第316話:瑠璃のお仕事 1
数ヶ月前に話は遡る。
「へぇ、これが、ねぇ……」
瑠璃は新生許可証協会から受けた仕事を完遂するため、とある屋敷の前にいた。
表世界において、有名企業のスポンサーとして名を馳せた事業主が数年前に買い取ったといわれている西洋風の三階建ての屋敷である。
それが王国のお城であると言われればそうであろうと納得できてしまうほどに大きな屋敷であり、敷地内には屋敷だけではなく、整えられた庭園なども複数あるようで、四季折々の風景を楽しめるようであった。
勿論、瑠璃がいる場所――屋敷の前ではあるのだが、敷地外であり、内部に入るための大きな門――ロダン作の地獄門かと思わせる大きな門が目の前にあるのだが、瑠璃はこの門を押して開くより、隣の、石垣のような高い塀を乗り越えたほうが進入するには手っ取り早いのではないかと、門を見ながら入り方を考えていた。
裏世界、表世界のどちらでも類を見ないと言える程に芸術的で豪華な門。その門に勝るとも劣らない外部からの進入を阻む壁。
普通であればこの先に入り込むことは絶望的とも思えてしまうだろう。それこそ地獄門のように見えるのだから、その先にあるのは地獄なのではないかとも。
とはいえ、その先にある世界が、どのようなものなのか、みてみたいという探究心、冒険心もまた擽られるともいえる。
「ま、どっちもでいいんだけどさ」
瑠璃からしてみたら、どちらにしても何も変わらない。
強いて言うなら、門はどれだけ分厚かろうが、切り裂いてしまえば道は出来るし、どこまでも続くかのような壁も、広大な敷地を壁で囲っているとは到底思えず、どこかに端は必ずあるであろうし、なかったとしても飛び越えることもできれば、門と同じように切り裂くことだって可能である。
そんなことを考える瑠璃がいるこの場所は、森である。型式で燃やすという選択肢もあるとも思いついたが、やればもれなく森に燃え移って大惨事だ。
「なんで、こういう悪いことを考える輩は、こういう場所を好んで拠点とするんだろうね」
鬱蒼と茂る森の中に、獣道のように搬入車のタイヤで固められた道があるだけのその森。
悪人とも言える相手は、自分の身を隠す方法として、表世界の森の奥に、自身の城を作りたがる。
この国にはそんなにも森林地帯が多くあるのかと思えてしまうほどには、である。
瑠璃は、そう思っていた。
合わせ、裏世界に拠点を作らないのは、単純に裏世界が怖いからでもあり、それ以上に許可証協会の管理下に置かれたくないということもあるであろうが、ひとえに自分では裏世界の猛者を扱えないということもあるのだろうとも考えると、表世界にこのような拠点を構える輩というのも、小物というもの以外のなにものでもないのだろう。
「ここまで大きく自分の虚勢を張る小物ってのも、珍しいのだろうけどね……」
大きな門に遮られたその内部。
その門こそが、自身の身を護る壁だと考えると、そこまで怖いのであれば手を出さなければいいのにとも思う。
「だから、こうやって、許可証協会から狙われるんだから、ねぇ……と」
門を見上げながら、門を切り裂くか、壁を切り抜くか。
どっちにしようかと瑠璃がいつもと変わらぬにこやかな笑顔を浮かべていると、その傍に人影が現れる。
「とは言っても。馬鹿の一つ覚えのように、僕も夜を狙ってここに来ているわけだけどもね」
「……は?」
「いや、急に何を」
頬に【1】と【2】の数字が書かれた、白髪の二人である。
「いや、考えてもみてよ。……こう、悪者を倒すって思う分にはいいんだけどね。でも、その悪者を倒すには、人知れず夜に行動して誰にも気づかれずに暗殺する、みたいな。そんなことをやるために夜にこうやって動いてるわけじゃないか、そうでしょ、ニー君」
「まあ、そうだな」
【2】の数字が書かれた相手――ニーと呼ばれた彼は、瑠璃が何をいいたいのか分からないままに、相槌を打った。
「でもさ、ほら、これみてみなよ。どう思う? イッチ」
「え? いや、普通の壁、だけど?」
【1】の数字が書かれた相手――イッチも聞かれて指された先に、先ほど瑠璃が見つめていた壁があることを確認して返事を返す。
イッチも、ニーと同じように、瑠璃が何を言いたいのか分からなかった。
二人は、このS級許可証所持者へと上り詰めた、シリーズナンバー『ガンマ』が、今とても、この、門の先でこれから行う仕事における重要なことを言うのであろうと、言葉を待つ。
遥瑠璃。
数年前に許可証所持者となり、取得当初からB級からスタートした異例の存在。
その上位スタートとも言える理由は、すでに突出した能力を持ちえており、且つ、裏世界で生き抜くための力、『型式』を会得しているからという理由でもあった。
そんな瑠璃は、以降順調に許可証協会からの仕事を受注しクリアし、今現在における達成率は百パーセントという異常な記録をもった存在ともなっていた。
型式を使う殺し屋達との戦いに、負けることなく、必ず仕事を達成するという偉業から、その瞳を開いた時のみ見せる、圧倒的な強さから、『紫閃光の修羅』と弐つ名をされ、裏世界に謡われるほどである。
曰く、歩くだけで死体が出来上がる。
曰く、見ただけで死ぬ。
曰く、その笑顔から逃れられる人は人じゃない。
殺しにおいては、<殺し屋組合>の殺し屋組織の誰よりもエキスパートである。
そんな風にまでいわれる、瑠璃である。
「正直。受けたはいいけど。気が乗らないんだよね」
本来であれば上位許可証所持者の仕事ではない。
このような小物であれば、下位所持者の行う仕事だから。表世界に蔓延る、裏世界と繋がった悪を処理するのは、下位所持者の経験という力を養うための仕事だ。
上位許可証所持者――特に瑠璃ほどの実力者であれば、表世界で燻る小悪党なぞと関わるようなことはほぼ皆無である。
であれば、なぜ今回関わったのか。
「時には、休暇のついでに、だね」
「「かえれ」」
やる気ないなら帰って欲しい。
と、自分達が瑠璃という上位許可証所持者のありがたい言葉を待っていたにも関わらず、ただ一緒についてきて仕事をやるその段階で、「やる気ない」「休暇のついで」とか言われれば誰だって憤慨する。
邪魔というわけではない。
瑠璃という存在がいれば、確実にこの仕事は達成できる。
なぜなら、異常なまでの達成率もさることながら、その実力は折り紙つき。
彼と共に仕事を行えば、その分仕事の分担も出来るのだから仕事自体も楽なのである。
だけども、イッチもニーも。
「まあ……仕事の内容が内容だから」
「……わからんでもないけど」
瑠璃がそういう気持ちも分からなくもなかった。
「汚れ仕事、といわれればそれまでだけど」
「今回の仕事内容が、なぜこんなのなのかってところも気にはなる」
「だよねー……これ、急に内容変わったんだよね?」
瑠璃は、三人が受けた仕事の内容を思い出す。
「……敷地内にいる、屋敷の関係者全員の、削除、か」
削除――そう記載はあったが、要は殺害である。
中には、連れてこられただけの被害者もいれば、王城のような屋敷だからこそ、館内を適切に保全する、罪のない労働者もいるのである。
「物騒な世の中、だねぇ……」
ゆっくりと盛り上げられた手の傍から、しゃんっと錫杖の遊環が鳴ったかのような音をたて、刃が現れる。
その直後に煌くは、刃から発せられる白刃。
門は切り裂かれ、いくつかの大きな塊となってずず~んと仰仰しい音を立てながら地面に落ちていく。
「それでも。仕事だからね。……とっとと終わらせようか」
そんなため息混じりの言葉とともに。
これから数時間。
この屋敷で繰り広げられる命の蹂躙が――
――瑠璃の、これから先に続くはずだった偉業に、一つだけの汚点として残る思い出の仕事になるとは。
瑠璃自身、思ってもいなかった。




