第331話:あらたなる力の目覚め 1
「――っという事があってね」
リビング。
冬の新たな家となった広いリビングで、誰もが半年前ほどにあった瑠璃の仕事の話を聞いていた。
瑠璃は、一通り自分の身に起きたことを皆に話をすると、頭の天辺の筆をゆらゆらと揺らしていつもと変わらぬ笑顔を浮かべる。
「……ほー……なるほどなぁ……」
それまで魅入るように瑠璃の話を聞いていた松が、かくんっと首を反らせてソファーのより深く寄りかかった。
「『座敷わらし』……ですか」
冬は皆がじーっとみる視線の先で、おろおろとまるで焦っているかのような仕草で、誰に助けを求めたらいいのかとうろたえる彼女を見た。皆が皆、彼女を見る。その視線に、割烹着姿の前髪ぱっつんの給仕は、よりおろおろとするという悪循環を生み出していた。
助けたほうがいいのでは? と、ちらりと瑠璃を見ると、その姿を見る瑠璃の笑顔がまた幸せそうな笑顔を含んでいることに気づいて、瑠璃も助ける気がないことに冬は苦笑いを浮かべる。
「なんだい冬君」
「いえ、そろそろなんとかしてあげたほうがいいかと思いまして?」
「……ああ。そうだね。ちょっと魅入ってたよ」
瑠璃がその冬の態度に声をかけ、冬は自身の思ったことを何かしらに包みながら伝えると、瑠璃は瑠璃でまた幸せそうな笑顔を浮かべて気づく。
「ほら、おいで」
そういって手招きする瑠璃。
給仕が半泣き状態から一気に明るく陽が射したような喜びの表情を浮かべた。助けがきたと嬉しそうに、持っていたお盆を胸元でぎゅっと抱きしめながらぱたぱたとスリッパの音を鳴らして小動物のように近づいていく様を、誰もが目だけで追っていく。
「……ってなわけで自己紹介」
ぽんっと近づいてきた給仕の頭を優しく撫でるように手の乗せると、瑠璃は言う。
「先の話で、僕が大変興味を持ったがために僕が必死に口説いた結果、僕の恋人となってくれた、特殊な型『座敷わらし』の力を持つ彼女。――みんな仲良くしてあげてね」
「あ、え。よ、よろしくお願いします!」
瑠璃の簡潔としているのかよく分からない紹介に、給仕は慌てて深くお辞儀をする。
「あ。そうそう。彼女、小さい頃から奴隷だったこともあって、名前がなかったんだよ」
「え……名前が、ない……?」
「そう。そんなこともあって、僕が名付けさせてもらったんだ」
名前がないということに驚く女性陣に、瑠璃は変わらぬ笑顔で答える。
「太陽のように明るい笑顔を僕にいつまでも向けてくれるってことで、『陽』って名付けさせてもらったよ」
「陽……ちゃん?」
「かっ。なんつーか、めっちゃ惚れとるやんけ、筆ぺん」
「君達も幸せそうだから対抗してるのさ。勿論それに関わらず、陽が傍に居るから僕は今幸せだけど、ね。君も十分に幸せそうじゃないか、そ『ばか』す君」
「そばかす言うなや」
「はわわ……」
まるで喧嘩が始まったかのように見えたのか、おろおろとまた慌てだしては、体で、止めるのか止めるべきなのか止めたらだめなのかと瑠璃と松へ交互に体を揺らす様に、瑠璃がまた楽しそうに笑う。
「や、喧嘩しとるわけやないで、お譲ちゃん」
「あ、そ、そうなんですか?」
「松君と瑠璃君は、いつもそんな感じですからね」
「まるで仲がいいみたいなことを言うね冬君」
「え、な、な、仲は悪いんですか? 瑠璃様」
「「仲は悪いね(ねん)」」
「はわわ……」
そんな二人がにやりと笑いながら同時で答えてる時点で、どう考えても仲がいいとしか思えないと冬もつられて笑う。
そんな彼等と彼女に、また周りの皆も笑いあう。
「まあ、そんなわけで、これからも陽のこと、よろしくね、みんな」
瑠璃が締めるようにそういうと、まばらに挨拶と拍手が溢れていく。
「あ、改めて、これから瑠璃様ともども、よろしくお願いいたします!」
『ガンマの奥さんなら、遥陽、となるわけですね』
「へ……?」
『いえ、漢字で書いたら二文字なのかと思ってつい呟いてみただけだったのですが……』
『瑠璃様の、奥様……っ!?』
ぼんっと音が出るほどに顔を真っ赤にして倒れていく陽。
「きゅ~……」
「あーあ。ただでさえ耐性ないんだから、キャパ超えちゃったみたいだね」
無防備にいきなり倒れていく陽に、焦ってソファーから立ち上がったり助けに向かおうとした皆が、瑠璃が彼女を支えて抱き寄せる様をみて、ほっとする。
「ま、仲良くしてあげてよ。彼女、役に立つとおもうからさ」
「いや、役に立つとか云々の前に……だな?」
「なんというかー、ガンマらしいというかー? 特殊なお友達ならどんとこいよ。よろしくねー」
年長である常立春が両手で輪を作って忙しなく動かしながら言いようもない苦笑いを浮かべ、その隣に座る雪が気絶した陽に、聞こえてないにも関わらずひらひらと手を振って挨拶する。
「さ。彼女はそのまま寝かせておきたいところだけど、そろそろ食事もしたいところだからおこ――」
「――え。ちょっと待って」
そろそろ食事をしようか、と。瑠璃がそんな恋人の紹介の締めをしようとしたところで、とめる人が一人。
「瑠璃」
「え? なにかあった? 兄さん」
瑠璃の兄、青柳弓が、瑠璃と同じ笑顔を浮か――べず、今は両目の紫の瞳を珍しく、まさに見開くように開けて見ていた。
それはまるで、今やっと時が動いたかのように。今までずっと固まっていたようにも思え――いや、実際、彼は瑠璃が陽を紹介している間、ずっと動きを止めて固まっていたのである。
「……瑠璃。……――兄より先に、いや、みんなと合わせて兄にも一緒に恋人紹介って……酷くないかな?」
「「え……」」
そんな、騒がしい突然の新しい仲間との出会いと紹介は、その場にいた誰ものいい思い出として、彼、彼女達の未来でもネタとして扱われることは、陽の災難の一つであるのだが……
そんな話は、まだまだ未来の話である。




