第392話:滅びの足音 5
「天津の目を欺くのもなかなか苦労したよ。だって、冬の体は、天津のスペアだからね。天津の体に何かあったときの避難場所だから。そんなのに、すでに分霊である僕が乗り移ってるなんて気づかれたら、すぐに消されていただろう? もっとも、あれが乗り移った時には僕は消えているんだろうけどもさ」
「……ああ、そうだな」
「……妙に説得力のある言葉だな樹」
「夢筒縛……お前、俺がやり直しの中でお前のことでどれだけ悩まされたと思っている……」
冬が自分への自問自答をしていた時にも国津の話は続いていた。
その話の中で、樹は、やり直しのことを思い出す。
「でも、なんとなくわかった。俺を殺すよう動いていた夢筒縛は、国津、お前か、天津本体のどちらかであったんだな」
樹は、何度か縛に殺されかけて、瀕死の状態からやり直しをしている。
一度目は、初めてやり直しをしたとき。
『絃使い』と呼ばれていた冬と世界樹勢として敵対している世界。
夢筒縛に水無月スズは家族であると乞われ、敵対しながらも、許可証協会の同期の頼みということで冬とスズは世界樹へと招待した。
その時に、『人喰い』によって殺された二人。そして守ろうと動いて致命傷を負った。
縛が言っていたことを思い出す。
『だから言うたであろう。最愛を目の前で殺されたら、この『苗床』の娘はどう動くのか、と。余興。いや、暇潰し、か? 所詮はこの先に、そのようなものはいらぬ。なぜならこの娘は。――この、我の前から逃亡した傑作品は、我に取り込まれて、兵士を生み出す存在と化すのだから』
そういってスズを『人喰い』で削り取り込んだ縛。
「あの時の縛は、天津だったんだな」
「……我が、スズを殺す?」
「僕がスズを殺すわけがないね」
二人の意見が一致した。
縛はスズを妹のように想い。
国津はスズを恋人と想い。
「そして、やり直しを初めてしたときに、混乱する俺から、『なぜスズを殺したのか』と聞かれて、俺を殺そうとした夢筒縛は、お前だ」
『目覚めたのか』
そう言って、何もわからないチヨを『人喰い』で殺し、そのまま樹さえも殺した。
あの時の『目覚めた』という言葉は、安易に、やり直しの型式『未知の先』に目覚めたのか、と聞いていたのだろう。この型式を知っているのは、記憶を共に授けて創り出した二人だけだ。
「へぇ。……僕は、『縛の主』に乗り移っているのか。どうやったんだろうね、その時の僕は」
「……ふん。俺の中にいる天津にリンクして無理やり奪い取ったのだろう」
「……え。君、体に天津を取り込んでいるの? いつ乗っ取られるかわかったもんじゃないじゃないか。それがもし純粋な穢れのない分霊なら、僕にとってはとても魅力的だ」
「穢れ。……ふむ。そうであるな。身体を奪われるという話であれば、お主達以上に耐性がないわ。ただ、型式で守っているので今のところ起きぬのだが。もっとも、乗っ取られたら乗っ取り返す所存であるな」
樹は縛と国津の会話に、「乗っ取られたのはなぜか」と疑問に思ったが、気を抜いたとき等にたまたま乗り移られてしまったのだろうと思った。
「乗っ取り返すこと、できるのかい?」
「でき——」
「できるな。夢筒縛なら」
「……なぜ、お主が断言する……?」
断言できる。
なぜなら、樹は、実際に乗っ取り返したであろう縛を見ているからだ。
「なるほど……樹君が言っていたことを考えてみると、僕が戦った『縛の主』は、国津に乗っ取られていたのですね」
冬を連れてやり直しを決意し、そして今に至るとき。
そのやり直しで、冬は、縛の『人喰い』によって殺されている。その時に、スズのことを殺さず、スズを伴侶と呼んだ縛がいた。
冬がそのことを話すと、樹はこくりと頷く。
「お前によってやり直しが出来なかった俺は、崩れる前の『苗床のゆりかご』で、やり直しを確信した夢筒縛が、他の可能性において天津に負けていることを悔しがっていたからな」
思いだす。
『未知の先』で怒りに溢れて会話さえもできなくなっていた夢筒縛と、久しぶりの会話をした、『苗床のゆりかご』でのことを。
『やり直しができている。なるほど。であれば、上で暴れているあやつに我は勝てたのか、もしかすると、今この時なのかもしれぬな。我が世界を支配していると言うのなら、恐らくはその先への対処への結果だった、と考えるのが筋ではあると思うのだが』
『……なんだ。何の話を、している……?』
『ふぅむ。やはり覚えていないというのは難儀だな。我もあやつに何度か襲われ逃げ続けられてはいるが、いつ倒されるか分からぬからな。だからこそ、お主が見た世界で、我があやつに勝てていた、というのであればいいのだが。負けていた、という可能性も否定できぬか。いやそちらのほうが濃厚である、か』
それは、国津でもあり、天津でもある。
自分の中にいる分霊と戦い、そして勝ったからそのように言えただろう、と。
「それができるのなら、僕もぜひやってみたいものだね」
「そして、お主の体——なぜ、ひよっこがいるのに、別の体をもってここにいるか、についてだが」
「おや、僕のことまで話してくれるかな?」
「お主は、以前我に世界樹でたてついた、ひよっこであろう。我とは、ひよっこの体で軽く交戦し逃げたな」
世界樹。
そこで冬は幼少の頃、縛へと反旗を翻している。
縛は、冬にとって、自分を創り出したもう一人の親ともいえる存在である。
縛という頭脳がなければ、夏の研究結果である『B』室の成功には至らなかったためである。
もちろんその研究成果は、縛の『苗床』と呼ばれることになったスズを液状化から人間へと戻すための研究成果から派生したものであり、ある意味盗作したものでもある。その盗作を促し、そして『B』室へと至ったのは、ひとえに、
「夏に、自分の宿る体を作らせたわけ、だな?」
「その通り。その体じゃ、勝てないと思ったからね。天津が脅威と感じるわけだよ。元々は、冬の体を強化することで、とも思ったのさ。だから冬の体に戻れなかったのは痛かった。その代わり、予備で作っていたこの体を使うことにしたわけ」
『B』室として、雪と冬を創り出した時点で、研究は終わっていたはずであった。
もちろん、夏にとっては、縛と自分の子である樹が生まれた時点で、この研究は終了しているはずであった。
しかし、そこに横やりがはいった。
それが、国津こと、元の主人格の、冬である。
冬は、液状化していたスズに語りかけ、スズを人へと戻した。
これは、後一歩というところで研究に頓挫しかけていた縛の一押しともなった。
そこに、縛は感謝もしていたのだ。
だが、冬は。
その直後に、反旗を翻す。
そして——
「——本来の力を出すこともできない。冬の体にも戻れない。だから僕は、一度姿を晦ますことにした」
「神でありながら、当時の我に負ける程度の力であるからな。だが、喜ぶといい。あの時のほうが今の我より強いわ。年には勝てぬでな」
「はー。だったら今やれば、僕は君に勝てるのかな?」
「勝てるのではないか? その——」
「——『B』室の最高傑作。『甲種』の体であれば、な」
『B』室。
BoostedMAN
身体強化、精神感応支配による身体能力向上の研究を主とした実験により生まれた試験管ベイビー。
遺伝子配合組み換え強化研究実験準成功体。
身体複合型被験体・丙種。
それが、『冬』である。
そして、丙種の上位版が、姉である永遠名雪——身体複合型被験体・乙種であり。
「そうだね。大変だったよ。あの天津の伴侶を操り創り出すのは、ね」
乙種の上位。
誰にも知られることもなく、ナンバリングのみされていた、『B』室の最高傑作。
遺伝子配合組み換え強化研究実験準成功体。
身体複合型被験体・甲種。
それが、国津。皇国津の、体である。




