見ていたから。

 いくら戦いの準備をしようとしていたとしても、自身に火の粉が降りかからないと、型式を常時発動している程度のものであったから。



 それを先ほど、自分たちは型式を貫通されて恐怖を植え付けられたということさえ、縛の優勢に忘れていた。




 だけども、その恐怖は、ふっと。突如、止んだ。



「はぁ……はぁ……?」


 互いに、蝕まれた恐怖から解放されて、よろめき倒れた後、その発生源であった国津を見る。




 国津は、目の前に——



 ——いや。


 いたはずのその場所には、いなかった。



「ふぅむ。なるほど。よきかな」




 縛の前から吹き飛び。




「ぉま……ぇ……なんてこと……」




 戦いの場から離れたロッジの中でうつ伏せに倒れていた。

 四肢はそのロッジと縛の間で落とし物かのようにバラバラに落ちて。

 ただ、胴体と頭部のみとなって、ロッジの中に。




「これじゃ……台無し、じゃ、ないか……——」




 何が起きた。


 ただ、冬と樹は、苦しみから解放されても脳裏にこびりついた負の記憶に虚ろとなりながら、縛を見つめていた。






















        滅びは、現れる。













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