第30話:試験の終わり
シグマは呆れたようにため息をついた。
シグマ自身、ここで殺し屋組織『血祭り』の構成員と事を構えるわけにはいかなかった。
理由もあるが、何より、『お気に入り』が死にそうだったことも理由であり。
「まあ、よく生きてたもんだ」
そのお気に入りの、あまりの弱さに困って手を出した、ということが本音ではある。
シグマが腕を二人に向けると、二人の体に激痛が走る。
やはり試験官は自分を殺そうとしているのではないかと、冬は痛みにそう感じてしまった。
「体、治せるわけないだろ。あくまで一時的な処置だ。俺は『流』の型は苦手なんでな」
「な、ながれ……のか……た……?」
体を抱き抱え、痛みに苦しむ冬が聞いた。
その型というのは、先程も絆が自分達を襲った時に言っていた言葉だ。
二人の使った得体の知れない力。
その力があれば裏世界でも、絆にも対抗できるのではないか。
冬は、自分の試験がまだ終わっていなかったと聞いて、これからのことを考える。
強くならなければ、死ぬ世界だと、改めて理解した。
生き延びねば、自分の目的さえ果たせないことに気づいた。
この力は、どうやって得ることが出来るのか。
「なん、やねんっ。この力はっ! こんな力使えたら、もっと……っ!」
少年も苦しみながら同じことを思ったのか、耐えながら力への渇望を口に出した。
「『型式』か? まだ知る必要はない。知りたければ、許可証所持者にでもなれ」
生き残るために必要な力。
その力を得るには殺人許可証所持者になることが必要。
それであれば、今、この試験を終わらせて『次』にいかなければならない。
「……結果は、五日後だ」
そう言い終わると、試験官は何事もなかったかのように歩き始める。
「ど、どこへ?」
「眠いから帰る。送り届けるまで見るのもめんどい」
やがて、夜の闇へと溶け込むように消えていった。
「立てるか?」
「……すいません。力が出ません」
そう情けない声を出す冬に、そばかすの少年は肩を貸し立ち上がらせる。
「わいも力でぇへんからな。あんさん、この腕離すなや」
「……この場合、ありがとうと言ったほうがよろしいですか?」
「そうやなぁ……わいも助けてもらってるから、いいんやないか?」
「……でも、ありがとうございます」
「律儀な奴やな」
「そうですか?」
互いに顔を見合わせ、しばし無言。
「は、ははは……」
どちらともなく笑い声をあげるのだが、笑い声は途中で苦痛の声に変わっていた。
二人は自分の腹を押さえようと腕を離して互いに支えを無くしてしまい、地面に倒れこんだ。
これが外であれば、冬が試験開始前に見た夜空いっぱいの、星空が見えたかもしれないが、今はまだ玄関ホール。
見えるのは、絆が焼いたくすんだ天井と、豪華そうなシャンデリアが辺りを照らすだけである。
「……二次試験、合格したんですよね」
先の戦いが嘘のように静かだった。
だが、嘘ではなく。それは体が感じる痛みや離れた場所で気絶している六十人程の少女達を見ると、否応なしに理解できてしまう。
「わいは、な。……妙に長い一日やったような気がするわ」
「そうですね。……僕はまだ終わってませんね……」
冬は痛む上半身を起こし、少年を見つめると、少年も「いてて」と痛みを堪えながら体を起こした。
「先程は助けてくれてありがとうございます。……僕は、永遠名冬って言います」
この少年には、助けてもらった。
一次試験でも瑠璃君に助けてもらって。
二次試験でも、死ぬところを二人に助けてもらい。
これからも。こうやって助け合って、強くなりたい。
また、許可証を手に入れた時に、一緒に戦っていきたい。
瑠璃君もあの時、こんな気持ちだったのでしょうか……
「冬……か。わいは、立花松や」
「立花……君」
「松でいいで。代わりに、わいも冬って言わせてもらうさかい」
近しい歳の、同じ試験を受ける受験者。
近しいからこそ、共に戦っていけるのかもしれないですね。
立花松と名乗った少年が差し出してきた手を固く握り、冬はそう思う。
「じゃあ、松君。早速ですが、二人で、彼女達を運ぶの手伝ってもらえますか?」
「えー……こっから重労働かい。まあ、構わへんよ。あの娘等の体、今のうちにまさぐったる」
わきわきと、妙な動きをさせる手に、彼女達の貞操の危機を感じつつ、思わず笑ってしまう。
「それはセクハラを超えてませんか?」
「知られなければいいんやで」
二人は痛みに軋む体を、お互いに肩を借りて、ゆっくりと立ち上がり、この試験の最後の準備に取りかかった。
ガスを高らかに排気しながら、大型車は車通りの激しい道路を走っている。
運転手はそばかすの少年こと、立花松。その助手席には永遠名冬。
「……」
「……」
先ほどから、二人はずっと無言である。
「……なあ」
そのずっと続く沈黙を破り、助手席の相手に松は声をかける。
「……何でしょうか」
「……位置、しっとるか?」
「何のですか?」
「学校の」
「……知らないで、ハンドル握っていたんですか」
「……」
シャンッと金属音が鳴り、飛び出した松の刀が冬の数本の髪の毛に別れを告げさせる。
「ちょ、急に何ですか!」
ゆっくりと冬の喉元に松のカタールが突きつけられる。
その刀身の片刃の刃は、喉のほうに向けられている。
どうやら、からかっただけで殺されるらしい。
「……それで? 冬はしっとるんか?」
「そ、その前に! この武器、しまってください!」
音が鳴り、松の腕に刃が収納される。
「……スマホでも見たら分かりますよ」
「何や。冬もしらんのかい」
「……いえ。場所くらいは分かりますよ?」
音が鳴り、喉元に刃が突きつけられる。
「あ、あう……」
「その場所をしっとるスマホはどこや?」
「は、はう~……」
松の脅しに、泣きながらスマホを渡そうとするが、松は両手が塞がっている。
どうやって場所を説明しようかと思っている矢先に――
「ちょっと、ハンドル頼むわ」
「ふぉあぁっ!」
急にハンドルから手を離され、焦って横から飛び出しハンドルをしっかり握ってみるが、隣からの操作のため思うように操作できず。大型車は左右にゆらゆらと。
「ちょっ、ちょっと! 松君っ!」
荷台から悲鳴が聞こえてきたが、今はそんなことを気にしている暇はない。
「何や。ちゃんと操作してくれへんと、見えにくいやろが」
「そ、そんなこと言うなら、場所替わってください!」
「嫌や」
「即答ですかっ!」
松が場所確認する度。この小芝居はしばらく続き。
ふらふらふらふらと、悲鳴と冬の巧みな横からのハンドル捌きのおかげで、彼等は朝方に目的地へと到着した。
◼️第二試験結果
受験者名:立花松
試験内容:誘拐犯の殲滅
首魁を他の受験者に殺害された場合は脱落者とみなし、処分対象とする
殺人数 :48名
任務報奨:400万円
報奨は許可証取得後に枢機卿から授与
五日後の許可証取得合否により
殺人許可証所持者とする
■補足
本受験者について
許可証授与となった場合、一次試験でD級殺人許可証所持者殺害によりワンランク上の所持者とするが、二次試験の殺し屋組織との交戦による結果、当初の通り、D級殺人許可証所持者とする




