第367話:その場所へと
「いっくんいっくん、これみるといいかな、かな!」
見上げるとどんよりとした曇り空から降り注ぐ雪。
視覚だけで肌寒さを感じる駅前に降り立った樹は、背後で寒い中自分を呼ぶ楽しそうなチヨを見た。
背後の駅構内は、そこまで人も多くない。
平日だからか、だとしても都内でよく見ていた平日の光景は、どこの駅でも人が溢れていたと思う。
いくら田舎町とはいえ、県庁所在地の一つでもあるのだから人ごみは避けられないだろうと思っていたが、あまりの閑散さに駅正面の入口傍で呆けてしまうほどであった。
そういえば、以前、この都市について冬がちらっと言っていたことを樹は思い出した。
冬も情報屋の『ミドル・ラビット』から聞いた情報だったとは言っていた。
この都市は独立国家である。
という情報がまことしやかに囁かれている、と。
考えてみれば、夢筒縛と皇夏が生まれ、そして永遠名天津が封じられていた場所であると思えば、独立国家というのも嘘ではないかもしれないなどど、酔狂なことを思ってしまう。
そんなことを思ってしまうのも、先日その真相を聞かされたばかりでもあり、田舎町という都会とは全く違った新鮮な空気と長閑な光景に異世界に来たかのような錯覚を覚えてしまっているからかもしれない。
「で、どうした」
隣にきて樹と同じ光景を見たチヨが、「うわぁ、田舎町かな、かな」と周りの地元民が聞いたら少し怒りそうな一言を発したことに、こつんっと頭を軽くはたいてからそう聞いた。
「ほら、みてほしいかな、かな! 蒲鉾に板がついていないかな、かな!」
「……そうか」
それは、今必要なのだろうか。
思わず、そう思ってしまう。
「何をしておるか。そろそろいくぞ」
呆れてため息をつく樹に、移動するためのレンタカーを借りに離れていた縛が戻ってきた。
「いっくんとデートぉ、かな、かなっ!」
チヨたっての。許可証の権限を使わずの、許可証協会の息がかかっていない、一般の旅行をしようという、チヨたっての要望で、縛はパシられていたのだ。
「我もいるが?」
「あ。縛さんは保護者ってことでいいかな、かな」
「……あってはいると思うが、お主らの年で保護者は必要なのか?」
「まーまー。縛さんもいっくんも。私以上に楽しみなくせにー」
「「さほど楽しみではない」」
「そういうとこが似ているかな、かな!」
一人笑うチヨと、それをため息をついて呆れる樹と縛。
三人は縛が用意した車に乗りこみ、目的地へと向かう。
樹は、思う。
縛の、『縛』の型を昇華させた型式、『仙』の型を覚えることになり、遠くへ来たものだ、と。
そう思いながら、少しずつ、いろんな思惑が見えてきた気がしていた。
何度も繰り返したやり直し。そのやり直しの終焉は、夢筒縛率いる世界樹が支配する世界であった。
その世界が、いいとも悪いとも、樹は言えない。
自身がなぜ殺されなくてはいけなかったのか、その上で、チヨを助けるためにやり直しを繰り返しをしていただけである。
気づけば、世界を巻き込む話へと発展していることに笑いしか出てこない。
とはいえ、自分の失った記憶は、その世界について巻き込まれるべき記憶であったのだろうとも思える。
『縛の主』夢筒縛と、神を封じる役目を持った、『唐明大社の巫女』皇夏の子供。
封じられていた神が、今は世に解き放たれていて、その神は分霊をもってなにかしようとしていた。
そんな、物語の重要なキーとなりそうな役割を持つ自分と、同じような立ち位置の仲間がもう一人いる。
皇夏と、解き放たれた生神『永遠名天津』の子供、永遠名冬。
「冬。お前は……」
縛が運転する後部座席。隣で、外の景色を見て楽しむチヨに聞こえないくらいの声で、一人、呟く。
死に戻るチヨとは違い、共にやり直しをした唯一無二ともいえる仲間。
その冬の中に住まう、半神の冬に調整されたと思っていた、やり直しの型式『未知の先』は、最後のやり直しの直前、樹だけをその場に残し、冬をやり直しさせた。
騙されたとあの時思ったのを樹は今も覚えている。
結局は遅れてやり直しが出来たことで、そうではなかったと樹は思い直していたが、縛に、「半神を取り込めば人はおかしくなる」と言われたことで、考えが変わった。
あの時の冬とその後に起きた、一人取り残されるという状況を考えれば、冬自身だけをやり直しするために調整していて、樹がやり直しできたことはイレギュラーだったのではないかとも思える。
『人喰い』のような力を得ることが出来ないのなら、その力を自分で使えるようにすればいい。
至極簡単なことであり、それが、冬の中にいた、昔の樹を知る冬――あれが半神であったのなら。そして、その半神が、天津の分霊でもあり、天津そのものであったのなら。
「今のお前は、どっち、なんだ……?」
樹にはどうしても。
昔の冬と、今の冬は別物であり、今の冬がどうしても自分を騙したとは、思えなかった。
もし、操られているのなら。
もし、同じく騙されているのなら。
「ん? いっくん、なんか言ったかな、かな?」
「お前は外でも見てろ、ない乳」
「ほほー? そのない乳に毎日のように埋まっているのはどこのどいつかな、かな! いっくんの顔が埋まるくらいにはあるわぁぁっ!」
「いや、それはあまり聞きたくない話なのだが、せめて、我のいないところでだな……」
「あたいだって、縛さんにんなこと聞かれたくないかな、かな!」
「であろうな。なんだ、着痩せするタイプかなどと言うべきか?」
「まさかの、縛さんからセクハラかな、かな!」
二人が話し始めたことをいいことに、樹は車の窓から流れていく景色を見た。
土地が余っているのか、一つ一つが大きい民家は、乗車した頃に比べるとぽつぽつと疎らに見えるようになり、辺り一面が真っ白な世界へと変わっていった。
この向かう先。
縛と夏が生まれ、そして神が封じられていた田舎町。
その町で、神と対抗するための力――『縛』の型を昇華させた型式、仙術ともいえる、『仙』の型を覚えることになる。
「助けてやるさ。唯一の弟なんだから」
その型式で、冬を、昔の冬――半神から、救うことができるのなら。
移動する先。
そこに、因縁のある彼らが、少しずつ集結してく。
第九章:その『理』を穿つには
完
次回、設定を挟みます。




