第340話:あらたなる力の目覚め 10
「この家、なんでもあるわね……」
そんな言葉をぼそりと呟いては、飲み物片手に目の前を楽しそうに見ているのは、【ミドル・ラビット】という情報屋とファミレスを経営している香月美保。
「そうですね、御主人様の息のかかったマンションですから」
「あー、御主人様、ねぇ……そんなに凄いとこなの?」
「え、知らないの? 水原凪って人でしょ、御主人様って言ったら」
御主人様が代名詞みたいになっているわねと、あまりにもその人を特定の人が『御主人様』と呼び続けていて、本来の名前よりそちらが定着していることに、また、その御主人様という存在は、香月店長としても関係のある人であるから納得できてしまっている自分もいて、ふぅっとため息をついた。
「華名財閥の御曹司よ。財閥トップの華名貴美子さんの再婚相手のお子さんだけど、華名さんの娘さんと婚約してるわよ」
「ん?」と、自分で言った後、香月店長は妙に違和感を感じた。
親が再婚していて連れ子。その場合は義兄妹になるわけよね?
親は結婚したままで、義兄妹同士でも婚約? つまりは結婚するってことよね?
それに、確か……実妹とも婚約してなかったかしら。愛人は別として。
と言う違和感であるのだが、考えると泥沼にハマリそうな気がしてもやもやとした考えを頭を振って考えを振りきる。
「ああー。あの裏世界に資金提供してくれてたって表世界の大財閥の……ん? あれ? 知り合いなんですか店長」
「知り合いというか……ねぇ……?」
「店長さんの旦那様の町長――こほんっ。橋本正が御主人様と関係してますね。私と御主人様の関係とは天と地ほどの差がありますが、それなりに友好関係はありますよ。ハシタダ・シモトとしても、戦友としても」
何の対抗よと思わず呟きながら、自身の恋人がその界隈の知り合いだったということにそこまで詳しくない香月店長も、その話はもう少し聞きたいところではある。
「へー……立候補したら玉の輿? だって財閥とかのお偉いひとは囲い込みあるでしょ?」
「どんな偏見よそれ……」
きゅっきゅっと靴が鳴らす軽快なステップとリズムが鳴り響くその部屋。
そのリズムに合わせてだんだんっと絶え間なく聞こえる何か丸いものを叩きつける音を聞きながらファミレス勢達はここにいない御主人様の話で盛り上がる。
「諦めなさい。すでに正妻、側室、愛人枠は埋まっておりますし、そこに幼馴染の男枠とその彼女枠もすでに埋まっています。もう入り込む余地があるとしたら……ないですよ」
「ないかぁ……いや、あってもいかないけどさ。私は冬君一筋で行こうって決めてるから、曜日も決まったしね」
「……曜日?」
「冬くんを曜日ごとにシェアして一人ずつ恋人になろうとか騒いでたの、本気にしてるのあなた達……」
と、そこで香月店長とその場にいたファミレス勢の会話がぴたっと止まる。
ここは観客席。
煌びやかに光る中央のコートを囲んだ席の一部で、自分達しかいないその観客席にすんなり会話に入ってきていた謎の声に、誰もが驚き言葉を失ったのだ。
「そのシェアは、弟として冬を愛でるという項目は入っているのでしょうか?」
「……ないわよ。あっても貴方の場合は会えば愛でてるでしょう?」
「当たり前です。私の唯一の弟であるのですから愛でるに決まっているでしょう?」
その『弟』という部分もどこか違うのだけれども。
と、香月店長だけでなくファミレス勢の誰もが思う。
そこにいるのは、メイド。
頭にはメイドの象徴ホワイトブリム。
黒を基調としたエプロンドレス。
その上に、フリルの着いた穢れを知らない純白のエプロンを纏う女性。
真性の、洋風のクラシカルタイプのメイド姿の美女だ。
「あなた、いつ来たのよ」
「つい先ほどですが。ああ、枢機卿にはしっかり伝えて正面から入ってきておりますよ」
「……待って。幼馴染の男枠って、なに?」
「私の御主人様は、どちらもおっけーですからね。さすが御主人様。さて、そろそろ私の疼きも治まらないので疼きを止めに行きますね」
「疼くって……まるで禁断症状みたいなものになってません? それ冬君に対する疼きですよね?」
「当たり前でしょう。弟を半年は愛でていませんからね。では――」
ファザコンでマザコンでシスコンでロリコンで男もイケて人外もなんのその。
そんな本人の知らないところで語られる不名誉な人物像と、そんな不名誉な称号を語られる水原凪の、その称号内の愛人枠に収まる彼女。
水原姫。
B級許可証所持者『水原』である彼女は、颯爽と目の前の観客席から飛び降りた。
その。『弟』と愛して止まない――永遠名冬のいる場所。
バスケットコートへ。と。
なぜかあまりにも熱中しすぎて、次の話と本話があまりにも長くなったので分割しました。
最後の言葉から分かる通り。
時々このお話で発生する、例のスポーツ話です^^;




