第359話:『縛』が語る真相 2
「神……生神……だ、と……?」
縛の一言に、何を突拍子もないことを言い出したのかと、樹は自分の耳を疑った。
神という存在は、人が生み出した崇拝物であり、それそのものが存在していないと樹は考えていたからでもある。
樹自身、裏世界の住人であるという点も大きく作用していた。
裏世界は、神が起こす超常現象を、型式という力で人為的に引き起こすことができる。そのような世界で生きてきた樹からしてみると、神がもしいるならと考えるなら、それこそ、過去の裏世界の偉人達が神と崇められる存在であったのではないかとも思えていた。
だが、すぐにそんな考えを改める。
なぜなら、樹は、それ以外で、神とも呼べる存在に出会っていたからである。
自分たちより、いとも簡単に圧倒的な超常現象を起こす、存在――
「――狐面の巫女装束……」
「うむ。それもおそらくは、神の類なのであろう」
言われてみれば、と。
人と人の輪廻を繋げるなんてことは、人が出来ることではない。
そのようなことができる。やり直しをしている自分に語り掛けることもできる。それは、時間を支配しているようなものではないか。狐面がいた白い世界が、もし時間を支配する場所などであるのなら。そこに当たり前のようにいた彼女こそが神であろう。
樹は、『始天』という狐面の行った行為が、明らかに逸脱したことであったと思い至った。
そして。似たようなことができる男も、また知っている。
「刻族。……まさか、冬の友人の、水原凪という男も、それか?」
だとすれば、どれだけ近くに神がいるのかと。
神様のバーゲンセールでもどこかで行われているのではないかと疑ってしまう。
神様というものは崇拝するべき対象である。元々神を信じていない樹であるが、そのように名乗ってはいけないと、人並みには思う。
型式で、逸話にあるような神が起こした事象は起こすことができる。だけども実際に存在していたというのであれば、その逸話が描かれたその時に使われた力は型式で起こす事象よりも遥かに高等な力であった可能性もある。現に、狐面が行った事象は、そう言えるものでもあった。
だからこそ、神たりえるのだと、神の存在に樹は納得する。
「凪?……ああ、水原博士の息子か。あらゆる分野――特に並行世界について研究をしていた科学者であった。あれは人類の上位種。神と人の間の中間であるから、使い、または使徒ともいえよう。特に水原家は輪廻の輪があると言われる観測所なる場所の管理者の一族であるからして、神に近しい存在ではあろう。もっとも、『護り手』という特殊な存在となればこそ、とは聞いているがな」
「ほえぇ……あの人、そんなすごい人だったのかな、かな。ただのロリコンでシスコンさんかと思ってたかな、かな」
「いや、水原凪についてはそれであってるだろう」
「あの男の息子はなにをやっているのだ……」
スズを伴侶としようとしていた縛も同類ではないか。と樹は思わず言いそうになったがこらえた。
今目の前にいる縛は、未遂だからだ。
「神……まさかそんなのが出てくるとはな」
まさかまさかの、人を超越した、神。そして神の使徒。
冬という男に関わると、面白いことが起きるものだ、と、樹は思わず笑ってしまう。
「……ああ、そうか。そういうことか。冬も……」
永遠名天津。
裏世界で知られていない名前であるが、結びつけばそれが一体何者なのかも理解できた。
<殺し屋組合>
殺し屋組織『別天津』。
裏世界の殺し屋の頂点として名を連ねる存在。
天之御中主。
弐つ名に神の名を持つ、殺し屋。
唯一、裏世界創生の頃から代替わりしていないと言われる、伝説上の存在。
もしそれが本当であれば、生きた神であるということも頷けられ、また、そうなると冬も神の血を引いていることになる。
「半神。そのような存在を取り込んだとしたら、お主の体がどうなるかわかるまい?」
「本当だな……」
人の体に神を宿す。
そんなこと、可能なのであろうか。
だが、樹は、やり直し前に、『未知の先』で皆でやり直すために、過去の冬を、取り込んでいる。
「取り込んだ」
「……なに?」
「取り込んだ、と言っている。おそらく今も、な」
やり直しには膨大な力が必要で、半神の力が制御するために作用しているから皆でやり直しができたのであって、と。そう考えれば問題ないだろうとも思う。人が想像と創造で起こす現象と、神が起こす超常現象はまた別のベクトルの強さだと考える。そう考えないと、樹は自分が今の話を聞く限りに体に異常が起きていないことが、自分の体ながらに信用できなかった。
「……いや、それはなかろう」
「は……?」
取り込んでいないかと問いかけておきながら、いざその答えを伝えたらそれはないと言われる。
これほど意味不明なやり取りはなかった。
「取り込んだとしたら、お主、今頃アレに乗っ取られているだろうな」
「乗っ取られる……?」
「上位の存在であるのだから、人の意識なぞ一瞬で食い潰されるに決まっておろう。半神とはいえ膨大な神力を持つ。人の器は耐えきれん。特殊な体でなければな」
「なぜ」
「前例がある。その神力も、見えぬ力であるからこそ厄介ではあるのだがな」
「だが、『未知の先』の改変のため。条件と誓約をより強固にするために、あいつは……」
「だとしたらお主。騙されているぞ」
騙されている。その言葉は、すっと、すんなりと、あっさりと樹の中へと入りこんできた。
「まさか……」
最後のやり直しとなった、あの時。
一人だけやり直しせず取り残されたあの時。
裏切られたと思ったが、やり直しができたことで、裏切られたわけでもないと思っていた。
複数のやり直しということから、発動者だけが遅延した、と考えて自分を納得させていた。
本当に、もし。
もし。
冬が、やり直しを自分が行うために。
樹の持つ型式を、みんながやり直しができるようにではなく。
「俺の中に、溶け込むように消えたのではない。俺の型式を強化するために使ったわけではない……」
自分が。
自分だけが。
やり直しできるように、改変したのであれば。
「あいつは、自分が、やり直しをするために。俺を利用した」
冬は。
自分がやり直すために。
俺を、騙した。




