第356話:『縛』との密談 7
「ほぅ……焔を撃退した、と。そこまでの力を有しているのかお主は」
「ああ。だが、俺の型式『模倣と創生』のストックする力を使わなければどうしようもない相手だというのも理解できている。あれは、まさに最強だった」
「『模倣と創生』。我とともに作った型式ではないか。ふむ、それを使って、焔を倒せるのか?」
「倒しきることは可能だとは思っている。俺が知る限りのアレであれば、な。だが、『焔の主』と呼ばれる男が俺如きに倒される存在でもないとは思っているがな。撃退できるレベルの強さ、だな」
「うむ。いい分析だ。焔は強い。隠し持った力は計り知れぬからな」
話は樹が知った世界から、樹がどのように生きて、何を見てきたかに変わった。
その中で樹は、もっともやり直し続けた場面について話をする。
それは『焔の主』。刃渡焔の襲撃と、『焔の主』からチヨを守るための戦いだ。
チヨがどうやっても死んでしまう。
その辺りから、チヨも共にやり直しを経験しているが、チヨはなぜ樹がやり直しを繰り返していたのかは理解していなかったようであった。
チヨとしては、『焔の主』を倒した先に樹が進むべき道があると思っており、その上で自分は、樹が『焔の主』を撃退できなければ必然と自分が死ぬ、というくらいしか考えていなかったようで。
正しくは。
『焔の主』を撃退した先に。ではなく。『焔の主』に殺されるチヨを助けるために撃退する、であったのだが……。
「いっくん……」
感極まった。
まさにその言葉が似合うほどにじーんと感動したチヨが、樹をぎゅっと抱きしめた。
樹が自分のために戦ってくれていた。
そう思えばこそ、慈しみの心があふれていく。
「もう、死ぬなよ」
「努力するかな、かな」
次はない。
そう思えたからこそ、そうしっかりと言い聞かせるべきだと、樹はチヨの頭を撫でる。
おそらくは何度も死を経験したからでもあるのだろう。
ある意味、誰よりも死というものを知っている、といっても過言ではない。
チヨは、自分が死ぬことについては、痛いのは嫌であるものの、どこか他人の死のように無関心であった。
無関心であったから、自分が死ぬことによる弊害はなく、途中からは樹をやり直しの世界に留めるためのパーツであるとさえ思っていた節がある。そのためか、感情の欠落が発生している様子も垣間見られていた。その片鱗が、チヨの口癖ともなっている、「かな、かな」であることは樹もわかっていた。
まさかの、そこ以外の欠落によるものか、どれだけ自分が頑張っていたのか理解してくれていなかったのかと思うと少し気が抜けたが、それは巫女装束とオプション付きで勘弁してやろうと思う樹である。
「で、だ」
こほんっと、二人の世界にヒビを作る咳払いに、チヨが恥ずかしそうにばっと離れた。名残惜しそうに樹をちらちらとみているが、
「焔を倒せるようになってより世界を知った、ということであるな?」
「ああ」
「いっくん。ちょっとは恥ずかしがったらどうなのかな、かな!?」
すっと語らいからすぐにニュートラルに縛との会話に戻る樹に、不満を漏らすチヨは、二人が飲み干した飲み物を作り直すために席を立つ。心なしか、歩く音が、どすどすと怒りを表現しているように見えた。
樹はそれを、見ながらにやりと笑いながら縛との会話を続ける。
「好いておるのだな」
「ああ、自分でも驚くほどな」
チヨのことをどうしようもなく愛している自分。その自分がどうしてそこまでチヨを想うのか。そんなことを考えたことのない樹ではあったが、共にやり直しをし続けてくれて、文字通り命を懸けて自分を守ろうとするチヨを、樹自身が大切にしたいと思ったからなのかもしれない。
それが、コスプレに傾くのも仕方がない。
そう思い、一人頷く。
「……それから先は、夢筒縛、お前の世界が出来上がるのを何度も見た。『世界樹の尖兵』という、スズの体から作り出された兵士とともに、手伝いもした」
「世界樹に残っている数十体程度の実験体達のことか? あれで世界を支配できるとは到底思えぬな」
「いや違う。スズを手に入れて伴侶として。……ほとんどが冬を人質にして『苗床』で生産させ続けていたな。時には別の男と配合もしていたようだが。そこから生まれた新しい尖兵だ」
「ふむ。……『苗床』を、伴侶、と。我がそう言っていたのだな?」
「? ああ、そうだな。確か、冬も夢筒縛と戦った時に、スズのことを伴侶と言っていたと聞いている。違和感はなかったぞ。現にチヨのことも俺の伴侶と言っているだろう?」
チヨが戻ってきて、煎茶が新しく出された。コーヒーカップを回収したチヨが洗い場に向かう間、縛はじっと考え込むようにおとがいに手を当てて、静かに煎茶を見続けていた。
 




