第333話:あらたなる力の目覚め 3
「青柳さん、それ、私も手に入れられるのかしら」
「え? そこの協会長さんに聞いたら?」
「買わなくてもプレゼントくらいするぞ。何に使うのかはしらんけど」
突然の質問に、「それもそうね」と香月店長はおとがいに親指を添える。ほんの少しの諮詢の後、
「……いえ、ね。ほら、自分達の身を少し守るくらいには使えるかしらって」
と、周りの三人を固まらせる発言をした。
香月店長は型式や特殊な力を使えるわけでもない、情報屋というただの人である。その情報組合に属する『ミドル・ラビット』という情報ギルドと、その配下にいるファミレスの十人の情報屋の、表世界ではちょっと逸脱している彼女達は、これから苛烈を極めていくであろう争いの中で、情報屋としてこれからも裏世界で生き、仲間達を守り守っていくには、人を雇ったり等、様々な防衛手段を考えていく必要があった。
そのうちの一つが、仲間の許可証所持者であるこの場にいる彼等彼女達が使う型式。彼女達が使うことの出来ない型式を、使えるようにならないか、ということであった。
裏世界で生き抜いてきた猛者達がこぞって使う型式という力。
それが使えるのであれば、自衛ができるのである。
彼女達は、まだ型式というものを間近で見てはいない。
その習得方法も知らないが、それでも道具のようなもので型式の恩恵にあずかることが出来るのであれば、と香月店長は先の会話でふと思いついて口に出してしまったのだ。
「「「……」」」
とはいえ、その発言自体はおかしいことでもなんでもない。
だが、春と雪、そして弓の三人はそんな発言が出ること自体おかしいと言葉を失ってしまっていた。
ここで、互いの認識に違いがあるのではないか、と瞬時に三人は考えを巡らせる。
三人が三人。瞬時にゼロコンマの世界で目で会話をして、何が起きているのかと互いに意見の交換をしあった。
それこそ、春の型式『刻渡り』でも発動しているのかと思うほどそのやり取りは一瞬であった。
認識の齟齬。それが何か。
彼女達は一度裏世界の殺し屋達に目をつけられて拉致されているということはこの場にいる誰もの周知の事実である。今も後遺症を持つ被害者が二人、冬のそばにいるわけである。
冬や、樹、枢機卿や姫、チヨといった一部のやり直し組から聞いた話によると、彼女達は裏世界で無残な殺され方をして、春が操られた彼女達を倒したというのだから、信頼の置ける情報屋として、仲間としても、ここにいる誰もが彼女達を守る対象となるのは当たり前であった。
だが、それは彼女達が一方的に守られるという意味ではない。
彼女達が手に入れるディープでアングラでもあり、浅く広い世間的な情報等をもらっているのだから、WIN-WINな関係でもあった。
だけども、彼女達は守る自衛というものをもっていない。だからそのような考えに行き着いたのかと三人は意思の疎通をした。
護衛を雇う。そのようなことは大きな組織であれば可能なのであろう。
だが、彼女達は小さな規模である。小さな規模ながら大きな情報ギルドにも負けないほどの質のいい情報屋である。質はよくても小さいからこそ、毎日数名、それこそ場合によっては二十四時間三百六十五日護衛を雇うというのは金銭的にも難しく、また信頼のおける誰か――それこそ、ここにいる仲間達を毎日雇うなどであればいいのだが、紹介されてきた知らない相手に護衛されるというのもまた難しい話なのである。彼女達は、女性だけで構成された情報ギルドだからということもある。
そんな稀有な彼女達を、協会長含む心優しき仲間達が、捨てるわけがない。
彼女達が自衛を考えずとも、すでに弓によって指示された『月読の失敗作』である二十五名の『A』室の実験体たちの数人が、ローテーションを組んでさりげなく護衛をしていたりするのだから、護衛はばっちりなのである。
失敗作とは言われていても、『A』室という特異な存在である。そのポテンシャルはどの試験体よりも強靭である。
表世界では、それこそ、裏世界でも、過剰防衛でもあることは間違いない。
彼女達が裏世界を移動する際には更にここにいる誰かが一緒に行くのだから、そんじょそこらの殺し屋達が彼女達に危害を加えるという状況は起こり難い
『A』室の彼等彼女達も、今まで裏世界の実験室から逃げて隠れていたことから、任務――自分達が求められていると感じることのできる仕事を与えられて、常に張り切っているほどである。
三人は数秒の沈黙の後、行き着いた。
それを、彼女達に伝えてはいなかった、ということに。
香月店長の発言に、新許可証協会を支える三人から、「何を今更」の無言の後の目線でのやり取りから「「「あっ」」」と小さく声が出た。
そんな凡ミスに揃って顔を見合わせて誰も言っていなかったのかと、今度は責任の押し付け合いを目だけでしだす。
ファミレス勢に伝わっていない。そのような護衛が行われていると、バレていないということがよく分かる話ではあった。
「て、てんちょーさん。なんかこー、ふんがって後ろからツボを鈍器代わりに使う殺人事件とかするの? さすがに表世界でやられちゃったら庇いきるにも限界があるけどー?」
そんな、場の空気を正そうとしたのか、それとも素なのか分かりづらい、素っ頓狂なことを言う雪に、
「普通にアニメの世界だろ。ツボを持って後ろからバレずに襲いかかるとか普通ありえんからな。そんなん気づくわ。何を言い出したかと思うぞこの嫁は」
「ツボだったら高いところから落としての計画犯罪とか? さすがに持って戦うとかはないかな。というか、ツボを武器ってかなりリスク高くない? 壊れるよ? 都度都度お金もかかりそうだしね。あ、なるほど。そうやって生産者と消費者のバランスを保つんだね、さすがピュア。考えることがSS級だね」
『春と紅蓮に同じく。そもそもツボ、重たいですよ。中に物が入っていること想定しても武器としては使いづらいものをなぜそのように使うとか。呆れますね……。だからあなたには冬の実姉を私に譲りなさいと言っているのですよ。どう考えても姉ポジションじゃないですよあなた』
「なんでそんな辛辣!? すーちゃんなんて実姉譲れって、言ってることおかしいからねっ!? 譲れるものじゃないよねそれっ!?」
それぞれの冷たい意見が降りかかり笑い合う。
……誤魔化したとも言うが。
そんな、複数の食卓で盛り上がりは見せながらも、食事会はいつも通りに楽しく過ぎていく。




