第352話:『縛』との密談 3
『縛の主』夢筒縛との敵対。
思い出す。
それはどんなときだったか。
それは――
『――目覚めたのか』
それはあの時。
その言葉とともに、『縛の主』がにやりと笑顔を向けたとき。
『なるほど。ならば、これはいらんな』
『――え?』
そう言って何の前触れもなく。
目の前でチヨを『人喰い』で食い散らかされたとき。
『……なに、を――?』
『なぜ、この奴隷を殺したか、そう我に聞きたそうだな』
それは、何が目の前で起きたのか分からず。
ただ単に、冬とスズを殺した『縛の主』になぜ殺したのかと問いかけただけでチヨを殺され、混乱の極みと眠気と初めて戦ったとき。
『――いらんだろ。目覚めたのなら。お主が人として生きるための補助と、精神安定剤の役目に連れてきただけだ。お主が成熟すれば目覚めを早められないかと思って連れてきた優良株な奴隷だしな――』
――初めて。やり直しを経験した時。
『縛の主』に冬とスズに会いたいと言われ、スズは自分の子だと唆され、そして連れて行ったその先で、二人を無惨に殺された時。
自らも、『食す』と形容される『人喰い』によって、スズと同じように削り食べられたであろう時。
その直後に、「家畜を育てる生産者の気持ちじゃない?」と狐面の巫女装束の女性と出会った時。
『――奴隷を買ってきたのだが、いるか?』
やり直しの旅が始まった、あの時。
「――我は、お主と敵対する気はない」
気づけば、樹は。
自らの相棒――漆黒の鎌を、縛に向けていた。
その首元に。一掻きでその命を失わせることのできる距離で。
「……いっくん」
チヨが、心配そうに樹と縛を交互に見ていた。
樹は、自分のことはよかった。それは、先の通り、自分が強いためである。いくらでも逃げることだってできるからである。
だが、そこに、最愛――チヨが死の危険に陥るなら話は別であり、チヨは樹のように強いわけでもない。
彼女の死を何度も見ているからこそ。
チヨが無惨に殺される様を助けられなかった後悔が胸にあるからこそ。
そして。
その死が、最後であると理解できたからこそ。
チヨを。チヨを殺そうとする相手を、敵を。
目の前で何度もチヨを殺したその相手に。
こんな悠長に、相対していてはならないのだと。
チヨの死を。危険を取り除くためにも、今この場にいる縛を、殺さなければならないのだと理解した。
チヨが『縛の主』によって殺される条件。
それは、樹が、『縛の主』にやり直しをしていることを知られたとき。そして、目の前に、チヨがいるとき。
それが、『縛の主』と敵対しチヨが殺される条件であり、今がちょうど、その状況にマッチしていた。
「……もう一度、言う」
「……」
「我は、お主と、敵対する気は、ない」
信じられない。
何度も、やり直しをしてきたからこそ。
「信じられない……」
言葉にする。
想いを吐露する。
だけどそれは。どこか。
どこか、信じたい。そう思う心がどこかにあって。
やり直しで何度も痛い目を見てきた。
なのに、どうして信じようと思えるのか、樹はそんな自分にも戸惑う。
樹も、分かっていた。
ここまでして。自分に命を握られている状況に関わらず、抵抗する素振りもなく、ただ敵対の意志がないと言うだけの縛をみれば。
だけども。
やり直しの型式『未知の先』がなくなったとしても。その怒りが綺麗に消えたとしても。
彼の中では、
チヨを何度も殺した。
見殺した相手。
である。
その妄執は、心のなかからすんなりと消えてはくれない。
「お前は、何度もチヨを、殺した」
ただ、それだけ。
それだけといっても、人の生死が関わったそれだけであって、それは樹達が普段いる裏世界では当たり前な日常でもある。
だけども、それが今、樹には許せることではない。
自身が、その当たり前を許可されている証明書――殺人許可証をもっているとしても。
「……『弁天華』を? 我が?」
「お前は、俺の仲間を。そして、俺も」
「我ではない。少なからず、やり直しをしているのなら、やり直しのその時間軸の我であり、今お主の前にいる我ではなかろう」
そうだ。この目の前の男ではない。
でも、同一の存在だ。
得体の知れない男だ。何を考えているのかさえ分からない男だ。だからチヨを急に前触れもなく殺せるのだ。
目の前の男ではないかもしれない。だけども同一の存在であるからこそ、同じことをする相手であることは間違いない。
樹の手に、ぐっと力が入る。
「それに――」
殺される前に殺す。
チヨに手をかけられる前に。
そう思ったタイミングで、『縛の主』は、牛乳瓶を外して樹と目を合わせた。
「我の愛した女。皇夏の忘れ形見とも言えるお主を。我が、殺すわけがなかろう」
すめらぎ、なつ。
それは、誰のことだ?
樹は、何度もやり直しをしたその中でも、聞いたことのない名前に、動きを止めた。
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