第332話:あらたなる力の目覚め 2
わいわいと、やっとこさ食事会という本来のテイを為すことのできたそのリビングでは、冬や瑠璃、松達がファミレス勢の皆と近況を報告しあい、その姿を春と雪が微笑ましく見つめながら食事を楽しんでいた。
「ねえ、瑠璃。君は本当に……今度は僕に最初に話してから皆に話したりしてくれると嬉しいよ?」
「いや、兄さん……本当にごめんって言ってるじゃないか」
「瑠璃さ、イッチとニー以外にも伝えてなかったでしょ」
「あ。そうだね。二人はその場にいたから、てっきり二人から皆に伝わってるかと思ってたんだけど……」
「二人は瑠璃とよく行動してたからだけど、他は僕と行動してたから知るわけないし。他が知ってたら僕も知ってるよ。それはそれで腹立たしい気もするけどさ」
「ああ、そりゃそうだね。全然気づいてなかったよ」
「それだけ陽さんに振り向いてほしくて必死だったってことかな。……だったら勝手に言ったら瑠璃は怒りそうだね」
「怒らなぁ――……ああ、うん。確かに怒ったかもね」
「お、怒らないでください瑠璃様」
「怒るけど怒らない。うん、それでいいよね」
食事会が始まってすぐに瑠璃の『首とんっして背中とんっからの本人うっ』によって目を覚ましては、食事を必要としない枢機卿とともに配膳にそそくさと動いていた陽が、瑠璃の怒る発言にびくっと驚き声をかけると瑠璃が瞬時に言葉を裏返す。
そんな瑠璃を間近で見て、松が心底恐ろしいものを見たという顔をして呆れる。
「ほんま、仲ええなお前さんら」
「羨ましい限りですね」
「え、冬……。私達もあんな感じじゃない?」
隣で丸っこい一口サイズのカツをはむっと食べながらスズに言われて、冬の動きが止まる。じっと瑠璃と陽を見ると、背中にピンクの景色と何かを背負ってるようにも見える。
周りからこんな風に見られてたんですね……。
思わず自分の私生活を第三者目線で見たようで、うっと唸ると、
「いや、お前さん、これの三倍やからな?」
「さ、三倍……」
「スズちゃんと未保ちゃん、和美の三倍だったものがこれから七倍になるかもよー?」
ファミレス勢の一人、白羽二重が冬に「にひひっ」と笑いながらそんなことを言うと、とてとてと歩いてきた雛菊牡丹がくいっと冬の袖を引っ張って自己アピール。
「で、私達のことはいかにっ!」
「リン。酔っ払いみたいになってるわよ」
お酒は春たちのために出ているものの、誰もが食事会の後の話のためにも自制しているはずであり、彼女たちにお酒は出ていない。単なる雰囲気酔いにかかって絡んでくる白紋綸子を正絹梅がぐいっと一口ジュースを飲みながら止めにはいった。
そこからはスズと未保と和美が四人相手にわーわーと冬のことで騒ぎ出してうるさくなるのはいつも通りである。
「いつもながら、冬くんはモテてるわね」
「なんであんなにモテるのかわからんがな」
「やっぱ弟みたいなところが庇護欲そそる感じだからかしら」
「いやいや、そりゃ私の弟だからでしょー?」
「お前の弟だったら絶対モテるわきゃない」
『あなたの弟だからではなく、私の弟だからモテてるんですよ』
「すーちゃん……私、冬の実姉よー……?」
そんな騒ぎもいつも通りと、騒ぐ若者よりちょっとだけ大人な数名は、お酒をちびちびと飲みながら騒ぎを肴に食事会。
「そう言えば協会長」
若者勢からこちらへと移動してきた弓が座ると、枢機卿が弓の手にお猪口を持たせてなみなみとお酒を注ぐ。
「おや、日本酒だね。……あれ? このお猪口、ちょっと大きめだね。透明なグラスかと思ったんだけど」
持たされたお猪口を自分の前まで持ってくるとキツネ目のその目で見えているのか分からないがじろじろと見る弓に、枢機卿が答えた。
『そば猪口と言うそうです。お蕎麦のつけ汁を入れる容器ではあるそうですが、ちょっと高級なものを用意させて頂きましたよ』
「へぇ」
『紅蓮にちょうど似合いそうだと思って購入しました』
「僕用のとかあるんだ」
『皆様のも用意させて頂いておりますよ。頻繁に出入りされるでしょうからそれくらいは』
「嬉しいね。これからもちょくちょく遊びにこさせてもらうよ」
『冬が喜びますよ』
弓がすでに飲んでいる三人を見てみると、見た目が少し違うグラスを用意されて飲んでいる様が見て取れた。弓はその様を見て、自分も枢機卿や周りに認められてこの場にいるのだと嬉しくなり、ぐいっと一息で用意されたそば猪口に注がれた日本酒を飲み干した。
「で、何か俺に聞きたいことがあったのか?」
紅蓮のグラスにもう一杯日本酒を注ぎながら春が聞く。そんな春に近場のビール瓶を持ってお返しする。
「いや、他愛もない話ではあるんだけどさ。……表世界の骨董品屋、最近どうなのかなって」
「うっ……」
弓に注がれたビールを一口飲んだところで痛いところを疲れて春が苦い顔をした。
『ああ、あの儲からない骨董品屋ですか』
「も、儲からないとか言うな……」
「あれねー。協会長になる前に、最初は私をここの売り上げで養ってやるーとか言ってたんだけどねー」
「いや、それは十分にできてただろう」
「出来てないわよ。まったく人来なくて売れてなかったじゃない」
「いや待て。あれは単なるディスプレイであってだな。ほとんどはネット注文でなんだかんだで儲けはあったんだぞ?」
「えー」
『信じられませんね……』
そんな二人に疑われる春を見て弓が笑う。弓はどうしても信じてもらえない春に助け舟を出すことにした。
「いやいやお二人さん。本当に儲けはあったんだよ」
『……紅蓮が言うなら、本当なのでしょうか』
「いや枢機卿……そりゃないだろ……」
「あそこの骨董品屋から流れてくる品物はね、型式が馴染むそうなんだよ」
弓がくいっと日本酒を飲む。いいお酒だと後味にしばし余韻に浸っていると、目の前の三人と一体の動きが止まっている事に気づいた。
「……いやいや、なんで協会長も驚いてるのかな」
「い、いや……本当か、それ?」
「本当だよ。とは言ってもさ、骨董品屋で売ってるのって、怪しげなツボだったりな陶器がメインだからそれを何かに使われるとかはないみたいだけどね。……せいぜい、表世界で体が少し丈夫になったとか運気が上がったとか、そういう話でコアなところに人気が出てるってところだけどね」
春は、その話を聞いて深いため息をついた。やはり煙草が欲しいと、着ているジャケットの裏ポケットに手を延ばしてみるが、そこにいつもの煙草がないことにがくりと更に肩を落とした。
『春。あなたいまだに喫煙したいとでも?』
「いや、したいというわけでもないんだが、もう癖だよな」
『吸ったらどうなるか分かりますか?』
「いやぁ、さすがに娘同然のお前に怒られるのは……」
『姫さんが怒ります』
「それ、しゃれにならなくねぇか!?」
理由があって禁煙中の春ではあるが、やはりすぐに禁煙というわけにはいかないようだ。
本気で怒りそうな、ここにいないB級許可証所持者のメイドを思い浮かべ、春は我慢我慢と心の中で唱える。
春の煙からの脱却は、まだまだかかりそうであった。




