第349話:突飛な『縛』
『話がしたいのだが』
裏世界。
<鍛冶屋組合>に所属する鍛冶屋が密集する地域。
その組合は、裏世界の兵器をすべて作っている、と、そう言うことが冗談でも嘘でもないと言えるべき生産力を持ち、一つのコミュニティとして、世界樹に侵食されていく人が住める地域に君臨している。
そんな一画から少し離れた場所。
そこに、一人の鍛冶師がいた。
<鍛冶屋組合>の『弁天華』と呼ばれる女性。
以前は組合の紅一点として、珍しいものを見るかのように扱われた彼女ではあるが、ある時から協力者を得て一気に裏世界を席巻した。
彼女が作る作品は、美に溢れ、切れ味よく、壊れにくい。裏世界の新たな業物として広く知られることになり、今では女性でも作ることができると知らしめたことで、<鍛冶屋組合>に女性が増加する一端をも作り上げた。
今や<鍛冶屋組合>では、出会いのなかった鍛冶師達に出会いができ、人口増加にも繋がるという副次効果も生まれ、大盛況である。
<鍛冶屋組合>所属。
『弁天華』の弐つ名持ち。
万代チヨ。
彼女は、前『焔の主』であり、<鍛冶屋組合>を裏世界に作り出したと言われる、『焔帝』、万代キラの娘だ。
二代揃って裏世界に変革を齎すことになったその一家。父親は現『焔の主』、刃渡焔によって倒され、そして彼女も奴隷へと堕ちた。そんな窮地に陥れられながらも、どん底から這い上がり、今や彼女も<鍛冶屋組合>になくてはならないキーパーソンとなった。
今では彼女のことを、こう、言う。
『焔帝を受け継ぐコスプレ鍛冶師』
『弁天華』
万代チヨ。
と。
「――なんていう、チヨを<鍛冶屋組合>でより華やかに活躍させて名を馳せさせるために考えたナレーションを、これから世に打ち出そうとしたタイミングで連絡してくるとは」
『いや……我にそれを言われても知らんが』
「これからチヨのためにコスプレをより精錬する時間もあるから話をしている余裕もないんだけどな」
『……我が子とも言えるお主からそのような性癖を聞かされると、気持ち悪いというか、むず痒いというか。妙な気分にはなる』
電話越しの相手に対して、怒りが治まらない。
<鍛冶屋組合>から少し離れたその一画。
ぽつんと一軒家だけがあるその地域は、万代チヨの鍛冶工房。
そこは、奴隷であったチヨを身請けしたB級許可証所持者『大樹』の家を改装した、二人の家である。
新許可証協会。
B級許可証所持者『大樹』
千古樹。
彼が、父ともいえる相手、裏世界最高評議会『高天原』四院の一人『縛の主』夢筒縛から譲り受けた、家。
チヨのために創り上げた工房と一体化したその家は、一階にチヨの鍛冶屋工房と接客用のフロアを併設。キッチンカウンターの先に隠された階段からあがると居住スペースもある、二階建ての比較的大きめの家だ。
一年前。
裏世界で冤罪をかけられて逃亡者となった彼の同期、永遠名冬を助けるために戦場となった家。
そして、『焔』の型の使い手達によって燃やされ、新たな型式を編み出した―当人は新しいとは認めず、複合型式という―A級許可証所持者『紅蓮』こと青柳弓の『参』の型により跡形もなく消滅した家でもある。
『……最近、冷たくはないか?』
「最近も何も、チヨが来た頃から俺はこんな感じで接していると思うが」
『そこだ。そこが気になるのだ。我がお主に奴隷を与えたからか? 奴隷は好ましくなかったか?』
「それはむしろ感謝している」
『では、なぜだ。消滅した家さえも、こっそりと新たに作り直したというのに』
……どうでもいい。
思わずため息が出てしまうほどにはどうでもよかった。
とはいえ、消滅した家が綺麗に、より大きくなって作り直されていたのは助かったのだが。
『まあ、それも含めて。最近のお主がなぜか我を避けていたことも合わせ、何があったのか聞きたくてな。向こうの陣営に深く入り込んでいるようではないか』
「……」
避けている。それは当たり前だ。と、樹は思わず口に出しそうになった。
樹は、やり直しの型式『未知の先』によって、やり直しをしている。
そのやり直しをすることで起きるデメリット。
それは――
「なにを、聞きたいんだ。夢筒縛」
『縛の主』夢筒縛。彼への怒りが発動条件である『未知の先』は、怒りを蓄積し増幅していくというデメリットがあり、今のやり直しに至る直前では、見ることもなく、目の前で声を聞くだけで発動するほどまでに達していた。
『いや、それらを聞きたいがために誘っているのだが……うむ。やはり冷たいな』
電話越しであればまだなんとか、ではある。
そうであっても、無条件で怒りを覚えてしまう相手なのだから、望んで話したいと思わないという理由もあり、極力話をしないようにしていた。
「そもそも、今は俺と夢筒縛は、敵同士だろう」
『我はそうは思ってはいないが。……むしろ、敵であっても話をしてはいけないわけではあるまい? それに、敵で倒すべき相手なのであれば、のこのこ出てくる好機なわけではないか? なんせ、その敵である首魁が目の前に出てくるわけだしな』
「……」
その誘いは、今回に限っては、樹もまた、気になることがあったので好都合ではあった。
それは。
「まあ、いい。で、どこで待ち合わせればいい」
樹は、永遠名冬とやり直しをして以降。
『縛の主』夢筒縛に、やり直しをしてしまうほどの怒りを、覚えなくなっていた。




