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第311話:それは伝染する


「ごほごほっ! 何をいきなり言い出しとんねんっ!」


 盛大な噴水が松の口から吹き出され、


「と、桐花さんっ、な、なんでそれをいきなり」


 松に向かってもう一つの噴水が同時に発射され。


「え、えええ……それ答えなきゃだめですか……」


 二人が噴出したことで辺りが水浸しならぬお茶浸しと化したリビングのソファーを見て、「ちょっと二人とも汚い」と慌てて手元にあったタオルで冬を拭くスズ。

 勿論その手元にあったタオルというのは、二人が発射したことを見たこの家のメイドが俊敏に動いてタオルを用意してその場に戻ってきたからではある。


「え~、だって~……気になるじゃな~い」


 何種類かのタオルの一つをメイドこと枢機卿から受け取った雫も、冬から噴き出されて松にかかった水分を取りながら話を続ける。

 流石に自分と冬からかけられたお茶の量は多く、枢機卿が温タオルを持ってきて松に渡すと、松はお礼を言いながら顔を拭いた。


 その間も問答は続く。


「普通そんなこと気にならないでしょう!?」

「気になる気になる~」


 使い終わったタオルを枢機卿にお礼と共に渡すと、雫は玄関先を指差して、


「ほら~、ここのお二人さんがそういうのよく言ってるから気になるのよ~」

「……いや、いきなり何を気にしていると言われているんだ、俺達は」


 指差した先から現れたのは、男女の二人だ。


「コスプレの話よ~」

「あ、いっくん! そう言えば前にお店にコスプレ衣装を乱雑に放置してたかな、かな! あれ見られて、見た人達に「ああ。今日着せられる衣装ですね」って言われて憐れみの目と変な目で見られる私の気持ちをわかって欲しいかな、かな!」


 B級許可証所持者『大樹』こと千古樹と、その恋人であり、<鍛冶屋組合>の『弁天華』と呼ばれる有名鍛冶師コスプレイヤーとして<鍛冶屋組合>で名を馳せる、万代チヨである。


「……あれは、確かその前日の夜に着てしよ――」

「――わーわーっ! なにいってるのかな、かな!?」


 慌てて樹の口を押えて喋るなと非難しようとするチヨではあるが、口を押える前に樹に両手を掴まれて暴れるだけとなっていた。


「いや、お前が聞いてきたんだろう」

「……ほらね~?」

「……いや、なにが、ほら、やねん」

「恋人なら~、コスプレくらいするのかな~って」

「コスプレですかっ! 勿論私はオッケーですよ、先輩!」


 しゅたっと、いきなり現れた未保が冬の腕に絡まりながら冬へアピールする。

 いつもいきなり現れては去っていく未保に、許可証のコードネーム通りの猫のようだと思いながら、でも気まぐれではなく打算的なところが猫とは少し違うとも思う。


「ん~? あれ、そばかすちゃんも乙女ちゃんもいらっしゃ~い」

「そばかす言うなや」

「和美ちゃんもおつかれさま~」


 髪を拭きながら、風呂上りの和美が冷蔵庫を開けて中に入っていたお茶を飲みながら、ひらひらと手を振って挨拶するのにあわせ、いつも通りの返事をする松と雫。


「で~? ちょいと聞こえてきたお話に、私も興味があるんだけど? なになに、コスプレ? 誰が着るの? 私? 私ならいつでもおっけーだよ冬ちゃん」

「いえ、二人揃って何で着ること前提なんですか」

「え。冬ちゃんが着るの?」

「着ないですけど」

「冬って、あの服装がある意味コスプレだよね」

「……」


 スズから仕事の時に着る中国風の服を指摘されて思わず言葉を失う。

 冬はあの服は裏世界へ降り立った時から愛用している服であり、何着かは持ってはいるが、コスプレといわれると今度は別の服にしてみようかと思った。


「あ、そうなると、私も冬ちゃんの服を真似て着てるから、コスプレ経験者になるねっ!」

「あら~。ほら~スズちゃん、皆コスプレしてるみたいよ~」

「え、桐花さん、そう言われても……」


 雫が「一緒に新しい階段上れば怖くない~」とか言い出したが、冬も松も、一緒に階段を上がるというのもまたいかがわしい話になりそうで二人揃って目を合わせてはそっと目を逸らす。

 冬に至っては、三人いるので大変そうだと松は別のことを考えて恥ずかしくはなったのだが、口に出せるわけもなく、口元を隠して赤くなった頬を隠してほとぼりが冷めるのを待つことにした。


「いや、それはおかしい」


 なぜかコスプレ衣装について盛り上がり出した女性陣を、樹が一言訂すような発言をした。


「なにかな、かな? いっくんはそもそも私で毎回のようにコスプレ楽しんでるけど、何がおかしいといえるのかな、かな?」


 それはスズ達と仲良くコスプレの師匠とも言えるチヨがどういった服装があるかと説明をしている時だった。

 ジト目で蔑むような目で樹を見るチヨに、樹は「うっ」と声を詰まらせる。だがしかし、その顔は少し嬉しそうでもあった。


「……いや、お前が着るのはそれはおかしいとは思っていない」

「いや、そこはおかしいと思おうかな、かなっ!」

「おかしいのは、どの服が彼女達に似合うのかを考えていないままに話し合っていることだ」

「いやそこはおかしくはなくない?」

「おかしいだろ。まず、黒猫」


 びしっと、樹が未保を指差し、びくっと未保の体が驚きで震える。


「わ、私ですかっ!?」

「お前は後輩らしさを出すためにセーラー服を着るべきだ」

「大樹さん、それ偏見ですよっ!?」

「次に、|JDAR《女子大生アルバイトリーダー》」

「やめて……私のコードネームをフルで言わないで……略称でお願いします……」

『すごい合ってると思いますよ和美さん』

「すーちゃんが決めたんでしょうにっ! 後で絶対変えてもらうからねっ、あと、リーダーだとRじゃなくてLじゃないかな!」

『ああ、それは、情報屋も加味して、電子的な意味でReaderにしています』

「お前はいつものバイト先のでいいだろう」

「私、結構雑じゃない!?」

「雑ではない。あれが似合っている。まさに天職であると思うほどに似合ってる。服だけは、な」

「いっくん、ちょっと気持ち悪い、かな、かなぁ~……」


 うんうんと頷いて語り出した樹に、女性陣だけでなく冬も松も心なしか引いた。


「それはいい。気持ち悪かろうが気持ちよかろうが俺は痛くも痒くもない。だがここだけは譲らんぞ」

「なにをかな、かな」

「冬」

「っ!? 僕ですかっ!?」


 いきなり声をかけてきた樹。気づけば樹はがしっとソファーに座った冬の両肩を押さえつけるように握って冬を逃がさないようにしていた。


「お前には、聞きたいことがある」

「な、なんでしょうか……」


 その真剣な眼差しは、先ほどのコスプレを語っていた彼とは思えないほどに熱く。

 だからこそ、冬も、しっかり聞こうと樹と目を合わせた。


「あの、狐巫女の巫女装束、作るの手伝え」

「……」


 だからこそ。

 その熱い想いが、どうしようもなくどうでもいいことだったことに。


「……はぁ?」


 思わず。

 怒りを込めて、聞き返してしまっていた。




「……えっとね?」


 そんな中。

 誰もが気づかずに、玄関先から声が聞こえて、来訪者がいることに皆が気づく。


「何を、話してるのかなーなんて……お姉ちゃんは思うわけでね?」

「……お前も、そう思わないか」

「いや、思わんよ。こいつ、いつも俺のシャツ一枚で家の中歩き回ってるし。コスプレについて義弟がちょっと興味もっているってことが、義兄としては、複雑というか、なんというか、だな」


 白い髪が印象的な女性と、その旦那だ。


「はるー」

「なんだ、黙れ。着なくていい」

「私も着たほうが――って、あんたいつもなんで先に答えるのよっ」


 仲のいい夫婦である、

『スノー』と『ピュア』の二つのS級許可証を持つ、冬の実姉――永遠名雪とわな ゆきと、その旦那となった、『別天津』の常立春とこたち はるの二人だ。

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