第378話:唐明大社にて 11
「ぜ~ぜ~……」
急な登り坂というのは、運動にいいと思う。
あともう少しというところで立ち止まったチヨを見ながら、樹は思っていた。
「夢筒縛」
「ん? お主、いい加減フルネームはやめろと言っているだろう」
「だから。……だったら、父さんとでも呼んでやろうか?」
「……いいではないか。いい響きだ。親父でもよいぞ?」
「……夢筒縛……」
「もとに戻っているではないか。……まあ、いい。なんだ。何か質問でもあるのか?」
チヨより先に上りきった二人は、急な階段を上るチヨを見下ろしながら会話をしている。他愛ない会話ではあるが、なぜこうも父親と呼ばれたいのか不思議でしょうがない樹である。
「チヨがなんで型式を使えないんだ?」
「……なかなか、攻めてきおったな」
縛は苦笑いするような表情を見せると、腕を組んで考え出した。
やがて。
「『焔の主』がなぜあそこまで最強か。に尽きるのだが」
「あいつに関係するのか。……ああ、さっきそう言ってたか」
「あやつの力の源は、自分自身と、生贄にされた子供から搾取しておる」
「……どういう、ことだ……?」
樹は、型式をうまく使えない相手がそばにいることを思い出す。
B級許可証所持者
『そばかす』立花松、本名、久遠秋である。
彼は『焔の主』と『流の主』の子である。その彼が、型式を使おうとするとうまく使えず、ほんの少しの身体強化程度しか発揮できないことに悩んでいた。だが、その身体強化のみで型式を使えることが前提の上位ランクに上がることを許され、またその戦闘センスは漏れ出すかのような『焔』の型を駆使することで他の追随を許さないほどまでに成長している。
だが、しっかりと型式を使えない、というその悩みは、一年経った今も悩みのままである。
「子だけでは足りんかったようでな。あやつ、自分の子を一度それで殺めておるから、次の子は殺さずにしておるのだろうよ」
「やはり……そばかすか」
「知り合いであるなら教えてやるといい。自由に使えるようになりたいなら、刃渡焔を倒せ、とな」
なかなか難しいことを事もなげに言う縛に、樹はため息をついた。
「で、それがチヨに関係するのか?」
「だから、生贄にされたのが、もう一人おるという話だ」
「チヨ…がか?」
「前『焔の主』『焔帝』万代キラを倒す時、焔は『弁天華』に接触し、その力を奪っておる。『主』と『主』になり得る力を持つ者同士が戦っているわけだ。無事では済まなかったのだろうて」
「なるほど……では、なんで『焔の主』はチヨと初対面みたいな様子で俺の前に現れたんだ?」
「……知らんわ」
正しくは、知っていたからこそ、再会しチヨを陥れた、であるのだが、樹もチヨもそれを知ることはない。なぜなら、接触というものが、すれ違いともいえる刹那のことであったからでもある。
その時に目を付けたとも言える。
「ほれ、『弁天華』、後もう数歩だ。頑張れ」
「い、いっくん達は鬼なのかな、かな!? あたいが型式使えないから上るのに時間かかるってわかってるかな、かな!? 一気に走り出すみたいに上っちゃって、それに追いつこうと走ろうとしたあたいが追いつけるわけないかな、かな!」
「いや、追いつこうとするなよ。どう考えても無理だろ」
「だったらあたいを置いて上っていかないでほしいかな、かな! 大体いっくんはあたいの恋人なら一緒に運ぶとかしてくれてもいいんじゃないかな、かな!」
「……例えばこうか?」
少し諮詢した後、樹は何かを両手で抱きかかえるような仕草をする。そういえば以前、冬がこのような体勢でずっと運ばれていたな、と思いながらである。
「ぉおぅ。まさかのお姫様抱っこってチョイス。さすがにハードルは高いかな、かな」
「いや、お前くらいならいくらでも持ち上げられるぞ。お前軽いからな」
「まるで何度も持ち上げてるような言いざまであるな」
「いやそりゃあまあ。毎日のようにもちあげ——」
「——あー! もう! そういうのはデリカシーっていうものをだね、考えてくれないかな、かな!」
縛が「なるほど」と一人納得したところを見て、チヨがほんの少し恥ずかしそうに赤くなった。樹は一人勝手に呆れている様子で、そんな樹に腹が立ったチヨが、その怒りの力を持って一気に階段を上がりきった。
「ふむ。できるではないか」
「そりゃできますとも! むしろあんたら助けにこいっていってんのかな、かな!」
「おおぅ。それはすまなかった」
あまりにも憤慨するチヨに、思わず縛が圧倒されて謝った。
「ほえー……ここも真っ白かな、かな!」
鳥居の下で息を整えたチヨが、鳥居から先——参拝用の石畳の道から先を見た。道と言っても、誰も来ていなかったのだろう、雪に埋もれてそこに道はあるんだろうな程度ではある。
自分と同じくらいの高さの積雪の中、遠くにうっすら見える社。そこが目的地なのだと思うが、その社への道をどうするのかと、呆けていると……
「『焔』の型」
縛が、あっさりと。
炎で雪を溶かした。
「『流』の型」
溶けて水となった雪を、『流』の型でコントロール。
上空まで高く持ち上げると、
「『疾』の型」
『疾』の型を使って、辺りに散らすように。
風にのせて、細かく放り投げた。
そこに現れたのは、綺麗な、まるで辺りが雪で覆われているかが嘘のような、境内。
くたびれた社務所と手水舎があって、石畳の参道の終着点に拝殿と思わしき比較的大きい社があった。
拝殿の近くには、拝殿以外での神を祀る末社もあった。
「……」
「どうした?」
じゃりっと。参道に敷かれた玉砂利を、「懐かしい」と呟きながら触れて見つめていた縛が、固まって動かない樹とチヨに気づいて声をかける。
「いや……まあ、さっきも見たから驚くべきではないんだろうが……」
「縛さんは、本当に『縛の主』って人なのかな、かな?」
「失敬な。これ以上に『縛』の型が使えるから、『縛の主』であるのだろうよ」
それはそれで、途方もないことではないのだろうか。
縛の底知れぬ強さに、樹はチヨとは別の意味で驚くばかりである。
冬達が社に向かっている時。
なんで道が綺麗だったのか不思議がっていた理由が、ここに。




