第321話:瑠璃のお仕事 6
「ま~。お前が俺を知っていよ~が、俺は知らんし、興味~もないんだけどな」
「そうだね。僕もまったく君なんかに興味はなかったよ」
不変絆。
瑠璃は目の前の男に少なからず怒りを覚えていた。
この絆と言う男は、冬と松を殺していたかもしれない男だ。
松のことはいざ知らず、冬と再会し間もない時にまた失うという状況に陥っていたらと思うと、瑠璃はその怒りの矛先をどこに向ければいいのかと考えていた。
実際は、冬も松も、この男に殺されたわけではない。第二次許可証試験に絆が乱入し囚われの身になっていた学生を守るために松と冬と戦いとなり、型式を使えない彼らが圧倒的敗北を喫したという事実があるだけだ。
ただ、審査員であったシグマこと常立春が助けに入らなかったら確実に死んでいたという事実は、やはりそのような危険な目にあわせた相手を、松のことはいざ知らず許す気にはなれなかった。
「松君のことはいざ知らず、だよ、本当に」
とはいえ、怒りは自身の身を滅ぼすこともある。
瑠璃は起こらなかった出来事に、目を瞑ることにし、本当に開いていた紫の瞳を閉じていつもの笑顔へと戻った。
「ぁ~あん? 松? 誰のこ~とだ?」
「君がね、昔許可証所持者の試験に乱入して殺しかけた、そ『ばか』すの男だよ」
「ぁ~?……あぁ……あれ~か。あれは俺達の組織~が金欠で、お小遣い稼~ぎにた~またま表世界の護衛を受けたときの~か。A級のシグマ~と戦うこと~になり~そうで理由つけて~撤退したときのか~ね?」
「そのたまたまで、もしかしたら親友が殺されていたかもと思うと、やっぱり怒っていい案件だよね」
「一年前くら~いに、その片割れと久しぶり~に会ってたなぁ。たし~か……あ~……らむーだ。許可証協会から指名手配されてたやつ~だ。お前の話的には、親友じゃないからあ~れをあの時殺してもよかっ~たってこと~か?」
「……いや、いやいや。何で君、さっきからそ『ばか』す君のことを僕の親友だと思ってるのかな? そ『ばか』すのほうはいざ知らず、ラムダのほうが親友なんだから、そっち殺されてたら僕は世界滅ぼしにかかるよ」
絆が、「どっちも親友ちが~うんかい」と松だったら殺されてても別に問題ない発言する瑠璃に少し呆れたような表情を浮かべる。
そんな二人は、会話をしながら少しずつ距離をとり、戦いの準備を整えていた。
お互いに、戦うのには少し骨が折れると思っている証拠だ。
「こ~わ。……なんかこじらせてる~な」
「ああ、そりゃあね。何十年ぶりとかで出会った親友だったからね。それで殺されてたらと思うと……」
にこやかな細目が、紫の瞳をまた開かせる。
その紫の瞳に射竦められて、生き残った殺し屋の二人が、絆が訪れたことで自由になったはずの体がまた硬直して動かなくなったことに恐怖を再燃させた。
「呪縛かな~んかかいな。その瞳」
「ああ、ごめんごめん。怒りを抑え切れなくてつい、ね」
びりびりと威圧のような衝撃に、絆はたらりと頬から一汗流した。
瑠璃が瞳をまた閉じるように細めたことでその殺気は消えたが、殺気をじかに受けて分かったのは、この瑠璃という男の強さだ。
絆も、冬に対して二度、殺気を浴びせたことがある。
一度目は、冬に殺されたと錯覚を覚えさせるほどの効果を与え、二度目は耐えられた。それは絆と冬の力の差が少し埋まったということでもある。
絆からしてみると、一度目は許可証所持者が試験を受けているということを知らなかったのでそこらにいる殺し屋かと思っていたことと、二度目は同じ程度を浴びせればいいと、油断していたところもありいずれも殺気の圧を適当に浴びせただけでもあった。
なので一概に冬が絆と戦えるレベルまで強くなったというわけでもないので、強さの真意を測ることは難しいのだが、絆とその仲間たちは裏世界の許可証協会が定めたランク的にBランクである。殺気に耐性もちの殺し屋組織の殺し屋達が、こうも殺気を浴びせられて動けなくなるというのは異常であった。現に、同じく浴びせられた絆も、呑まれそうになったほどである。
「は~ぁ……逃げたほうがいい~かな」
「いやいや、逃がすわけないでしょ」
「だよ~な……」
絆は、目の前の相手がまだ攻めてくる様子も見えないものの、いつ襲ってくるかも分からないため警戒を引き上げつつ近くに落ちていた仲間の死体の一つに手をかける。その腕についた暗器を一つ、先ほど瑠璃の暗器と接触して刃毀れしたものを捨てて新たに巻きつけた。
「まあ、気休めて~いどに」
自身の両手にある軍用ナイフ・ランドールがあれば大抵なんとかなるとは思いながら、この異常な殺気を向ける相手には武器がいくつあっても足りないと感じての行動である。
「準備は整ったのかな?」
「待ってく~れてたのなら、お礼をいっと~こか?」
瑠璃は瑠璃で、この絆という男に、少なからずの脅威を感じていた。
殺気を当てて耐えたことについては、そこまで気になることでもない。耐えられる相手はいくらでも裏世界にいるだろうと思っているが、耐えられるということはそれだけ力を持っているということでもある。
その力を持った相手に、動けなくなったとはいえ、向こうには仲間がまだ二人いる。
いざ戦いとなった時にその二人がどのように動くのかも未知数であり、また、絆の力も未知数であることから、安易に手が出せないでいた。
絆の力が未知数という部分については、なにより、この絆という男は――
「そうそう。そう言えば、もう一つ」
「あん~?」
――瑠璃には、この男を警戒するに足ると思った理由と、怒っていい(瑠璃が思っているだけ)理由が、もう一つあった。
「君、さ。僕に怒られる理由がもう一つ、あるんだよ」
「は~? 俺はお前と初対面だってのに、な~んでそこまで怒りを覚えられて~るわけ」
「間接的にって言ったじゃないか。君、そう言えば、以前、戦ったんだってね」
「……だれ~と?」
「『紅蓮』」
「……お前、あいつと何か関係あ~んのか」
A級許可証所持者
コードネーム:『紅蓮』
青柳弓
「……僕は、さ。小さい頃にある意味行方不明となった親友と兄を探してたんだよ」
絆は、その弓と戦い、共に『焔の主』から逃げている。
そしてその弓は――
「――親友を殺しかけて、さ。しかも、まだ見つかってもいなかった兄さんとも戦って、殺しあった」
瑠璃の、兄で、ある。
つまり絆は、
「君、さ。なんで、僕の大事なものを、殺そうとしてるのかな?」
細目がゆっくりと開いていく。
紫の瞳が、姿を現す。
「……ひゅ……っ」
黒い気配が、瑠璃から立ち昇る。
その気配は見るものすべてを畏怖させ、心を掴む。
心――まるで心臓を鷲掴みにされているかのように、見るもの全てに効果を及ぼす。絆以外の殺し屋二人も例外ではなく、その気配に肺に酸素が供給されず倒れこんだ。
先程以上に濃厚な気配。
握り締められているかのようにずきずきと痛むその胸に、絆はその黒い気配の正体をこう感じた。
殺意というものが、姿をもった――
――死神。
「か~……そん~なにお前は、あ~のそばかすの親友が、殺されたかけたことを根に持ってるのか~よ」
「そ『ばか』すは、いざ知らず、だよ」
絆が、今を生きるために、自身の暗器を握り締めて戦う姿勢をとる。




