第386話:唐明大社にて 19
「巫女装束っ」
「始天さんっ」
立ち上がった二人が出した言葉は、まるっきり違っていた。
二人して驚いて互いを見合う。
「樹君、もしかして名前知らなかったですか……?」
「……ああ、あの巫女装束。そんな名前なのか。狐面として覚えてたし、名乗られてもなかった」
恐らくは互いに思い浮かべているのは同じ存在。それは白い世界で出会った女性だ。
冬は彼女とは別に、他にも『イル』と『スイ』という双子の子供にも出会っている。妙なポーズで挨拶されただけではあるが。
「ほう? お主達、あれと会っているのか?」
二人の驚きに、縛は興味深そうに問いかけた。
「冬ちゃん、その人、だれ?」
「先輩、その人、だれですか?」
「冬? だれそれ」
「いっくん、それは誰のことかな、かな?」
なんだか女性陣から妙な視線を感じて、二人はこほんっと咳払いして席についた。
間をおいて、互いに目配せしながら真剣な表情を浮かべると、
「なるほど。つまりは、夢筒縛はその穴で人身御供が生存しているか、ということを確認していた、と」
「人身御供であれば生存というのもおかしい話ですが、生きているんですよね? で、それは今も何かを封じている、と。そこに入り込むと、何年も出てこれなくなるほどの道をたどる、ということですね?」
話をそらそうと、必死である。
二人とも、視線を感じながら、縛へと説明を促す。
「お……おう? まあ……そうであるな。……お主達? 我も一応なぜあれを知っているのか、聞きたいのだが?」
「「説明、しづらい」」
二人の意見が見事に一致した。
やり直しをするときに出会ったといったとしても、あの経験は体験しないと分からないと思う二人である。
「お、ぉう?」
「いや、夢筒縛。俺は一度お前に説明はしているからいいんだが、こう聞かれると、な」
「ああ……あれだけが情報なのだな、なるほど、我は納得しよう。我は」
「あ~。なるほど。あたいの恩人さん。あたいは、納得できたかな、かな」
「私は納得できないかな。だって知らないし」
「私もです、先輩っ」
「私も聞いておきたいかなぁ」
樹はほっと胸を撫でおろした。
冬は、「裏切者」と樹をにらむが、「話せばいいだろう」と言われて話そうとしたところで、ふと思うと、冬は『始天』という彼女のことがまったくわからないことに気づいて言葉に詰まった。
『冬の女が増えることについではどうでもいいのですが』
そんな中、冬へ助け船が現れる。枢機卿だ。
思わず冬は「すう姉っ!」と叫んでしまったほどである。
『私が、知っている、スズさんの知識をスズさんに渡したことがあるのですが、それも違っていた、ということになりませんか? それに私は、スズさんへ、スズさんが知りえている情報は、私が作り出した情報を埋め込んで記憶を捏造した、と伝えているのですが』
枢機卿は、冬と出会ったから今までのことを思い返していた。
それは今にして思えば、とても有意義なものであったと弟への何かのエキスが満たされるような至福であったが、その中で、表世界の住人でもあり、力をもたないスズが当の争いにおける世界樹の最重要人物であり、その力を守るべき存在となった冬への説明を兼ねての、事前のスズへの説明であった。
もちろん、そのスズが雪によって助け出され、そして表世界で裏世界の脅威にさらされることなく保護している、ということはその時点で枢機卿の情報の中にはあった。
「ふむ。そうなっているのか、なるほど。すごいな」
縛が枢機卿が言ったことに、素直に驚き称賛した。
それが周りにはわからないことで納得しているようであったが、それが春の考えが合っているということにもつながった。
「じゃあやっぱり。そうであるということなんだな?」
「そうであろうよ。我はそういう記憶を持ち合わせておらぬ」
「それは、その神域にいたからか?」
「であろうな。神域にいたから、かもしれぬが、それか、裏世界という場所にいなかったから、かもしれぬな。少なからず影響はないので、お主達が何を言っているのか、そこが疑問であったが、納得できたわ」
「ああ、そうか……——」
「——裏世界の住民全員が、記憶を塗り替えられているんだな?」
春が言ったことに、誰もが言葉を失う。
雪は「やっぱり……」と、自分だけではないという安心と、その記憶の塗り替えに恐怖を覚えた。
だからこそ、裏世界の誰もが安易に口にしないのだ。
誰も、記憶を塗り替えられたことで、話せば話すだけずれていくから。
ずれることで、何が正しいのかわからなくなるから。
それに、誰もそこまで重要としておらず、それが当たり前と植え付けられているから。
そこに気づいて考え、調べた雪が、自分の持つ記憶に自信喪失するのも、わかる気がした。
自分も、書き換えることができる型式『幻惑』を使えるからなおさらである。
「そうであろうな。そもそも、我がおらぬのに、なぜ我が世界樹を使って侵攻しようとしていることを防ぐといったような話になっておるのかとも思うし、殺し屋達が表世界に侵攻しようとしてそれを防ぐという名目で許可証協会が入口を管理するというのもおかしい話であろう? なぜなら、裏世界には、表世界の入口なんぞいくらでもあるからな」
縛は、更に「この村の外れにも、ほぼ誰も使わないが、入り口もあるしな」と言った。
チヨが「え、だったらそこから移動すればよかったんじゃないかな、かな」とすぐにツッコミを入れるが、チヨは裏世界から表世界に徒歩で歩くこともあるということを知らなかった。実際、その道は、徒歩である。とんでもない距離を数日かけて歩くことになるため、普通の人は使わないと聞かされて驚いた。
「ああいう道を、太古の人は、黄泉平坂と呼んだのかもしれぬ。どこまでいっても先が見えない底、であるな」
「ほえぇ……」
「表世界に出れないというわけでもない。楽であるからあの入口を使いたい、というならわからなくもないが。殺し屋達は、気にせず他の道から表世界に今もでておろう?」
すでにほかの道を開拓し、別ルートとして短時間で移動できるところもあるということを匂わす縛に、新協会長でもある春はため息をつく。
「まあ。そうだな。ガス抜きと考えてはいる。すべてを防ぎきれるわけでもないってのと、協会の管理外の壁の向こう側にそういう抜け道があるからまた以前のようなどでかい戦いが起きなくなっていると思っているからな」
「どうりで簡単に表世界で殺し屋と会うわけだ。……では、その裏世界を書き換えたっていう壮大なことをしたのは、誰なんだ?」
「誰というのも気になりますが、何の目的で、ということも気になりますね」
「……お主が、言うか」
「え……?」
冬が急に縛に睨まれて言葉を失う。
「夢筒縛」
「……わかっておる。違うであろうとは思う。今はな。だが、そこだけは確証が持てぬ。だからこそ、今この話においてはそう疑うことで確証を得たいのだ」
樹の制止に、縛がため息交じりにひらひらと腕を振った。
そんな行動をされても、冬には意味が分からず、ただ、何かを疑われているということだけが分かった。
何に疑われているのかを考える。
考えるが、出てくるとしたら一つ。
「え……僕が、その書き換えをした、と……?」
思いついたそれを、そのまま口にする。
雪が、はっと驚きの表情を浮かべ、春も苦々しい表情を浮かべる。どちらもそんなわけがないという感情であるが、こと、スズに関わったところで共通しているのが、そこに冬がいるということであったことから、拭い切れない部分があったのかもしれない。
『……あなた達は、どうして、冬を疑うのですか?』
聞きづらそうなことを、枢機卿が発した。
「……お主、分霊であろう」
「ぶん、れい……?」
「しらばっくれられてもな。……ここに封じられていた永遠名天津——生神の。お主は、その血を継ぐ半人半神であるからして、やつに体を乗っ取られておるのであろう?」
永遠名天津。
それは、雪と冬の父親の名前である。
そんな父親の、分霊という、言葉をそのまま考えれば、分身というような意味合いと思われることと、すでに乗っ取られていること前提で言われて、冬は何を言われているのか、さっぱりわからなかった。




