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第328話:瑠璃のお仕事 13


 天井も壁も燃えている。なのにこの道だけはまだ辛うじて残っている。

 給仕とウェイトレスの二人は、燃え盛る廊下を一気に駆け抜けた。三人ともが、その廊下がまだ綺麗に残り、障害物もないことに、運がよかったと思い喜びを覚えながら走る。


 暑い。熱い。


 でも、その道はまだまし。

 火の中へ飛び込んでいくよりはましだと、いつその道がなくなるのか、なくなる前に駆け抜けようと、必死に走る。


 肺を焼くかのような、息を吸うたびに熱気を帯びた酸素が駆け巡る、内部から体が焼かれていくかのような様を味わいながら屋敷の玄関であった拓けたエントランスに到達した。


 エントランスまで来て、この屋敷の状況が改めて理解できる。

 理解できるとはいっても、なぜそのようなことが起きたのかは理解は出来てはいないが、わかっていることは、まるで豆腐に包丁を差し入れたかのようにすっぱりと二つに屋敷が分けられていたということだった。

 エントランス部の天井が綺麗に斜めにずり落ちてなくなっていたことが何よりの証拠である。

 天井部がないから火の手がまだ回っていなかったのかと状況を把握した給仕は、一瞬の停止の後、すぐにまた走り出した。


 自分達が走ってきた廊下。

 そこが今も同じように走りやすい状態であるならば、すぐに後ろを追ってきているはずの殺人鬼に追いつかれる可能性があったからだ。


 エントランスからいまだ形だけ残っている入口――豪華な扉のある玄関口。

 そしてその扉に触れて――



「あれ?」



 ――その扉が、天井と繋がっていれば、給仕の思い描いたような観音開きのように、左右の端部を軸に中央から荘厳に開いたのであろう。


 あくまで、それが、天井があって、繋がっていれば、である。



 給仕も先に気づいたように、エントランスには天井がない。必然と、その扉も、上部の壁がないのだ。更には、いくらエントランスに火の手がまわっていないとはいえ、辺りが燃えているのだから耐久度も激減し、いつ壁が崩壊してもおかしくない状況であった。



 その結果が――





「わっ、わっ、わわぁぁっ!?」



 屋敷の玄関口から外へ。

 勢いよく飛び出し。




 そして、


「凄いね。刺されるかと思ったよ」

「「刺すた~めにやってんだ~よ!」」



 複数の絆が、ガンマに襲い掛かっている真っ最中のど真ん中。

 ガンマの、目の前に、ころりと。

 驚き動きを止めたガンマの前までたたらを踏んでどてっと倒れこんだ。









「――君」


 驚き体を守るように丸くなる割烹着の女性に、ガンマは絆と戦闘中だったことも忘れてしまう。

 絆も、飛びかかった数人以外が足を止め。

 飛びかかった絆が今更止まれないままに、それであればと、ガンマとの戦いに水を差したとも言える給仕を狙う。


「わぁぁぁっ!?」


 軍用ナイフが迫る中、給仕はただ丸くなることしかできなかった。




 が。




 その軍用ナイフ等が、彼女に刺さることはなかった。



 キィンっと音を立て、彼女より数メートル前で軍用ナイフは突き刺さる。

 その突き刺さった場所に何かあるわけでもない。透明な壁に遮られるようにナイフは突き立った。


「「……は?」」


 ぐにぃっと突き立った軍用ナイフは、ほんの少し内部へと彼女へ向かっての侵入を果たすと、反発するように弾かれた。

 その、不可視の壁に。



「「……な~んだぁ? それ」」



 複数の絆が、同じ言葉を発する。

 給仕は、恐る恐るといった様子で、襲い掛かってくる刃の傷みもこないことと聞かれた問いに不思議そうな顔をして丸めた体から顔を上げた。喋るたびにエコーのように聞こえてくるその声の持ち主をみて、見た目も声も一緒の絆に、


「わー……双子さんですか?」


 と、まるで今の状況が分かっていないかのような、この場に似つかわしくない質問を返した。


「「お~れが双子~なら、こ~んなに同じのいな~いわな」」


 ずらりと並んだ絆に、給仕は「あ、双子さんじゃないですね」と訂正をした。絆が言いたかったのはそういう事でもないのだが、一般人から見たら、同じ人がそこに何人もいれば、不可思議な現象でもあるのだから、双子や三つ子といった印象を受けるのは当たり前であろう。



「君、さ。ここの屋敷の人?」


 きぃんっと切り裂くような音を立てながら、もう一人の男――ガンマが笑顔を給仕に向ける。

 切り裂くような音とともに給仕の数メートル先に白い火花のような閃光が走ることから、ガンマも絆の軍用ナイフが止まった現象を確かめていた。



「……ふぅん。切れないね」

「き、切らないでくださいっ!」


 にこにこと擬音が出そうな笑顔を向けながら物騒なことを言うガンマに、給仕はどちらも自分に害を為す存在なのだと顔を青褪めさせる。

 途端に、ガンマと絆の目の前にいたはずの給仕の気配が希薄になった。


「おや?」

「「はぁ? な~んだ、これ」」


 戦っていたことを忘れたかのように二人は給仕がいた先を見つめた。ガンマは更にきんきんっと腕から生やしたカタールで切りかかって、見えない壁を壊そうとしながらだが。

 絆も同じく、自分が切れなかった不可視の壁が何なのか複数の絆を使ってつんつんと軍用ナイフでつつく。


 二人揃っていきなり現れた給仕に興味津々である。



「へぇ、これ面白いね。君が動くと壁も動くみたいだね」


 ガンマは、本当に面白いと思っていた。

 少しずつ場所を変えながら見えなくなった給仕の居場所を特定しようと、より切りかかる数が増えていく。

 笑顔で刃物を振り回すその姿は、見えなくなったとはいえ給仕からはしっかり見えているのだが、恐怖以外のなにものではない。

 ガンマを見て尻もちをついたように座り込んでいた給仕は、暗闇も相まってその笑顔と切り裂かれそうな光景に、ずるずると背後の燃え盛る屋敷へと逃げるように座り込んだまま後退していく。


 透明な壁もどういったものなのか気になるところではあるが、上位の殺し屋と上位の許可証所持者の目から急に存在を消して目に映らなくなった女性そのものにも、興味が尽きない。


「「……」」


 絆は、全てが同じ姿勢で止まっていた。まるで糸の切れた人形のように俯き動きを止めている。

 先程まで戦っていたガンマが自分に興味を失ったことに憤慨しているようにも見えるが、と、いう風に見えて、実際は絆はこの時間を有効活用しようと考えていた。



 自分が放った必勝の一撃は、この男に通じたのだろうか、と短い間に自問する。

 以前『紅蓮』という自分よりも強い存在から指導を受けるように教えてもらい、自身の技を改良した。その技を得るため、より自身を鍛えた。

『血狂い』を『自己像幻視』で強化し、より多面からの攻撃を可能とした『血狂い』へと進化させた。


 どれもが自分自身と同一の力をもつ偶像。避けられるはずのない多方面からの攻撃。


 だけども。



「「もう~少し、近づい~たら、殺~されてたのは、俺か~」」



 あと一歩。

 どの絆の目からも、見られているかのような視線を味わった。


 どれが先に殺されるのか。

 本体がどれかすでに分かっているかのような視線。


 手を出してこなかったのは、手を出せなかったわけではなく、吟味していたから。

 まるで、どれから殺してやろうかと、吟味されているかのような視線。



 割烹着姿の給仕が間に入らなかったら、間違いなく、ここにいた『自己像幻視』を殺されて死んでいたのは間違いない。



「「……逃げるか」」



 ここに『自己像幻視』は置いていく。

 力の差がありすぎることが理解できた。自分より強い人間はまだまだいる。


 判断したらそこからは早かった。


 数体が、この場から去っていく。

 ゆっくりと気づかれないように。

 いや、気づかれているのだろう。見逃してくれているのだろう。

 なぜなら今は。


「「あの女に、むちゅ~だから、逃が~してもらうぜ~」」


 逃げる。

 勝てない相手からは逃げる。

 それが正しい。




 裏世界でも強い部類に入るからこそ、逃げの一手は早い。

 それが、裏世界で無事に生き残ってきた。絆の処世術である。

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