第343話:あらたなる力の目覚め 13
「……鎖姫。前々から気になっていたんだけども。………君、型式を使わないよね?」
「使いませんよ。使わないではなく、使えるけども使ったところで意味がない、ですね」
まるで踊るような動きでボールの奪い合いをする二人。
奪い合いと言っても、姫が持つそのボールを、弓が奪おうと動き回っている形ではある。
いくら隙を突いてボールを奪おうとしても姫に潜り抜けられて、弓の手はボールに掠りもしない。
弓は『疾』の型で速度をあげ、『焔』の型で身体強化をしているのだが、型式を使わずうっすらと光る姫に、手も足もでないとはまさにこのことだと痛感しているところであった。
型式を使えないファミレス勢や、これから覚えるために、コートの端で雪と春、雫にレクチャーを受けている和美と未保の二人からしてみると、誰もいない場所から激しくボールが叩きつけられては、きゅっきゅと、まるでラップ音のようにも聞こえてくる音がしてくるだけであり、辺りが暗ければホラーにも感じるような状況でもある。
二人の戦いを邪魔しないよう、ハーフコートでバスケを楽しむ――ただし、こちらも型式込みなので凄いことになっている――先程と同じ組み合わせに、なぜか座敷わらしの陽が半泣き状態で加わって行われている冬達でさえも、その二人の動きは、その中でも最も能力に秀でた瑠璃でさえ二人の動きをぎりぎり追える程度で、その中に入って付いていけるとは到底思えないレベルでの応酬だった。
その二人の動きに、
瑠璃の「さすが兄さん」に拍車がかかり。
冬の「ひめ姉と師匠、まだ早くなるんですか」と二人への尊敬が増し。
「……メイド服がひらっひら揺れるな、よし、メイド服にしよう」と樹の決意は固くなり。
ポルターガイスト的なコートを眠そうに見ていたチヨから「なんで!? メイド服でなにするのかな、かな!?」と驚きの声があがり。
「いやぁ、ついていけへんわぁ」と松が型式の凄さに驚嘆。
「はわわわわっ!? 瑠璃様! 私にボールを回さないでください!」と時折ボールを瑠璃からにこやかに回されてトラベリングしながら姿を消す陽を、皆が「どこいった!?」と追いかける、バスケットボールではなくかくれんぼや鬼ごっこの様相を呈すほどである。
「それは、さっき言った、協会長の型式が下位互換の能力ということにも関係しているのかな?」
「私の使う能力からしてみれば、型式そのものが下位互換の能力ですからね」
ひゅんっと風を切る音とともにその姿をコートに現した弓に、誰もが動きを止めた。
姫のその回答に、弓は滅多に見開くことのない狐目のその目を開いて姫を凝視する。
「……まさか、『根源』?」
「根源?……ああ、なるほど。私の――」
弓の驚きの声に、周りが先ほど説明を受けた型式の元の力、『根源』を思い出し、そしてその『根源』が姫の使う力だと弓がいったことに驚いたタイミングで、姫の体から白い光が立ち上る。
辺りの、広いながらも狭いコート内を一瞬、光は満ち、眩しさに誰もが光に目を反らす。
「――この力……『守護の光』の変化系が、型式のベースになっているということに、気づいたのですね」
誰もがその言葉に、眩しさに目を細めながら光を発した姫を見る。
そこにいるのは、後光のように光を発した姫がいた。
腕から生える機械の塊。その塊は、白き穢れのない光を発してそこに現出し。
鎖のように、背後に繋がるは、数珠繋ぎの銃弾の束。
小型化された持ち運び可能なガトリング式の銃。
水原姫の弐つ名と同じ名を持つその武器――『鎖姫』だ。
「君は……」
必死に覚え、気づき、そして知ったその能力の原形。
それをたやすく扱う目の前のメイド。
弓は、その姿を初めて見た。
話に聞いていたその姿。
強さを兼ね備えた女神のごとき美しさ。
クラシックタイプの黒いメイド服が、より彼女を美しく、妖しく、荘厳にその姿を見せていた。
「むしろ私としては、型式がどのようにして人が使えるように簡略化したのか気になるところではありますよ」
「僕が……やっと辿り着いたその力を、使える人が今ここに……」
弓は愕然とした。
ただ、それは絶望や焦り、嘲りといった類のものではない。
なぜなら、
「紅蓮。独学でこの力に辿り着いたというのは、とても素晴らしいことですよ。普通そこに至ることはありえない。貴方がいったその『根源』と名付けられた力。その力へと辿り着くのは並々ならぬ努力と精錬があったのだと、そう感じられます。誇りなさい。あなたは、人類の中で偉業を為したといっても過言ではないでしょう」
自分が知ったその上位の力を、使える相手に、敬意を払うことができたから。
その力が人に使える可能性が、その完成形が目の前にあったから。
「……君にもう少し早く会っていれば。惚れていたかもしれないね」
「あなたのような方にそう言われるのは光栄ですが、私には御主人様がおりますのでお断りいたします」
天井から差す光より更に輝かしい光を消して、姫は弓へとカーテシーにてお詫びをした。
そんな姫を見て、「いやぁ、フラれちゃったね」と弓は笑った。
そんな弓の、フラれながらも最高の笑顔を見た数週間後。
型式にはまだ上があり可能性があると知った、冬にとっては、一度は死に別れした皆との至福の憩いの時であったあの時。
報告会が終わって、また次に会うときを楽しみにしていた時。
『いいですか、冬。よく聞きなさい……決して、決して。取り乱さないように』
冬の家。
以前皆ではしゃいだあの時が、まるで昨日のように思えるまだその時に。
枢機卿が、冬へと伝えた。
『紅蓮が、先日、亡くなりました』
「……え?」
冬の頭の中が、真っ白になった。
第八章:新生
分章:弓の型式講座は突然に。 完
この話以降、一気に話が加速していきます。




